05 別の意味でご一緒したいです!
ふわり……と風が吹き、2人の間に薄紅色の花びらが舞う。
桜は目を見開いて要を凝視していた。
(これは……一目惚れですか!)
祀莉は傍観者として2人を観察しようと、少しずつ後退して後ろの群れに合流した。
気配をなくして離れていった祀莉に2人は気づかない。
(それほどまでに、今は2人の世界に没頭しているんですね!)
きっと胸の高鳴りで一目惚れの瞬間を迎えているのだろう。
ささっと2人の顔が見える良い位置に移動した。
周囲の生徒たちは祀莉の行動を疑問に思いつつも、彼らを見守ることにした。
「……お前が高等部からの新入生か?」
「はい。特待生枠で入学しました。えっと、この学園で1番のお偉いさんですか?」
「は……? いや……」
(あらあら、要が対応に困っています。家柄に疎いヒロインに惹かれていくってやつですか!)
ちょっとしたアクシデントもあったが、出会いは上々だ。
天然なヒロインに要は興味を持ったに違いない。
ヒロインが発した言葉に顔を赤らめているところ見ると、すごくいい感じだ。
ぽつりぽつりと会話をする2人を見て、にやつきそうになる顔を無表情に保とうと我慢した。
(にやついてはダメ、無表情を維持するのです! 2人のツーショットを一秒たりとも見逃さないようにしなくては……!)
なんて考えている祀莉の顔は、無表情でただじっと2人を見つめているもの。
周りの生徒からしてみれば、その表情はまるで要と話す桜に嫉妬しているように見えた。
「あぁ、こいつは……っておい、祀莉。なんでそんな所にいるんだ」
——なぜ、わたくしを見るんですか。
2人だけの世界に浸っていたのではなかったのか。
こっちに来いと言われて仕方なく、野次馬の群れから出た。
近くまで足を進めると、手を引かれて要の横に並ぶように立たされた。
「こいつは西園寺祀莉。俺の婚約者だ」
「あら」
(なっ!? いきなり何言ってるんですかー!! ヒロインも“あら”じゃないでしょ、“あら”じゃー!)
大きな目をこぼれんばかりに、さらに大きくして驚いている顔はとても可愛らしい。
できればそれは自分にじゃなくて要に向けて欲しいものだ。
「やっぱり婚約者でいらしたんだわ」
「西園寺ってあの西園寺か!?」
「すげーー! 流石、北条。美人を選んだな」
「まぁ、赤くなって。照れていらっしゃるのね……」
要の紹介で遠巻きに見ていた生徒がざわついた。
“西園寺”“婚約者”というワードが絶え間なく耳に届いた。
顔が赤いのは照れているわけではないというのを心の底から訴えたい。
そのうち婚約者ではなくなるから、あまり公にはしてほしくなかったのだけど。
しかし変だ。
どちらかというと要の方が、西園寺祀莉が自分の婚約者だという事実を隠したがっていたはずなのでは?
むしろそれは祀莉がヒロインに牽制するために言うセリフだったと思うのだが……。
(えっ……と、どうでしたっけ……?)
……。
曖昧にしか思い出せない。
もしかしたら自分の勘違いかもしれないと結論づけて、この後の展開を思い浮かべた。
(出会って、特待生だと知って……なら、挨拶を任された代表生徒だってことで、控え室に案内しようかって言って……このあたりまで覚えています)
それ以降は読んでいるうちに気分が悪くなって本を取り上げられてしまった。
小説の中の祀莉は自分も一緒に行く!と、だだをこねていたような……。
(わたくしは別の意味でご一緒したいです!)
とりあえず、読んだところまでは進んだ。
後は本人たちを観察するしかない。
(要が控え室に案内するのを尾行しなくては……!)
「行くぞ」
「……はい?」
桜を誘うのは今か今かと期待していると、さきほどから掴まれっぱなしの手を強引に引かれ、校舎へと促された。
なぜだ。
どんどん桜から遠ざかっている。
彼女はぺこっとお辞儀をして同じ道をゆっくりと歩き始めた。
「あの……要。あの方はよろしいんですか?」
他の生徒と見分けがつかなくなるほど距離をとってしまった桜を指して言った。
「は?」
(“は?”じゃないですよ! せっかくヒロインを誘うチャンスだったのにー!!)
「だって特待生ですよ!? 要と同じ入学の挨拶をするんですよ? 緊張を解してあげなくては……そうです! 代表生徒のための控え室があるんですよね。そこに案内して差し上げて……」
「お前はどうするんだ?」
「え? わたくしは……」
——窓からこっそり2人を見守っていたいと思っております!
……なんてことは言えないので適当に誤魔化す。
「えっと……式まで少し時間がありますので、校舎の外を散歩しようかと……」
「じゃあ、俺が案内してやる」
昇降口へと進んでいた足が、別の方向に向けられる。
手を繋がれていた祀莉は、引っ張られるままに要の後をよたよたと歩くしかなかった。
(ちょ……ちょっと! なんでそうなるんですかぁっ!)