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44 間接キス……っ!?

 祀莉のアイスティーと要のアイスコーヒーが入れ替わっていた。

 ちゃんと確認せずに渡したのが原因だ。

 館内は暗くなっていたので、気づいたのは2人とも一口飲んだ後。

 どうしよう……とオロオロしていたが、要は祀莉の手からアイスコーヒーを奪い、何の躊躇もなくストローに口を付けた。



(えっ……ちょ。それって……かか、間接キス……っ!?)


 要の行動にピシッと固まった。

 いくら幼馴染みでもそんなに軽々しく間接キスなんて……。

 これは、普通のことなのだろうか。

 気にしたら負けなのだろうか。


(……。いやいやいや、そんなことはないですって! ……後で新しいストローに替えて飲めば良いですよね)


 気持ち的にもその方が楽だ。

 鑑賞中は飲むのを我慢しよう。

 完全に照明が落ちた劇場内は静まり返り、待ちに待った上映が始まった。


 祀莉はアイスティーのことなど忘れて、壮大な映像と音楽に集中した。





***


 上映が終わり、劇場が明るくなった。

 周囲の客が席を立ちはじめた頃、祀莉は余韻に浸っていた。


(観に来て良かったです……)


 やっぱり大きなスクリーンで観ると迫力満点。

 映画の内容もとても満足のいくものだった。

 DVDが発売されたらこっそり四方館で鑑賞しよう。

 1人でじっくり楽しもう。




 ふと、自分が手にしているアイスティーのことを思い出した。


(あれ……?)


 不思議なことに、中身は空になっていた。

 ずっと手に持っていたので、飲んだのは自分以外にはありえない。


 コーヒーの苦みを誤摩化すためにポップコーンを食べていたことは覚えている。

 そのせいで喉が渇いていた。

 もしかして、喉を潤すために無意識に飲んでいたのかもしれない。

 それ以外には考えられない。


(無意識だったとしても、要と間接キスだなんて……っ)



「——飲んだのか?」

「へっ!?」

「それ」


 要はシートから体を浮かせて、祀莉が両手で持っているカップを指差していた。

 動揺のあまり、指に力を込めすぎてベコッと容器がへこむ。


「え、えっと……」 



 無意識とはいえ、要が口を付けたストローでアイスティーを飲んでしまった。

 つまりは間接キスをしてしまったのだ。

 もしかしてそれを咎めようというのだろうか。


(自分は普通に飲んでおいて……)



「どうなんだよ」

「あの……、ぅ……」


 見下ろしながら圧をかけてくる要に動揺して言葉が上手く出てこない。

 曖昧な返事に痺れを切らした要は、祀莉の手の中からカップを取り上げて、顔の横で振った。

 もちろん、アイスティーは全て飲み干したので、ガシャガシャと氷がぶつかる音だけが鳴る。


「もうないな。全部飲んだんなら、捨ててくるぞ」

「あ……はい」



 要は間接キスに関しては一切触れずに、空の容器を持って歩きだした。

 数歩進んだところで、シートにぽけーっと座っている祀莉を振り返る。


「何してんだ。置いてくぞ!」

「は、はいっ!」


 急いで立ち上がり、要の背中を追った。


 間接キスなんて、気にしているのは自分だけだろうか。

 女の子や弟の才雅とならまだ平気だが、他の男性とだなんて。

 しかも相手が要……。

 意識した途端、恥ずかしくなった。


(——はっ! 飲む前にストローだけを交換すれば良かったのでは!?)



 気づいた頃にはもう遅い。






***




「——で? この後はどうするんだ?」

「はい?」

「何か欲しいものとかないのか? ——本とか」


 間を置いて聞こえた単語にビクッと肩がはねた。



(——要の中でわたくしが出掛ける=本屋に行くという方程式が成り立っている……!)


 間違ってはいないが、“お前の弱味を俺は握っている”と変換されて聞こえる。



「えっとぉ……」


 本は欲しい……ので本屋に行きたいのは山々だが、要と一緒だとゆっくり選べない。

 また次の機会にでもしようかと考えた。

 でもせっかくだから、新刊のチェックだけでも……とも考える。


(んー……でも、出掛けるとなると、なぜかいつも要が一緒なので、今日買っておいても……)





「祀莉——前っ!」

「え……? ぶふっ」


 考えながら歩いていたせいで、前を横切る人に気づかなかった。

 人の流れに乗って歩いていたから大丈夫だと高を括っていた。

 要に注意されたが間に合わず、目の前の人物に全身でぶつかってしまった。



「す、すみませんっ!」

「いえ、こちらこそ……——って、要と祀莉ちゃんじゃん! こんなところで何してんの?」

「……はい?」



 聞き覚えのある声。

 最後に耳にしたのは夏休みに入る前。

 目の前にいるのは頭に浮かんだ人物だと確信を持って見上げる。


「久しぶりだねぇ。元気だった?」


(やっぱり! 秋堂貴矢——っ!!)




 流れるようにセットされた茶髪が目に入る。

 制服ではマシだったチャラさが、私服になってさらに磨きがかかっていた。

 眼鏡がコンタクトに変わっていてチャラっチャラだった。


「それにしても祀莉ちゃんは柔らかいなぁ。色々と!」

「……っ!?」


 ぶつかった拍子に、転びそうになった祀莉を支えるために回していた腕を己に寄せた。

 軽く抱きしめられる形になって驚いた祀莉は完全に固まった。


(ぎゃーーーーっ!! な、なにを……っ!?)



「貴矢っ!」

「はいはい、ごめんごめ——痛ぁっ!!」


 要の腕が背後から祀莉を引き寄せて、貴矢から遠ざけた。

 と、同時に貴矢の後頭部を目がけてバッグが飛んきたのが見えた。



 ゴンッと硬いものが当たる音がした。

 小さなバックだったが、中に入っていた物の重量と遠心力で攻撃力は十分だったみたいだ。

 貴矢は頭をさすりながら痛みを我慢していた。


「このバカっ! 西園寺さんに何してるの!!」

「いてて……。いや、だって祀莉ちゃんが……」



(え……、えぇっ!?)


 バックは投げられたのではなく、上から振り下ろされたらしい。

 ——いや、それよりもそこにいる人物。



(なぜ、ここに……?)



 貴矢が頭を抱えて体勢を低くしたことによって彼女の姿が現れた。

 彼の後ろにいたのは、肩掛けバッグを振り下ろした体勢のヒロイン——鈴原桜だった。

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