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32 この眠り姫、どう叩き起こしてやろうか……

 梅雨が明けて、天気の良い日が続くようになった。

 現在、祀莉たち華皇院学園の1年生はバスで森の中を移動中。

 自然とふれあいながらクラスメイトと親睦を深めるという名目のもと、1泊2日の校外学習が行われる。




 祀莉にとっては学校行事で初のお泊まり。


 中学の時にも一応、修学旅行というものはあったが、それぞれの家の事情もあって自由参加だった。

 どうしようかと悩んでいたら、父親に「やめておけ」と言われたので、その言葉に従い祀莉は家で大人しくしていた。



 ——というのもあり、今回の校外学習はとても楽しみだった。


 高校に入って諒華という親しい友達ができた。

 彼女と一緒なら楽しく過ごせるだろう。

 それに……


(ぜったい、要と鈴原さんの仲を深めるイベントがあるはず!)


 ——これは行かないと。




 しかし心配性な両親だ。

 今回も「やめておきなさい」と言われるかも……と思ったが、要と一緒なら安心だと許可を出してもらえた。


(もう! どうして要とならって話になるんですか……!)




 朝、家を出る時は全員で華やかに送り出された。

 祀莉の“初めてのお泊まり”に嬉しいのか、それとも心配なのか目に涙を浮かべている者もいた。


 母親に言われた「要君の言うことをしっかりきくのよ……」が頭にひっかかる。

 まるでいつも自分が要に面倒を見てもらっているみたいではないか。

 そんなに自分は信用がないのかと不満を抱きつつ、祀莉はさっそく荷物が詰まった鞄を持ち忘れるのであった。

 もちろん、その鞄は要によって運ばれた。




 一度学校に集合して、そこからクラス毎にバスで移動する。

 今日という日が楽しみすぎて、なかなか寝付けなかった祀莉は、快適すぎるバスの旅を眠って過ごしていた。

 シートに腰掛けた途端に眠気が襲い、誘われるままに夢の中へと旅立っていった。










「祀莉っ! まーつーりーっ!! ……完全に寝とるな、こりゃ」


 何度呼びかけても、肩を揺すっても起きない祀莉に諒華は困り果てていた。

 他の生徒たちは次々とバスを降りている。

 先に到着していた他のクラスはすでに列に並んでいて、あとはAクラス待ちの状態である。




「織部さん、どうしたの? 先生が早くしなさいって言ってますよ」


 “しおり”を手に持った桜が、通路で立ち止まっている諒華に声をかけた。


「祀莉が起きないの」

「ありゃりゃ……西園寺さーん、朝ですよー」


 桜は手に持っていた小冊子をメガホンのように丸めて耳元で呼びかけてみた。

 が、長い睫毛はぴくりとも動かない。


「うーん……ダメっぽいですね」



 ほっぺたを指でつんつんと突いても身動き一つしない。


 諒華はため息をついた。

 この眠り姫、どう叩き起こしてやろうか……。

 そう考えていた時、バスに人が乗り込んできた。



「——おい、なにしてんだ?」

「あ、北条君! ちょうどいいところに」



 完全に祀莉の世話係として認識されている要の登場である。

 最悪、彼を呼ぼうと思っていたので、このタイミングで来てくれてありがたい。


「祀莉がなかなか起きてくれなくてねぇ……」

「……やっぱりか」



 一度、外に出たが祀莉が降りてこないので、様子を見に戻ってきたらしい。

 困った顔をしている諒華と桜の間に入り込んで、リクライニングを最大まで寝かせたシートですやすやと眠る祀莉に目を落とした。



「おーい、祀莉ーー」


 ぺちぺちと頬を叩く。



「ん〜〜……」

「…………」


 少し声を漏らしたが、再び寝息を立てて静かになった。

 まぁ、こんなんで起きるわけがないことは分かっている。

 いくつか起こす方法はあるが、さすがに人前でそれをするのは気が引ける。


 どうしたものかと、諒華たちと並びながら思案した。




「おーい。まだかぁ?」

「あ、はい。すぐ降ります!」


 急かすようにバスの入り口から声をかける担任に、桜が返事をする。


「どうしよう、北条君。もっと強く揺すってみる?」

「いや、無駄だ。…………仕方がないか」



 ぐっすり眠っている祀莉を数秒ほど見つめた要は、怒鳴りつけるでもなく、強く揺するでもなく、慣れた手つきでふわりと抱き上げた。


「あら」

「きゃ……」


 要の行動に目を見開いている諒華と、口に手を当てて小さく声を上げる桜。

 横抱きにされた祀莉は寝心地の良いシートから離され、眉を寄せて身じろぎした。



 起きたか?と思って顔を覗いてみたが、要の肩に頭を預けるようにしてすやすやと眠っていた。

 ため息が出るほど可愛らしい寝顔である。

 要とセットだから、本物のお姫様に見えた。



「このまま連れて行く。……おい、何してんだ? 行くぞ」


 ぽけーっと祀莉の寝顔を見ている諒華たちに声をかけて、すたすたと通路を歩いていった。





「ほんと、大事そうに抱きかかえるわね……。鈴原さん?」


 諒華もその後を追おうとしたが、前にいる桜が要の背中を見つめたまま動く様子がなく、進むことができなかった。

 どうかした?と声をかけようとした時——



「——北条君、どうして西園寺さんに……」

「…………え?」

「あっ! ごめんなさい。すぐ降ります!」


 桜は耳の高さで2つにくくられた髪を揺らしながら、小走りでバスを降りていった。

 残された諒華は数秒ほど、その場に立ち止まっていた。








「今の……何?」


 小さい声だったが確かに聞こえた。

 聞こえてしまった。




 ……そして、見てしまった。



 桜の瞳が、寂しそうに2人を見ていたことを。

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