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43 映画を観に行こう

 頼んでもいないのに要は毎日のように西園寺家に訪れ、祀莉の課題の進み具合を見張っていた。

 そして2週間。

 なんだかんだで課題を全て終わらせることができた。


(きつかったですけど、終わってしまえばなんてことないですっ!)


 去年までは最後の1週間で必死に片付けていたのが嘘のようだ。

 早く終わらせた方が後が楽だということは分かっている。

 分かってはいるのに、どうしても手を出す気にはなれなかった。




 しかし、今年は要のおかげで早々に課題を終わるらせることができた。

 本棚の奥に隠されている未読の漫画や小説が待っている。

 もう課題のことなんて考えなくて良い。



(さぁ、後は遊んで過ごすのみですね!)


 終わった課題を眺めて喜んでいる祀莉の隣で、要がスマートフォンを片手で操作しはじめた。


「じゃあ、明日だな」

「はい?」




 明日、何かあるのだろうか。

 今のは独り言というより祀莉に確認するような口調だった。

 言葉の意味が理解できず、疑問の表情を浮かべて首を傾げる。


「何がですか?」

「何がって……行くって言っただろ? 映画」


 察しの悪い祀莉に、要は声を低くして言った。


「……あっ! そうでした!」


 言われて思い出した。

 祀莉自身はすっかり忘れていたというのに、よく覚えていたもんだ。

 夏休みに入って暇だから、とりあえず映画でも観たかったんだろうか。



(なら、わたくしのことは気にせず観に行けば良かったのでは……?)


 それこそ、桜を誘えば良い。


 祀莉が観たいものとは違うが、雑誌やニュースで話題のアニメ映画が上映されている。

 世代問わず、また観たいという感想が耐えない、感動的なストーリー。

 デートに誘うにはもってこいの理由だろう。



 要がこんなおいしいチャンスを逃すわけが……


(——まさか、また断られた!?)





「映画の時間、これでいいか? ……なんだよ。その顔は」

「……いえ」


 思わず哀れみの表情で要を見つめてしまった。

 それを不審に思いながらも、要はスマホの画面を差し出した。

 画面には祀莉の観たい映画のタイトルと開始時間が表示されていた。


(何も言っていないのに、どうしてわたくしの観たい映画を知っているのでしょうか……?)


 てっきり流行のアニメを観に行くものだと思っていた。

 アニメの映画は他にもいくつか上映されているはずなのに、ピンポイントで当ててくるとは。

 観たかったアニメを選択してくれたのは嬉しいが……いったいどこまで見透かされているのだろうと不安になる。



「これでいいなら予約しておくぞ」

「はい! ありがとうございます!」


 予約完了の画面に、祀莉の頭の中は明日のことでいっぱいになった。



「ふふ……楽しみですねっ!」

「そうだな。寝坊するなよ」

「しませんっ!」






***




 そして、翌日。

 上映時間より早めに到着した祀莉と要は、ショッピングモールの館内を歩いていた。


「ふん、ふんふーん」

「おい祀莉、気をつけろ。そこ、階段があるぞ」

「はいはい、分かってますっ」


 注意された階段を軽やかに降りていく。

 一番下まで降りたところでくるりと振り返った。

 まだ半分しか降りていない要を見上げて、急かすように手招きする。



「要、はやくはやく!」

「時間までまだ余裕があるぞ?」


 楽しさ溢れ出る声で自分を呼ぶ祀莉に、要は足を速めて近づいた。





 夏休みということもあって、チケット売り場と売店付近は人が多かった。

 チケットはネットで買っているので問題はないが、ドリンクを買うには時間がかかりそうだ。


「わたくし、ポップコーンが食べたいです!」

「分かった買ってくる」

「大丈夫ですよ。それくらい自分で買えます」

「いい。俺が買ってくるから、ここで——いや、一緒についてこい」

「? 分かりました」



 いつもみたいに“ここで待ってろ”と言われるかと思ったが、今日はなぜか一緒についてくるように言われた。


「また、フラフラといなくなられたら困るからな」

「う……、すみません」


 前科があるだけに返す言葉もない。

 でも今は携帯電話という通信アイテムがある。

 そこまで神経質にならなくても良いと思うが……。


 思ったよりも早く順番が回ってきて、要はてきぱきと注文を口にする。

 店員に注文を伝えるのにも緊張する祀莉は、要のスムーズさに感心していた。



「ほら、これを持て」

「え?」


 渡された2つの飲み物を受け取る。

 アイスティーとアイスコーヒーだった。

 会計を終えた要は大きいサイズのポップコーンを手にしていた。


「あの、お金……」

「良いから、アイスティーにガムシロップを入れろ。ストレートで良いんだったよな?」

「あ、はい」



 言われた通りに自分のアイスティーにガムシロップを入れる。


(そういえば、いつも要にお金を出してもらっているような……)


 今日の映画代もそうだ。

 ネット予約で先に清算していると言って別に良いと料金を受け取ってくれなかった。


 祀莉が趣味で買っている漫画や小説は別にして、出かけた時は大抵、要が先に払ってしまうので、祀莉がお金を出すことはほとんどない。


(どうしていつも、お金を払ってくれるのでしょうか……)



 もちろん、要にとっては“デート”なので、当然男である自分がお金を出すと考えている。

 もっとねだってくれれば良いのにとも思っていた。






(後々、どどーんと請求されるかもしれません。少しずつでも返さないと……)


 それを知らない祀莉は的外れなことを考えていた。






 入場できるようになっていたので、目的の劇場に移動した。

 売店に並んでいる間に時間が経っていたらしい。

 わずかな照明の中、スクリーンには宣伝の映像が流れている。

 それを気にしながらも要の後ろについて歩き、指定された席に座った。


「祀莉。コーヒー」

「はい、どうぞ」



 隣に座る要にアイスコーヒーを手渡す。

 祀莉も少し喉が渇いていたので、自分のアイスティーを飲んだ。


(……ん?)


 飲んですぐ、眉をしかめてしまうような苦みが口の中に広がった。

 自分が飲んだのはアイスティーのはずだったが、これは……。


「……祀莉、間違えただろ」

「す、すみませんっ!?」


 要がストローから口を離して“甘……っ”と呟いていた。

 ——しまった。

 暗くてちゃんと確認していなかった。

 要に渡したのは祀莉のアイスティーで、自分が口にしているのは要のアイスコーヒーだった。



(やってしまいました……! わたくし、コーヒーなんて飲めません……)


 砂糖とミルクがたっぷり入っているなら別だが、これは要のブラックコーヒー。

 甘いと顔を歪めている要同様、祀莉も口の中に広がる苦さをどうにかしたかった。

 しかし、すぐに上映が始まりそうな雰囲気なので、席を立つわけにはいかない。



(どうしましょう……っ!)


 うわぁっ……と焦っていると、持っていたアイスコーヒーがなくなり、代わりにアイスティーが手の中に収められた。


「え……?」



 奪われていったカップを目で追いかける。

 祀莉が一度飲んでしまったコーヒー。

 何をするのかと思いきや、要は何の躊躇もなくストローを口に含んでいた。



(な、な……、えええぇぇっ!?)

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