31 電話とメール
要はスマートフォンのメール画面を見つめていた。
祀莉に携帯電話を与えてから、数日。
全文ひらがなだった彼女のメールは、要と諒華の特訓のおかげもあって、ちゃんとした文章になりつつあった。
初めの頃は濁点の付け方も分からなかったが、今では『!』や『?』の記号も使えるまでになっていた。
諒華とのメールでは絵文字も使っているらしい。
(……なぜ、俺のメールには使わない?)
祀莉を連れてショッピングモールへ買い物に行った時、要や桜が使うスマートフォンを羨ましそうに見ていたのに気付いた。
もしかして欲しいのだろうか。
そう考えて、祀莉に合いそうな携帯電話をすぐに手配してプレゼントした。
箱の中の携帯電話を見た時の嬉しそうな顔が忘れられない。
目を輝かせて手に取る仕草に、要の顔には自然と笑みがこぼれていた。
防犯機能付きだから、持たせていても無駄じゃない。
もしもの時に役立つかもと思って選んだ。
防犯機能の使い方だけは徹底的に教え込んだ。
祀莉も興味深く説明を聞いて「分かりました! いつでも使えます!」と、胸を張っていた。
(できれば使うような事態にならないで欲しい……)
切実な願いである。
その日の夜は電話が繋がったが、次の日から電源を入れずにただ持ち歩くという意味のない行動をしていた。
ずっと持ち歩けと言っていたが、電源が入っていないなら持っていないのと同じだ。
(なんで電源を入れてないんだよ)
入れ忘れているにしても、おかしい。
少し意地悪をして聞き出した結果、「着信音が……」と白状した。
祀莉の好きな曲(アニソン)を設定しておいたのだが、それがイヤだったらしい。
(人気グループの曲だから、そこまで恥ずかしがるものでもないと思うんだが……)
クラスメイトと話すきっかけにもなると思っていたが、本人がイヤだというなら仕方がない。
適当なクラシック音楽に変更して、連絡が取れる状態にしろと言ってからはマナーモードにしている。
これで祀莉といつでも連絡がとれるようになった。
先日、ショッピングモールに出かけた時、「寝る前のおやすみの電話……」と呟いていたのをめざとく聞いていた要は、毎晩祀莉に電話をしようと決めていた。
“おやすみ”だけを言うために電話をするのは照れくさいので、適当に会話した後にその言葉を言う。
最初は柄にもなく緊張したが、数日経った今でもそれは変わらなかった。
(やっぱりこれ、すっげー恥ずかしいぞ……)
電話を切った後しばらくは頬の火照りを感じたままだった。
それから1週間。
要の中では習慣になりつつある夜の電話で、祀莉がこんなことを言い出した。
「メールの練習をしたいんです!」
ちゃんとメールを打てるようになりたいので、電話は極力控えたいとのことらしい。
そういえば、メールを打てるようになりたいから教えてほしいといっていたことを思い出した。
「……分かった」
『ありがとうございます! 返事はゆっくりになりますが、怒らないでくださいね』
「それは分かってる。待ってるから、絶対返事を返せよ」
『はい!』
寝る前に祀莉の声が聞けるというのは、嬉しいことは嬉しいのだが、やはり照れるので正直ほっとしている。
メールでお休みを言うだけなら、別に照れることはない。
しばらくはメールの練習につき合うことにした。
これについても色々とあったが、なんとか祀莉はメールを打てるようになった。
メールは専ら要から送り、それに対する返事が数分から数時間ほど遅れて返ってくる。
画面と睨めっこしながら、真剣にメールを打つ祀莉の姿が思い浮かぶ。
『はい』、『わかりました』の文章だけでも、祀莉が頑張って打ったのだろうと思うと、嬉しく感じてしまうものだ。
それらのメールを眺めている時、無意識に表情が緩んでいたようで、何度も貴矢にからかわれた。
―—そんなある日のことである。
『鈴原さんが困っていたら、助けてあげて下さいぬ。』
数日後の校外学習まで体調を整えておけよ、という話からだんだんと桜の話題になっていき、今しがた届いたメールの内容がこれだった。
桜を見る限り特に困っている様子はない。
むしろ祀莉より積極的にクラスメイトと接していて、クラスに馴染んでいる。
他のクラスの生徒から嫌味を言われたり、嫌がらせをされているようには見えない。
(……どういう意味だ?)
その文面の真意を考えつつ、要はメールを作成した。
『最後、打ち間違えてるぞ。』




