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35 イベントが起こる予感

「楽しんでいるところ悪いんだけど。そろそろスパに行かないと、夕食の時間に間に合わないわよ?」

「え? あら、本当ですね……」


 諒華の言葉を聞いて、祀莉たちは一斉に施設に設置されている大きな時計を見た。

 もうそんな時間なのか……。

 遊んでいる間は時間が進むのがはやい。

 このままだと、ゆっくり温泉を楽しむ時間がなくなってしまう。



「他の生徒たちも移動してる見たいですね。私たちも行きましょう!」

「はいっ!」


 桜に促され、祀莉たちは要と別れてスパへと赴いた。





「ほへ〜〜」


 ここでも桜は感嘆の声を漏らした。

 声は出ていないものの、祀莉も感動のまなざしで宮殿のようなデザインの浴場を見つめていた。

 神話に出てくような女性の妖精が手に持っているカメから湯船へお湯を注いでいる。



「諒華、見てください! こんなにお風呂が……!」

「はいはい、とっとと体を洗ってしまいなさい!」


 特に珍しくも何ともない諒華は、うっとりする2人の背を押して進んだ。

 このホテルのスパは種類が豊富で一度では入りきれない。

 それでも、祀莉はあれもこれもと風呂から風呂へと渡り歩いていた。



「次はあっちに行きましょう。……あら? なんだかふらふらします……」

「ちょっと、祀莉! 今日はもうやめときなさい!」


 のぼせる寸前で諒華に湯船に引きずり出された。







 髪を乾かし、ジャージに着替えてホテルのレストランへと向かう。

 たくさんプールで遊んだので、お腹はペコペコだった。


 寝る時は学園指定のジャージもしくは体操着でと指示されているので、レストラン内は1年生の色、紺で染まっていた。



「プールもお風呂も楽しかったですね」


 桜が楽しそうに言う。


「はい!」

「私は疲れたわ……」




 後は夕食を食べて眠るだけ。

 目の前にはホテルお抱えのシェフが腕によりをかけた料理が並べられている。

 味はもちろん、見た目も美しく、食欲をそそるには十分だった。



 ——お好きなものをお好きなだけどうぞ。



 そう言われたからには、遠慮はしない。

 生徒たちは食べたい料理を競うようにお皿に盛って席についた。 

 祀莉のグループも食事を開始した。



 口に入れるとすぐにとけてしまう高級なお肉を食べながら、窓の外へと視線を向けた。


「良いですよね……。キャンプ……」


 ビッフェはA、B、Cクラスのみ。

 他のクラスは外でバーベキューだった。

 ホテルの窓から見えるところにたくさんのキャンプテントが張られ、少し離れた場所では班ごとにバーベキューを楽しんでいる姿があった。



「わたくしも飯盒炊爨(はんごうすいさん)をしてみたいです。テントで寝るのもちょっと憧れです……」




 ―—いや、あんたには無理だろう。




 聞いていた全員が喉まで出かけたこの言葉を食事とともに飲み込んだ。

 そんな中、1人の勇者―—貴矢がパンをちぎりながら祀莉に言った。



「んーー……。祀莉ちゃんには無理かもねぇ……」

「そんな……! わたくしだってテントで……」


 誰かに言われるだろうなとは思っていた。

 諒華あたりにスパっと“あんたには無理でしょ”と言われる覚悟はしていた。

 が、まさか貴矢に言われるとは思わなかった。

 なんだか悔しい。


「いやいや、そうじゃなくてね……。去年、ここに来た先輩から聞いた話なんだけどさ——」


 ぷくーっと頬を膨らませて不服な顔をしていると、貴矢が声をワントーン落とし、吐息まじりに語り始めた。





 ―—夜、みんなが寝静まった頃に、ふと目が覚めたんだって。

 で、もう1回寝ようと思ったら、なーんか音が聞こえてくるんだよね。ザッザッって……


 人の足音みたいなんだけど、なんだか様子が変なんだ。

 あっちに行ったり、こっちに行ったり……。

 テントの前で一度足を止めるみたいなんだけど、またすぐに移動するんだ。


 まるで、誰かを探しているみたいに……。





「…………っ」


 オチは見えている上に特に怖くもない話だが、“怖い話”が苦手な祀莉は体を震わせていた。

 すぅ……っと背中に涼しさを感じる。

 手に持っているナイフとフォークを無意識の内に強く握り込んでいた。


 祀莉の反応が良かったのか、調子に乗って感情たっぷりに話す貴矢。

 興味を引かれるように聞き入っている桜。

 そして、諒華と要は黙々と食事を続けていた。



