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29 ちょっとした意地悪だろうか

 迷子センターから出てすぐ側にある、休憩スペースのソファーベンチ。

 祀莉はそこに座っていた。

 隣には目を赤くした樹を抱っこしている桜がいる。


(同じ制服を着ているから、わたくしと鈴原さんを間違えたんですね)



 桜とはぐれて不安になった樹は、見慣れた制服を着た祀莉を姉だと思い込んだらしい。

 どうして自分を“お姉ちゃん”と呼んだのか、ようやく理解できた。


「樹、お姉ちゃんと同じ学校の西園寺祀莉さんだよ。ちゃんとありがとうって言ってね?」

「まつり……お姉ちゃん」

「はい、なんですか? 樹君」

「ありがとう……」


(か、かわいいです……!)


 桜に抱えられつつ、つぶらな瞳でお礼を言う樹はとても可愛かった。

 これはキュンキュンするしかないだろう。







「祀莉!!」

「はい?」


 遠くの方から名前を呼ばれた気がして、咄嗟に振り向く。

 エスカレーターが邪魔でよく見えないが、その向こうから要らしき人物がこちらへ走ってくるのは分かった。


「あ、北条君が来たましたね。こっちですよー」


 桜も気づいたようで、樹を抱いたまま立ち上がり、要に向かって大きく手を振っていた。

 祀莉も隣に立って要の到着を待った。



「あんなに息を切らせて、よっぽど心配してくれたんですね! ね、西園寺さん」

「そ、そうですね……」


 祀莉を見てにっこりと笑う桜。

 なんて挑発的な笑顔なんだろう……。

 不安がっていた数分前の様子とはまるで違う。

 誤解はすっかり解けているようだ。


 一体どういった流れで誤解が解けたのかすごく気になる。

 その場にいられなかったのが悔しくてたまらない。


(わたくしが迷子センターにいる間、何があったんですか!?)




 なんて考えている間にも要はどんどん近づいてきている。

 その表情は険しいものだった。

 桜が突然いなくなって心配だったに違いない。

 その上、祀莉と一緒にいるのを見て内心焦っているんだろう。



 要にとっては祀莉と桜の鉢合わせは、これ以上ない修羅場だ。

 例え会った場所が迷子センターだったとしても——


(……あれ? 鈴原さんは迷子の樹君を迎えに来たんですよね?)



 要と桜が一緒にいた時はすでに樹は迷子になっていたわけだ。

 弟をこんなにも大事に抱えている桜が、樹を放って要とイチャついていたとは思えない。

 迎えにきた時の声も、すごく心配しているものだった。



(……んん? えーっと……)


 自分が考えていたことと現状が上手く噛み合ない。

 あれ?と首を傾げていたら、不意に両肩を強く掴まれる。

 驚いて見上げると息を切らせた要の顔が近くにあった。



「何してたんだ。動くなと言っただろう!」

「へ!?」


 まずは桜に駆け寄るものだと思っていたのに、なぜか要は祀莉の前にいる。

 疲れきった顔で激しく呼吸を繰り返していた。



(鈴原さんはっ!? 鈴原さんはどうしたんですか……!)


 さっき浮かんだ疑問と、更にわけの分からない状況でますます混乱した。





 はぁ……と息を吐いた要は、祀莉の左肩に額を押し付けた。


(ええええぇ……!?)




「あの、要。鈴原さんがいる前で、これはちょっと……」



 勝手にいなくなった桜に、ちょっとした意地悪だろうか……。

 嫉妬してもらおうとしての行動だとしても、さすがにコレはやりすぎなのでは?

 ぎこちない動きで桜を見る。



 樹を抱っこしていた彼女は——


「あ、私のことは気にしないでください」


 ……なんて言って笑っていた。

 全くもって効果がない。


(なんでそんなに余裕ぶっていられるんですか!?)


 要と2人でいる所を見たときは、悲しそうにしていたのに。






「祀莉……」

「はいっ!」


 低い声が自分を呼んでいる。

 あぁ……これは怒っている時の声だと反射的に体が強張る。

 肩に乗っていた重さがなくなったと思うと、今度は祀莉を上からじっと見つめていた。

 いつも以上につり上がっている目がなんだか怖い。



「なんでフラフラといなくなったんだ」

「う……す、すみません……」


 だって……と言い訳しても怒られるんだろうなぁと、諦めて謝罪を口にする。



「―—あの、ち、違うんです! 西園寺さんは樹を迷子センターに連れて行ってくれてたんです! そうですよね!」

「え……。あ、はい!」


 要に怯えている祀莉を見て桜が庇ってくれた。

 時間的にちょっと無理があるような気がしたが、藁にも縋りたい気持ちで頷いておいた。

 バレるかな……と、こっそり上目遣いで様子を窺う。


 要は疑っているような目で見ていたが「……もう良い」と、この場は引いてくれた。





***



 すっかり涙も乾いて機嫌が戻った樹は、まつりお姉ちゃん!と手を握ってくる。

 ……かわいい。

 その行動にきゅんきゅんしながら、手を引かれるままに適当にぶらぶらと館内を歩いた。



 祀莉が樹の相手をしている間、桜と要は前を歩く2人を見守りつつ、ぽつぽつと適当な会話をしている。

 桜は学校を出た後、保育園に樹を迎えに行って、そのままここへ来たらしい。

 樹のお絵描き道具を買いにきたと話しながら、箱入りの12色のクレヨンを見せてくれた。


「私はよくここに買い物に来るんですけど、北条君と西園寺さんがこんな所にいるなんてびっくりです。お2人はどうしてここに?」

「デートだ」


(ちょっとぉーーーっ!!)



 運転手に言った時と同様、さらりととんでもないことを言う要に足を滑らせそうになった。

 今は樹の手を握っているから自分が転んでは危ない。

 足に力を入れて踏ん張った。


(全く……なぜそういう嘘をつくんですか?)



 照れ隠しのわりには桜の質問に食い気味に答えていた。

 やっぱり嫉妬させようと小細工しているのだろうか。


 ……効果は全くもってみられないが。



 それでもちゃんと訂正しなくてはと思った時、桜の携帯が震えた。

 彼女の父親からの電話で、仕事帰りに駐車場まで迎えにきてくれるらしい。

 もうすぐ着くから、それまでに母親に頼まれていた玉子を買いに行かないと……と残念そうに言った。



(そうですよね。せっかく要と会えましたのに……)


 しかも桜がいなくなったら祀莉と2人きり。

 それが不安なんだろう。


(心配しなくても良いんですよー。でもその不安を要にぶつけることによって2人の仲は更に深く……)



 また自分勝手な想像を脳内で繰り広げる。

 考えはじめて静かになった祀莉を見上げて、樹は「?」と首を傾げていた。




「まつりおねーちゃん?」

「え……? あっ!」


 握られている手をくいっと引かれて、祀莉は現実に戻ってきた。

 そうだ。

 桜が帰るのなら樹も一緒に行ってしまうのだ。




「ほらおいで、樹。帰るよ」

「え〜〜っ」

「“え〜〜”じゃないの! お2人とも、今日はありがとうございました」


 祀莉と要に向かってぺこりとお辞儀をする。

 “おいで”と言われた樹は、少しだけ駄々をこねて、寂しそうに祀莉の手を離す。

 祀莉も離れていく樹の手が名残惜しかった。



(ああ……もう少し一緒にいたかったです……)


 お迎えが来ているなら仕方がない。

 桜に手を引かれて“ばいばい”する樹に、微笑みながら手を振り返した。

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