46 再び買い物へ
もうすぐ夏休みが終わってしまう。
祀莉は部屋にある卓上カレンダーを見つめながらため息をついた。
(あと数日で学校がはじまりますね……)
学校がイヤというわけではない。
むしろ、はやく始まって要と桜が揃っているところを見たい。
——が、やっぱり家でごろごろ過ごしていたいという気持ちもある。
いつもなら今頃になって焦って課題をしていたのに、今年は要のおかげではやく終わらせることができた。
それはとてもありがたいことなのだが、祀莉は少し退屈していた。
時間的にかなりの余裕があったので、夏休みに部屋でこっそり読もうと思っていた漫画と小説はすべて読んでしまった。
もう一度読んでも良いのだが——
(読み返すよりも、新しいのが読みたいんですよねぇ)
たくさん購入しても読み切れないだろうと思って遠慮していたが、もう少し買っておいても良かったと後悔した。
(映画を観にいった時に買っておけば……)
もちろんそのつもりだったが、その日は買い物はできなかった。
まさかショッピングモールで貴矢と会うなんて……しかも、桜と一緒にいたとなれば、驚かずにはいられない。
更に、お互いを名前で呼び合う仲にまで発展していると知った時はもっともっと驚いた。
——要のことは「北条君」のままなのに!
どうにか要のことも名前で呼んでもらおうと、策を講じてお膳立てした。
なのに彼女の口から出てきた言葉は「祀莉ちゃん」だった。
(なぜ、わたくしの名前を……?)
どこかで誘導の仕方を間違えてしまったようだ。
いや、いきなり要の名前は難しかったかのかもしれない。
そこで祀莉でワンクッション入れてから要を呼ぼうとしたのだ。そうに違いない。
……と、思って次を期待していたが、桜は満足そうな顔をして「すみません、これから用事がありますので」と行ってしまった。
(えっ!? ちょ……、要は!?)
小走りで去っていく桜の姿は、瞬く間に人ごみに紛れてしまった。
そんなに急ぎの用事があったのか……。
それとも恥ずかしさがピークに達して、思わず逃げてしまったのか……。
いくら考えても答えは本人にしか分からない。
桜に置いてきぼりにされた貴矢は、祀莉たちとともに行動しようするつもりなのか、自然と後をついてきた。
どうしてついてくるんだよ、という要の問いに「1人で行動って寂しいじゃん? 邪魔しちゃ悪いなーとは思ってるんだよ?」と宣った。
「だったらついて来ないでください! 邪魔です!」
「そんなにはっきり言わなくても……」
(秋堂君を連れて本屋になんて行けるわけないじゃないですか!)
桜に名前を呼んでもらえているということも相俟って、少しきつくあたってしまった。
それでも、ヘラヘラしながらずっとついてくるので何度も追い払う仕草をしたが、効果はなかった。
本屋に行けない以上、ここにいる意味はない。
祀莉は諦めて家に帰った。
本も買えず、要の名前を呼ばせることも失敗……。
映画は面白かったけど、楽しい一日とは思えなかった。
要はと言うと、貴矢のリードにへこんでいるだろうと思ったが、そんな素振りはなく、なぜか機嫌が良かった。
(名前、呼んでもらえなかったのですよね? それなのにどうして……?)
その日のことを思い出しながら、読み終えた漫画をパラパラと捲る。
タイトルと表紙で買ってみたが内容は意外に面白かった。
あと5巻ほど、続きが発売されているはずだ。
(そういえば、鈴原さんもあの近くに住んでるんですよね……)
出掛けようかな……。
もしかしたら会えるかも——なんて考えてはいるが、ただ漫画の続きが読みたいだけ。
本屋に行くついでに館内をぶらぶらしよう。
(運良く会えたら、何か探りを入れてみましょう)
要とはどうなっているのか、さりげなく。
「——さて……」
そのために、まずはこの家から出るというミッションをクリアしなくては。
手にしていた漫画を本棚の奥に隠して部屋を出た。
***
「はぁ……」
ショッピングモールの館内を歩きながら、誰にも聞こえないように小さくため息をつく。
その理由は2つ。
1つ目は当たり前のように隣を歩いている要だ。
祀莉にぴったりとくっついている。
(要をどうにかしないと……。漫画が買えません……!)