「その先輩は怖かったけど、ちょっと好奇心もあってさ……テントの外を覗いてみたんだって」



 ―—そうしたら……








「髪の長い女の顔が目の前に―—っ」

「きゃぁぁああ……っ!!」


 子供を脅かすような最後のセリフに祀莉は震え上がった。

 持っていたナイフとフォークを手放してとっさに耳を塞ぐ。

 カシャンッと大げさな音を立てて皿の上に落ちた。




「え……。あの……祀莉ちゃん? ご、ごめん……こんなに怖がってくれるとは思わなくて……」


 祀莉が本気で怖がっていると知って、貴矢は焦った。

 キレかけた要に半殺しにされる!と思って精一杯の言い訳を頭に浮かべて身構える。

 ——が、要はどさくさに紛れて、耳を塞いで縮こまっている祀莉を包み込むようにして頭を撫でていた。





「——で、オチは……?」


 諒華が隣の2人を横目に見ながら、水を一口飲んで続きを促した。


「見回りの先生が、テントの中にちゃんと生徒がいるかチェックしてたんだって」

「あ、そう……。そんなことだろうと思った」

「西園寺さん。大丈夫ですか? 今の話のオチはね―—」


 未だにプルプル震えている祀莉に桜は安心させてあげようと声を掛けた。



「わたくし……家に帰りたいです……っ」

「今の話で!?」

「水に濡れた長い髪で顔を血まみれにした女の幽霊なんて……っ」

「内容が誇張されてるっ!?」


 小学生も驚かない内容でここまで怖がるとは……。

 しかも祀莉の中で色々と話が膨らんでいるらしい。

 さらに情報が追加されていた。


 震える祀莉に、今日を乗り越えれば家に帰れるから……頑張って!と桜はエールを送った。





***


 食事を終えたグループは就寝時間まで自由にして良い。

 遊び疲れたほとんどの生徒は割り当てられた部屋を目指した。

 祀莉たちも同様に部屋に移動した。



「やっぱり部屋も広いですね! 窓の外もきれい!」


 上品なデザインで、広々としたスペース。

 ベッドが3つあっても広いと感じる部屋を、桜は探検するように見て回っていた。




「わたくし、ここが良いです!」

 

 祀莉は3つ並ぶベッドの真ん中を強く希望した。

 端っこはイヤだ、2人ではさんで欲しい。

 本当はベッドの間の隙間もいらない。


「私はどこでも良いですよー」

「私も別に構わないけど……。あんな中身の薄っぺらい話でここまでビビるとは……」

「べ、べべ、別に怖くなんかありませんっ!!」

「じゃあ、私が真ん中でも良い?」

「ダメです! もうここはわたくしの場所です!」


 諒華の軽い冗談に、頭から布団を被って真ん中のベッドへと潜り込んだ。

 必死な姿に諒華と桜は声をあげて笑っていた。



「分かったから、ちゃんと歯磨きはしなさいよね」

「……はい」




 消灯まで少し時間があるが、祀莉たちは早めにベッドに入った。

 諒華は寝付きが良いのか、1分もしないうちに寝息が聞こえはじめた。


(わたくしもはやく寝てしまいましょう……)



 プールで遊んだ疲れですぐに眠れそう。

 触り心地の良いシーツに包まれていると、自然と目蓋が下がってくる。

 意識がフワフワとしてきた。








 ―—ピロンっ


 小さい音だが、確かに機械音が聞こえた。

 眠りかけていた頭がすっと現実に戻された。

 桜のベッドの方でごそごそと動いている気配がある。

 今の音は桜の携帯のようだった。

 暗い部屋に携帯画面の小さな光が灯った。


(メールでしょうか……?)



 携帯を閉じてすぐに眠りにつくだろうと思ったら、桜はベッドから降りて部屋を出ていってしまった。

 すでに寝ていると思っている祀莉たちを起こさないように、扉の音を立てないようにそっと開けて、そっと閉じる。










 ―—怪しい。


(もしかして……もしかしてっ、もしかして!!)


 要にメールで呼び出されたに違いない!

 一ヶ月前にお互いのアドレスは交換している。

 連絡を取り合っていてもおかしくはない。



 校外学習の日に……それも夜。

 そっと抜け出したヒロイン。

 待っているのは当然、要。


 2人の仲を深めるイベントが起こる予感。



(待ってました! これは絶対に見逃せません……!)


 なんの根拠もないが、祀莉はそう信じて疑わなかった。




 こんな時にのん気に寝ているわけにはいかない。

 おやすみモードに入っていたが、すっかり目が覚めた。


 キランっと目を光らせた祀莉は、諒華を起こさないようにそっと部屋を抜け出た。

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