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34 今まさに溺れるところでした!

 祀莉たちが利用しているホテルの最上階には屋内プールがあった。

 さすがは高級ホテルと言わざるを得ないほど、広くて綺麗でラグジュアリー感たっぷり。

 せっかくこんなところに泊まるんだからと、利用する生徒がいるだろうが……




 それにしては人が多すぎる。


 ―—特に男子生徒が多い。


 



「ほへー。なんか、思ってたより人気なんですね、ここのプール」


 桜があまりの人数に感心の声をあげた。

 見渡す限り、人、人、人である。


 続いて祀莉と諒華が髪をまとめながら姿を現した。


「運動して熱くなったから、プールで涼みにきたんでしょうか……?」

「いや、違うと思う」









 諒華には原因が分かっていた。

 全ては自分の軽薄な発言が招いた事態。


 “はやく終わらせて、屋内プールに行こう?”という言葉を聞かれていたに違いない。



 祀莉たちがプールに行くという情報が生徒の間で伝わり、球技大会を終えた他のクラスの耳にも入ったのだろう。

 祀莉が現れた時の、男子生徒の反応を見てまず間違いない。

 激しい運動の後で疲れているにも関わらず、わざわざ祀莉を見るためにプールにくるなんて……なんともご苦労様なことである。



(こいつら、ちゃんと汗を流してから入ってんでしょうね……? 少し早いけど、お風呂にチェンジするか? その方が人数も——)


「諒華、諒華。足をつらないようにちゃんと準備運動しないとダメですよ!」

「いっち、に、さん、しっ!」



 事情を察する気配がない2人が、プールサイドで体をほぐしながら、諒華にも準備運動するように促す。


(―—入る気満々だ!)



 この状況で!?と叫びたくなった。

 特に祀莉。

 このアホ娘、自分に向けられている視線に何とも思わないのか。

 男子どもの鬱陶しい視線を少しは気にしろよ、と言いたくなった。




 祀莉がプールを楽しみにしていたのは知っている。

 お嬢様のくせに長期休みはあまり旅行に行くことはないらしい。

 なら、プールの楽しさを教えてやろうと思ったが、これでは……。


 諒華は男子生徒がはびこるプールへと視線を向けた。

 彼らは普通にプールで遊んでいるように見えるが、時折チラチラとこちらを窺う視線が垣間見える。


(視線がうざい……)




 入らない、という選択肢がなくなった今、できるだけ人口密度の低い場所に連れいていこうと全体を見回した。

 すると、男子生徒が次々とプールから出ていくではないか。



(あれ? 休憩の時間なんてあるっけ……?)


 そんなアナウンスは聞こえなかった。

 見る見るうちに人がはけていき、生徒で埋まっていたプールから水面が見えはじめた。




「ひゃあっ!?」


 背後から聞き慣れた祀莉の悲鳴。

 会った当時は何事かと焦ったが、もう最近では驚かない。



(滑って転んだか?)


 またか……と思い振り向くと、後ろから抱え込むように祀莉にパーカーを着せている要の姿があった。


 ぎゅーっと祀莉を抱えつつも、彼の目はプールを睨みつけていた。

 殺人的なその視線に耐性のない他のクラスの男子は、逃げるようにそそくさと退散していった。

 プール内に残ったのは女子生徒と要の不機嫌モードに慣れっ子のAクラスの男子生徒だけだった。



(あーー……そういうこと。ま、いっか……)


 おかげでプール内は涼しくなったし。





「ちょっと、何するんですか!」

「良いから大人しく着てろっ!!」


 暴れる祀莉を押さえ込み、子供に着せるように袖に腕を通して、前のファスナーを一番上まであげた。

 この日のために買ったという水着を隠されて、不満そうに頬を膨らませている祀莉を諒華は苦笑いで見ていた。

 確かに祀莉によく似合う可愛い水着だったが、似合いすぎて男子生徒の視線は彼女に釘付けだった。




「あ! それ、そのまま水に入れるやつですよね。私も借りてこようかな」


 お尻まですっぽりと隠せる、長めのパーカー付きラッシュガード。

 桜が指差す祀莉の背中には、このホテルのロゴが刻まれていた。


(わざわざレンタル!?)



