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42 夏休み

 期末テストも無事終わり、夏休みに入った。

 カーテンの隙間から入ってくる陽射しは強い。

 外はさぞかし暑いのだろう。




(夏休み前にたくさんお買い物しましたからね! ゆっくりと読書を楽しみましょう!)


 わざわざ出歩かなくても、祀莉の部屋には暇つぶしの道具(漫画&小説)がたくさんあった。

 家どころか自分の部屋から全く出る気がない。

 涼しい部屋で夏休みを満喫する気満々だった。





 今日も早速、ベッドに寝転びながら漫画を読んでいた。


(夏休みの間は四方館が使えなくて残念ですが、別に家でだって読めますものねー)


 四方館が使えないと知って急いで未読の本を家に持ち帰った。

 部活や自習の生徒のために図書館や食堂を開放しているのだから、四方館の使用を許可してほしかった。


(大画面でアニメがみたかったです……)


 それだけが心残りだ。





「——よろしいでしょうか、祀莉お嬢様」


 トントン、とノックの音と祀莉を呼ぶ声が部屋の外から聞こえて、反射的に漫画を閉じた。

 自分の部屋であろうと、四方館以外で漫画を読む時は警戒しないと。

 入る前はちゃんとノックしてくれるが、返事がなかったら様子を窺うために扉を開けるだろう。

 まさに今、集中しそうになっていた。

 危ない危ない。



「はい、ちょっと待ってくださいね!」


 急いで漫画をクッションの下に隠す。

 他に隠すものはないか確認してから部屋の扉に近づいて、相手の顔が見えるくらいまでそっと扉を開けた。

 廊下には祀莉より10歳年上の女性が立っていた。

 西園寺家でお手伝いをしてくれているメイドだ。


「何か用ですか?」

「お客様がお見えになっています」



(お客様……?)


 諒華は避暑で外国へ行っている。

 他に祀莉の家を訪れる人物といえばかなり絞られる。


 ——むしろ1人しかいない。




「すみませんが、わたくしはいないと——」

「いるのは分かってんだよ」


(ぎゃーーーっ!!)



 驚いた勢いで扉を閉めようとしたが、素早く差し込まれた男の足に阻まれた。


 声の主は予想通り、祀莉の幼馴染み兼婚約者——北条要のものだった。 

 祀莉からは見えない角度で部屋の外に控えていたようだ。

 そこにいるならいると言ってほしい。




 無理矢理扉を開いた要は、祀莉の許可なくずかずかと部屋に入ってきた。

 心の中で「出ていけー!」と念じたが、当然伝わるはずがない。


「な、なな、何しにきたんですか……?」


 不躾に部屋をキョロキョロと見回す要に恐る恐る問いかける。

 隠すもの(漫画や小説)は隠しているが、そうジロジロと見られると落ち着かない。


「夏休みが始まって1週間が過ぎた……」

「え? そうですね」

「課題は終わらせたか?」

「…………はい?」



 要の口からとんでもない単語が飛び出した。





 ——課題。

 夏休みには当然、課題が出される。

 量や内容は様々だが、それがあるのはどこの学校も一緒だ。


 祀莉の学園も教科ごとに問題集が配布されている。

 それを夏休みの間に終わらせれば良い。



「あの……まだ1週間しか経ってませんけど……?」

「1週間あれば全部片付くだろう?」


(何を言っているんですかーーーっ!?)



 さらっと、とんでもないことを口にする要に思わず叫びそうになる。

 1週間で終わらせるとか、絶対に無理。

 ——いや、毎年残り1週間で必死に片付けていたが、あれはまた別の話だろう。


「で、どうなんだ?」

「…………」


 祀莉は未だ課題に一切手をつけていない状態だった。





***


 この家に要を呼んだのは才雅だった。

 課題の中で分からない問題があったので、その解き方を教えてもらいたかったそうだ。

 そのついでに、どうせ祀莉は全然進んでないんだろうからと、暇を持て余した要によって問題集ごと才雅の部屋に連れてこられた。


(人の部屋を漁って問題集を探し出すとか……横暴にもほどがあります!)


 通学の鞄から出してないので、課題はすぐに発見された。

 この時だけは、机の引き出しや本棚に移動しておかなくて良かったと心の底から安堵した。



「良いじゃないですか、夏休み中に終わらせれば……」


 ぶつぶつと小言を漏らしながら祀莉は問題集を開いた。

 まずは数学。

 初めの方は簡単な問題なので、難しく考えることなく解答欄に数式や答えの数字を書き込んでいく。



「でも先に終わらせておけば、あとは遊んで過ごせるよ?」


 そう言ったのは向かいに座って課題を進めている弟の才雅だった。

 さらさらとシャープペンを動かして、次々と問題を解いている。



(分かってはいますけど、自分のペースでやらせてほしいです!)




