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30 携帯を手に入れました

 祀莉は要と2人で館内を歩いていた。

 さっきまで樹と繋いでいた手は、いつの間にか要に引かれている。



「もうこんな時間か……。そろそろ夕食にするか」


 スマートフォンの画面に表示される時計を見ながら要が呟いた。

 桜が行ってしまったというのに、よく平気でいられるもんだ。

 もっと別れを惜しむとかないのだろうか。


 今も相変わらず、すました顔でスマートフォンを操作している。





(携帯電話って便利なんですねぇ……)


 持ったとしても使う相手がいないから、特にほしいとは思っていなかった。

 しかし、諒華がスマートフォンを操作しているところを見て、少しだけ興味がわいてきていた。


 周囲を見回すと、ほとんどの人が携帯を手に持っている。

 中学生どころか小学生までも自分の携帯を持っていることに驚きだ。

 桜も当然のように携帯を使っていた。



(そういえば、さっきの電話の相手は要だったんですよね……)


 やはり連絡先をゲットしていたのか。

 いつ、どんなタイミングでそんなやりとりがあったんだろうか。




「要……。鈴原さんの携帯のアドレス、知ってたんですね……?」


 毎日、愛をしたためたメールを送りまくっているんですね!

 自分のいないところでイチャイチャと電話していたんですね!

 ——聞き出さなくては。


 ずいっと祀莉は要に詰め寄った。

 さあ、吐いてもらおうか。




 彼氏の浮気を疑うような目で顔を近づけてきた祀莉に、要は一瞬たじろいだ。


「え? あ……あぁ、さっきな。お前とアイツの弟。どちらか見つけたら連絡できるようにって交換したんだ」


 ……あ、そう。



 でもこれからは電話し放題。

 会えない休日は声が聞きたいという理由で電話をかけられるし、暇なら一緒にどこかに出かけようといつでも誘える。



(内容を盗み聞きできないのが残念ですが……。あと、恋人と言えば―—)


「寝る前のおやすみの電話……」

「は?」

「いえっ、なんでもありません!」


 うっかり声に出してしまっていたようだ。


 まぁ、それは小説とか漫画の中だけの話だろう。

 そこで本来の目的は本屋だということを思い出した。




「要、本屋! 本屋へ行きましょうっ」

「はいはい」

「あ、別について来てもらわなくても良いんですよ? わたくしのことは気にせず、要は自分の行きたいところに——」

「一緒に行くに決まってるだろう。またふらふらと歩き回って迷子になられても困るからな」

「う…………はい」


 勝手に歩き回ってはぐれたことはバレていた。

 さっきは桜の顔を立てて引いてくれただけだった。



 つないだ手は離してもらえず、徹底的に見張られているようだった。

 携帯なんて持っていないから電話でどこにいるか確認するなんて不可能。

 次に迷子になったらアナウンスするぞと脅されてしまった。


 それにしても、周りの視線が気になって仕方がない。

 子息令嬢が通う高校の制服を着ているのもあるが、やはり要は目立つらしい。

 一緒にいる祀莉までその視線は注がれていた。



(漫画が買いにくいです……)


 注目されることに対して、己には原因はないと信じて疑わない祀莉であった。




***





 次の日の朝、いつもどおりの北条家のお迎え。

 乗り込んだ車の中で突然、要から箱を渡された。


「祀莉、これ」

「はい? なんですか?」


 開けてみろと言われたので、渡された箱のふたをそっと開ける。

 そこに入っていたのは——



「携帯電話です!」

「そうだ。持ってろ。どこに行くにも絶対に持ち歩け」

「はい。ありがとうございます」

「俺と才雅、お前の両親と俺の両親のアドレスは登録済みだ」

「あ、そうなんですか」



 両親と才雅は分かるが……なぜ、要の両親のアドレスまで入っているだろう?

 小学校を卒業してからは、一度も会っていない人物の顔を思い浮かべた。


(お元気でしょうか……)


 小さい頃はさんざん可愛がってもらった。

 要の両親とは思えないほど、優しい小父さまと小母さま。

 早くお嫁にきてほしいと、会うたびに言われていた。


 要の運命の相手が現れた今、申し訳ないがその願いは叶えられそうにない。



(でも安心してください。要がもっと素敵なお嫁さんを連れてきますからね!)


 2人もきっとすぐに受け入れてくれるに違いない。

 昔、何も分からず要との婚約の話を了承した時、「わたくしで良いのですか?」的な質問をした記憶がある。

 それに対して要の両親は、「要が選んだ相手なら、どんな子でも構わない」と言っていたはず。

 何も問題はない。


 最後はハッピーエンドだ!




「ふふ……」

「気に入ったか?」

「え……? あ、はい! 可愛い色ですね。ありがとうございます!」


 危ない危ない。

 要と桜のハッピーエンドを思い浮かべていたら、自然と笑みが……。

 でも、気に入ったのは本当だ。

 欲しいと思いはじめていた自分の心を読むような要の計らいに、もう一度お礼を言う。



 両手に持ったピンク色の携帯を嬉しそうに眺めている祀莉を見て、要は満足そうに小さく笑った。





 そして、ご機嫌で教室に入った祀莉は、クラスメイトへの挨拶もそこそこに、一目散に諒華の元へと向かった。


「諒華、諒華! わたくし、携帯を手に入れました!」

「へぇ〜やっとか。じゃあ、アドレス交換しよう」

「はい!」


 友達とアドレスの交換!

 実はずっと憧れていたのだ。



「あ、でもどうすれば良いかまだ……」

「やってあげるから貸して」


 諒華が手を差し出す。

 “ちょっと待ってくださいね”と鞄の中に入れた携帯を探した。


「最近の携帯はすごいですね。防犯ブザーがついてるみたいなんですよ! はい、お願いします」

「え……これって……」



 諒華の手に携帯電話が乗せられる。

 それは子供用の携帯電話だった。

 “夜遅くまで塾に通うお子様が心配なら!”というキャッチフレーズでCMが流れていたのを思い出す。



「ここをこうすると、大音量で音が鳴るみたいなんです」

「……へぇ〜。それは便利だね」


 まだ他の機能は使えないが、防犯機能だけはちゃんと使えるようにと車の中で教えられた。

 それを聞いて、どこまで過保護なんだと思った反面、祀莉にはこれくらいで良いかと思う諒華だった。

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