 そこまでして祀莉の肌を隠したいか。

 あれだけの視線を浴びながら、目の前のプールに気を取られて気づかない祀莉も祀莉だが、要は要で気にしすぎだと思う。


 そんな要から「お前が付いていながら……」といった視線を送られてきたが、「どうせぇっつーのよ!」と視線を送り返すしかなかった。








 要の威嚇のおかげで、色んな意味で暑苦しかった屋内プールは、ほぼAクラスの貸し切り状態となった。

 何も知らない祀莉は思いっきりはしゃいでいた。

 楽しそうに水の流れにのっていたが、足を滑らせて後ろ向きに水の中に沈んだ。



「西園寺さんっ!?」

「祀莉っ!?」


 ドボンっと水の中に消えた祀莉に驚いて、要と桜が声をあげる。

 すぐに要が助けに入り、水面に顔を出した。


「ぷはっ」

「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ! えっ、ちょ、要! もう大丈夫ですってばぁっ!」


 祀莉はお姫様抱っこされた形で抱えられてた。

 それが恥ずかしいのだろう、祀莉は顔を赤くして足をばたつかせてた。



「頼むから大人しくしてくれ……」

「……はい」


 そう言った要の顔があまりにも必死で、諒華は笑いを堪えるのに必死だった。




 流れるプールをぐるぐる回っていると、「うきわレンタル」と書かれた看板が見えた。

 要も同じ方向を見つめていた。


「織部、あれをレンタルしてきてくれないか?」

「いいわよ」


 小さい子供のように遊ぶ祀莉につけさせたいんだろう。

 諒華も見つけたとき、同じことを考えていた。



 一度、プールから離れてうきわをレンタルする。

 自分も使いたいので、ふたつ頼んだ。

 両手にうきわを抱えて、プールサイドをペタペタと歩きながら祀莉たちがいるであろう場所を探す。



 途中、いつの間にか姿をくらませていた貴矢を見かけた。

 プースサイドのイスにふんぞり返って座っている。

 大胆な水着で着飾り、水に入る気が全く感じられないほどに完璧なメイクを決めた女子生徒5人と戯れていた。


(うわぁ……。秋堂君もよくやるわね……ん?)



 女の子に取り囲まれつつも貴矢の視線は別の方向へと向いていた。

 その先には、水と戯れている祀莉たちの姿。

 そしてプールで遊んでいる祀莉もまた、貴矢が築くハーレムを見ていた。


 中等部の時から顔と愛想の良い貴矢の周りには、自然と女子生徒が集まってきていた。

 諒華はもうその光景に慣れていたが、祀莉にとっては珍しいんだろう。

 観察するように、じぃ……っと見つめていた。



 そして要の機嫌が悪くなるという悪循環が生まれる。




(さてさて、北条君の様子はどうかな?)


 わくわくしながら見守っていると、ざばーっと水の音がして直後、祀莉の悲鳴が聞こえた。

 予想通り、祀莉は要から水の攻撃を受けていた。


「きゃあっ! ちょっと要、何するんですか!」

「ぼーっとするな。溺れるぞ」

「今まさに溺れるところでした!」



(おもしろい……)


 見ていて飽きない2人だ。

 桜も2人を見て楽しそうに笑っていた。






 この校外学習では班分けされ、できるだけグループ行動をするようにと指示された。

 5人グループで4つ。

 班の組み合わせは自由ということで、諒華はとりあえず祀莉を誘った。

 嬉しそうにする祀莉に当然のごとく要がついてきた。

 問題はここからである。



 祀莉と要がいるグループに名乗り出る勇者はいるか。


 入りたいのは山々だが、自分からはおこがましくて……という空気が漂っている。

 ——そんな時である。



「要、鈴原さんを誘ってみてはいかがですか?」

「は?」

「いいから、お願いしますっ!」

「……」


 どうも祀莉はあの特待生の子——鈴原桜と仲良くなりたいらしい。

 そのくせに、自分じゃなくて要を動かそうとする。

 人見知りというか恥ずかしがり屋だから、勇気がなくて無理なんだろうけど。


(北条君もよく言うことをきくわね……)



 以前、昼食のお誘いに失敗しているから、今回もどうかな……と思ったけど、どうやらミッションは成功したようだった。

 祀莉は大いに喜んでいた。

 おまけで貴矢もついてきたが、まぁどの道、あとの一枠に入ろうなんて勇者はいないだろうから、妥当なメンバーではあった。




 桜も周りからすればかなり豪華なメンバーに遠慮することもなく、グループにとけ込んでいる。

 だというのに……




『——北条君、どうして西園寺さんに……』


 要の背を見つめながらそう呟く桜。

 諒華は、この言葉の真意を測り兼ねていた。


 ほとんどの行動を共にする要と祀莉。

 婚約者なのだから特におかしいとは思わない。

 じゃれ合っていてもクラスメイトは、“またか……”と最近は興味を示さなくなっている。



 桜の態度もそれと変わらないものだったが、バスの中での発言がひっかかる。

 憂いを込めたそれは、どういう意味合いで言ったのか。

 思い出しては頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。



(北条君に気があるとか? …………まさかね)

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