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33 どうぞ、デートにでも行ってください

 祀莉が目を覚ましたのは、昼食が始まる直前だった。

 ぼんやりする視界の中で最初に目に入ってきたのは、机を挟んで向かいに座っている桜。

 機嫌良くしおりを読んでいた彼女は、祀莉の視線に気付き顔を上げた。



「あ、西園寺さんが起きた! おはようございます」


 覗き込むようにして身を乗り出し、本日2回目の朝の挨拶をする。

 可愛らしい笑顔だ。

 その隣にはストローをさしてジュースを飲んでいる貴矢が座っていた。




「……」


 なんで、目が覚めてこの2人のツーショットを見なくてはいけないんだ。


(そこは要のポジションなのに! ……ってあれ?)



「要は?」

「おっはよー祀莉ちゃん。起きて早々、婚約者の名前? 本当、仲いいね。要なら隣にいるよー」


 貴矢がニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、祀莉から少しずれた場所を指さす。

 祀莉がもたれかかっている方だ。

 いやに安定感があって温かい……——と、気付いて嫌な予感がした。

 よくよく見ると男子生徒の黒い制服。


 顔を上げると、そこには……



(か、要——!?)


 まだ半分ほど夢の中だった頭から、眠気が一気に吹っ飛んだ。





「す、すす、すみませんっ!!」


 恐ろしいことに、要に無遠慮に体重をのしかけてぐーすか寝てしまっていたようだ。

 すばやく体を起こして距離をとり、姿勢よく座り直した。

 祀莉が離れた瞬間、隣から力を抜くように息を吐く音が聞こえた。


(邪魔でしたよね……)



 それはそうだ。

 桜がいるのに祀莉にもたれかかられては、たまったもんじゃないだろう。

 それに目の前では桜と貴矢のツーショット。

 これを見せつけられて、内心イライラしているに違いない。

 


(鈴原さんが見ている手前、わたくしを無下に扱えなかったんですね……)


 すみません、すみませんと心の中で何度も謝罪した。


 どうして自分は要にもたれかかって眠っていたのか……。

 そういえば、見たことのない場所だ。



 ぐるりと周囲を見渡した。

 学園にこんな場所があっただろうか。


「ここはどこですか?」

「まだ寝ぼけてるでしょ。今日から校外学習。ここはホテルの中。これからランチ」



(あ、そうでした……)


 寝起きの祀莉にも分かりやすいようにと、噛み砕いて説明する諒華の言葉で思い出した。

 今日は校外学習の日。



 昨日から楽しみすぎて、夜遅くまで頭が冴えて眠れなかった。

 そのせいでバスに乗る前は本当に眠くて眠くて仕方がなかった。

 バスに乗ってシートに座った途端に寝入ってしまったのだ。


 ——そして、起きたらすでにホテルの中である。




(またやってしまいましたか……。バスから降りた記憶なんてまったくないです)


 朝、気づけば教室にいる、なんて日常だった。

 今回もそうやって寝ぼけているうちに自分でここまで歩いて、また眠ってしまったんだと結論付ける。



 バスを降りてからの先生の諸注意、点呼までずっと要に抱えられていたなんて、つゆほどにも思っていなかった。






***





 昼食をすませて、午後の時間。

 Aクラス、Bクラスは新緑に囲まれたホテルの会議室のような部屋で授業を受けていた。


 授業というより、与えられたプリントをひたすら解いていくだけ。

 配られた数枚のプリントが終われば、あとは自由に過ごして良い。


 屋上や中庭を散歩するなり、室内のレジャー施設で遊ぶなり。

 温泉や、屋内プールなど、楽しむ場所はたくさんあった。





 少し開いた窓から、クラスを応援する声が聞こえてくる。

 C、D、E、Fクラスは外で球技大会らしい。


(楽しそうですね……)



 盛り上がっている外を見てため息をついた。


「おい、手が止まってるぞ? 分からない問題でもあったか?」

「いえ、大丈夫です!」



 要の言葉で我に返る。

 のん気に彼らの姿をぼーっと見てる暇はない。

 早く終わらせないと、自由時間がどんどん減っていく。

 慌てて手元のプリントへと意識を向けた。


(これならクーラーのきいた学園にいるのと変わらないです……)





 基本、ホテルではグループで行動するように指示されている。

 祀莉のグループは、要、諒華、桜、貴矢の5人。

 桜をグループに入れることに成功したと喜んでいたら、貴矢という余計な人間までついてきてしまった。


(また要と鈴原さんの邪魔をする気ですね……。余計なことをさせないために、わたくしが見張っておかなくては……)


 自然と貴矢に目を向ける。

 さらさらと問題を解いている彼を、祀莉は無言で睨みつけていた。





 しばらくの間、そうしていると頭にコツンっと軽い衝撃が走った。


「ひゃっ……!」



 なんだ!?と思って隣を見たら、軽く握った拳を向けた要に睨まれていた。


「何するんですか……」

「集中しろ。そこ、間違ってる」

「う……」


 指摘を受けた箇所を消しゴムで消す。

 隣で諒華がくすくすと笑っていた。





 テーブルを囲って各自問題を解いていたが、桜と要が競うように終わり、ほどなくして貴矢と諒華もプリントをすべて埋めた。

 あとは祀莉待ちである。



 プリントの内容は授業の復習で特に難しくはない。

 中間テストの一件から真面目に授業を受けている祀莉は、ちゃんと問題を解けている。

 ただペースが遅いだけ。

 問題文をちゃんと読んで、そして理解して、回答欄を間違えないように記入する。

 時間はかかっているが、今の所ミスはない。



「あの……、待ってていただかなくても良いんですよ? 先に行ってください。わたくしは後から行きますので……」


 雑談をして祀莉を待っている桜たちにそう言った。

 自分のために待たせるのはなんだか心苦しい。

 他のグループもそうしているようだった。



(要と鈴原さんはどうぞ、デートにでも行ってください!)


 そうしてくれたら覗き見たいという欲望で、はやくプリントを終えられるような気がする。

 先生も見張っているわけではないから、先に部屋を出てもバレはしないだろう。





「いいから手を動かせ。頭を働かせろ」


 要が次の問題文をトントンと指で叩いた。

 それに続いて桜と諒華が言う。


「ゆっくりで良いですよ。待ってますから、頑張ってください」

「そうそう。ちゃんと待っててあげるから。はやく終わらせて、屋内プールに行こう?」

「プール……。はい、頑張りますっ!」


 楽しみにしていた“プール”というワードにやる気が増した。

 プリントはあと一枚。

 シャープペンを強く握って次の問題に挑んだ。


(せっかく今日のために水着を買ったんですから、早く終わらせて遊びにいきたいですっ!)

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