 すでに課題を終わらせたという要は祀莉の隣に座っている。

 頬杖をつきながら祀莉の手元を見ていた。

 見ているというより、見張っていると言った方が正しいかもしれない。

 いちいち視線がうるさくてたまらない。


(才雅の隣にいけば良いのに……)



「そこ、また解答欄がずれてる」

「う……」


 またやってしまった。

 要に指摘された箇所を修正するため、消しゴムに手を伸ばす。

 期末テストでは解答欄のずれはなかったのに、油断してしまった。


「そういえば、今回もAクラスの平均点が1番でしたね」



 掲示板に張り出された結果を見て、Bクラスの生徒たちが肩を落としていた。

 中間テストでは悔しそうな顔をしていたのに、今回は諦めの表情だった。


「Bクラスが巻き返すのは今のところ無理だな」

「どうしてです?」

「登校していない生徒がいるんだ。2人」

「あら……」


 なんと、Bクラスには不登校の生徒が2人もいるらしい。

 当然、テスト期間も登校していない。

 その2人の点数も0点として平均点に入れられるので、その分どうしても点数が落ちてしまう。

 Aクラスの生徒もなかなか優秀な生徒が集まっているので、2人分のマイナスは痛いらしい。




(登校してない生徒がいたんですね……)


 他のクラスの情報は滅多に聞かないので、不登校の生徒については初耳だった。


「何かあったんでしょうか……?」


 答えを知っているわけではないだろうが、なんとなく要に問いかけてみた。



「クラスが落ちたからだろ」

「え?」

「その2人は中等部の時は、Aクラスだったんだ」

「そうだったんですか。どうしてクラスが落ちたんですか?」


 成績や態度が良くなかったとか?

 それとも家のランクが落ちたとかだろうか。

 不登校の原因を知っているなら、クラス落ちの理由も知っているんじゃないかと答えを待っていたが、要は何も言わなかった。






「要兄さん。噂で聞いたんだけど、そのうちの1人って……」

「——才雅、その話は……」


 才雅が何か言いかけたが、顔を顰めた要が手をあげて制した。


「あ、いや。そっちじゃなくて……。もう1人の方。その人は自分から“Bクラスになりたい”って申し出たって噂を聞いたんだけど……」

「あぁ、そっちか。俺もそう聞いた」

「なのに不登校でしょ? おかしくない?」

「その辺の事情は知らん」



(うぅ……。わたくしにも分かるように会話してほしいです)


 要と才雅は、祀莉をそっちのけで話をしていた。

 そっちとかどっちとか、2人のぼかした言い方に、自分の学校のことなのに祀莉には全く分からなかった。

 なんとなく理解できるのは、不登校生徒2人にそれぞれ噂があるらしいということ。

 才雅はそのうちの1人の噂が本当か聞きたかったようだ。



(要が制した方の噂は何だったんでしょう? もしかして、要に喧嘩を売ってBクラス送りに……!?)


 要の態度が気に食わなかった男子生徒が喧嘩をふっかけたが、当然要が負けるはずはなく、その生徒はクラスを落とされ、恥ずかしくて学園に来れなくなった……という想像を頭の中で繰り広げていた。


(なんて勇気がある人なんでしょう…。負けてしまったことには心底同情しますが、要相手では無謀ってものでしょう……)



 考えてぼーっとしはじめた祀莉にすっと要の指先が向けられる。

 そのまま額へと伸びてトンッと軽くつついた。


「ふぇっ!?」


(な、なな、なんですか……!?)



 驚きで手に力が入り、シャープペンの芯が折れた。

 問題集の紙に不自然なへこみと汚れをつけてしまった。


「クラス落ちした理由だよな」

「え? はい」

「お前と特待生が入ってきたからだ」

「…………あっ!」


 そういうことか、と合点がいった。

 祀莉と桜の分、2人分ずつクラスが落ちていったということだった。

 原因は自分だった。


(え……。わたくしのせいで……?)



 額に触れていた指が離れ、代わりに頭にぽんっと手が乗った。

 しゅん……っとしている祀莉の頭を撫で始める。


「……? ——えっ!? きゃ……っ。ちょっと何するんですか!」」



 その手つきは次第に乱暴になっていき、わしゃわしゃと艶やかな髪をかき乱した。

 両手で頭上の手首を掴むと、すぐに頭から手が離れた。


「そんな顔をするな。Aクラスの人数は決まっているんだから。それに、1人は自分から言い出したんだ」

「……はい」


 しかし、もう1人の生徒にとってはショックだっただろう。

 要は気にするなと言うが、やはり少しは罪悪感があった。






 問題集を再開するが、確実にペースが落ちはじめた祀莉に要が提案する。


「課題が終わったら映画でも観に行くか?」

「はい? えっと、映画……ですか?」

「確か、お前が観たそうなアニ——もが」


(ちょっとーーーーーっ!!)



 才雅にアニメ好きなことがバレていないと思っている祀莉は、要の口から“アニメ”という単語が出そうになった途端に、体を寄せて口を塞いだ。


 確かに観たいと思っていた映画がもうすぐ公開だ。

 以前はどうしてもテレビでの放送まで待てなかったから、思い切って映画館まで観に行った。

 実は、今回もどうしようかと悩んでいた。

 観に行きたくないかと言われたら、行きたい。すごく行きたい。




「いーじゃん。行ってきなよ。2人(・・)で」


 目の前でナチュラルにイチャつく2人を眺めながら、才雅は自分の課題を進めた。

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