そしてもう1つの理由は、少し疲れていたこと。
家を出るまでが色々と大変だったのだ。
出掛けるにはまず、今日は珍しく家にいる父親に許可を取らなくてはいけなかった。
祀莉の外出に良い顔をしなかった父親を、一言で安心させて連れ出してくれた要には感謝するが、近くで見張られていては買い物がしにくい。
(でも……要がいなかったら、1人で家から出してもらえなかったですし……)
複雑な思いが頭の中を駆け巡っている。
なぜ、要が祀莉と一緒にいるのかというと——出掛けたいと父親に直談判しているところに、タイミング良く要が来訪したのだ。
断固として「ダメだ」としか言わない父親に泣きそうになっていたら、「祀莉と出掛ける約束をしていたんですが」と要が一言、出迎えた使用人に言った。
それを伝え聞いた父親は「それならそうと言いなさい」と、態度をがらりと変えて祀莉たちを見送ったのだ。
——しかし、
ちらり、と斜め上にある顔を窺う。
あいかわらず綺麗に整った顔だ……じゃなくて。
「出かける約束なんてしてませんよね?」
「まぁ、そうだが。ショッピングモールに行きたかったんだろう?」
「そ、そうですけど……でも、どうして?」
玄関先にいた要には祀莉と父親の言い合いなんて聞こえるはずもない。
そもそも、数分前に思い立った祀莉の行動を知っているわけがない。
ならば、一体どうやって……?
「才雅から連絡がきた。お前が出掛けたがってるって」
「え……?」
実は祀莉と父親のやりとりを目撃した才雅が、これでは祀莉が負けるなと察して要に連絡を入れていた。
——姉さんが出掛けたいみたいなんだけど、父さんがなかなかOKを出してくれなくて……姉さん、今にも泣きそうなんだ。
その連絡を受けて要は早急に西園寺家へと赴いたらしい。
どうしてここまでしてくれるのだろうか。
要にとって、祀莉と一緒に出掛けるメリットなんてあるだろうか。
好きな女の子とならいざ知らず。
(ん? 好きな子? え……もしかして……)
ピーンとひらめいた。
(要も鈴原さんに会えると思って……!?)
それで祀莉が出掛けると聞いてめざとく同行しようとしたのだ。
今もキョロキョロと周りを見渡していた。
桜を探すのに必死らしい。
あまりにも真剣すぎて、目つきが鋭くなってる。
周囲の客が引いている——特に男性客が。
(そんなに威嚇するように見ていたら、鈴原さんも逃げちゃいますよ?)
それにしても今日は暑い。
日中の温度と客数がピークのお昼時というのもあるだろうが、とにかく暑い。
館内に入っても空調がきいているのか疑いたくなるくらい、人の熱気で蒸し暑かった。
外の日陰の方が涼しいくらいだ。
ノースリーブに近い半袖と、一見スカートに見えるショートパンツという、比較的涼しい格好としているというのに、それでも暑く感じた。
館内は寒いくらいかもと思って持ってきた上着は不要に終わりそうだ。
(車から館内移動しただけでもうこんなに汗が……)
汗が体に服を密着させて気持ち悪い。
風通しを良くするために胸元を掴んで服をパタパタとさせた。
新しい風が汗ばんだ胸元に入ってきて、少しだけ暑さはマシになった。
「な……っ祀莉、上着を着ろっ」
要がギョッとした目で祀莉を見下ろしている。
「はい? え……でも、今の状態でも暑いんですから、これ以上着ると汗でべたべたになります」
「だったら、せめてソレをやめろ。ほら。さっきそこでうちわを貰ったから……」
「?? ありがとうございます」
入り口で配布されていたうちわを無理矢理持たされた。
まぁ……暑いから少しでも涼しくなるアイテムはありがたい。
お礼を言いつつ、宣伝広告が印字されているそのうちわで再び自分を扇ぐ。
(要は良いのでしょうか……?)
要も汗をかいてるのに、ひとつしか貰っていないうちわを祀莉に渡してくれた。
暑くないはずはないのに、それも感じさせないほど冷たい視線で、周囲を見渡していた。




