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03 失礼な態度って何でしょう?

 あれから数ヶ月が経ち、とうとうこの日がやってきた。

 玄関ホールに置かれている姿見で身なりをチェックする。


 スカート、リボン、髪に乱れはない。

 制服は白で統一されたデザイン。

 襟や袖口には紺色のラインが施されている。

 地味でもなく華美でもない落ち着いたデザインが、品のある生徒だと印象づけていた。



 さて、今日は入学式。

 自分の欲望のために己を犠牲にしてハッピーエンドを目指すという、めちゃくちゃな目標を立てて、祀莉(まつり)は家を出た。


 西園寺家に仕えている者たちが庭に並び、「いってらっしゃいませ、お嬢様」と順々に挨拶を繰り返す。

 その中を令嬢らしく優雅に歩いた。



 春の暖かい風が頬を撫でる。

 今日から新しい学園生活が始まるんだと、胸を高鳴らせた。








「——よう、祀莉」


 登校のため用意された車へ向かおうと駐車場に足を向けた時、聞き覚えのある男の声に名前を呼ばれた。


(忘れていました。今度通う学園にはこの人が……)



 その声を聞いた途端、ダッシュで逃げたくなったが、ぐっとその気持ちを抑えこんだ。


 客人用の門の前に黒塗りの高級車が1台停まっている。

 そのすぐ側にはよく知っている人物が……。



 うららかな春の風に黒髪をなびかせた彼は口の端を上げて笑った。


 爽やかな笑顔なら良い。

 しかし祀莉には何か裏があるような笑みにしか見えない。

 漆黒の制服がそれをまた過剰に演出している。


 震える唇で祀莉はその人物の名前を口にした。


「……(かなめ)





 祀莉の幼馴染みであり、婚約者である北条(ほうじょう)要。

 父親同士の仲が良く、祀莉はよく彼の家に連れて行かれていた。

 父が要の父親と話しているときは当然、歳の近いもの同士ということで、要と一緒にいさせられることが多かった。



 さらには同じ小学校に入学させられ、6年間同じクラスで時間を過ごした。

 要は何かと祀莉にちょっかいを出してくる。

 当時から彼は勉強もできればスポーツでも活躍を見せた。

 芸術分野においても優秀な家庭教師のおかげで難なくこなせた。


 この時すでに要は王様気取りでクラスを支配していた。

 生徒どころか先生までも彼を恐れ、要の近くにいる祀莉にも近づかなくなった。


 おかげで小学校では友達という友達ができなかった。






 ——その男が目の前にいる。



「おはようございます、要。あの、どうして我が家に?」

「今日から同じ高校に通うんだ。お前が遅刻しないように毎日迎えにきてやる。ありがたく思え」


(……今日も俺様全開ですね)



 口に出して言いたいが、それをするには祀莉はとても小心すぎた。

 昔から気の小さい祀莉は要に逆らえずにいる。

 いつ彼を怒らせるかとビクビクしながら過ごしているのだ。


 中学で離れた3年間、顔を合わせる回数が減ってようやく恐怖も薄らいだと言うのに……。


 むしろ3年間で克服できた自分を褒めてあげたい。

 要の恐怖政治はトラウマものだった。



「ほら、行くぞ」

「……」


 一方的な言い方にムッとする。

 早くしろと目で促されたが、どうにも一歩が踏み出せない。


(わたくしにとってはかなり勇気がいることなんですよ……!)




 いつまでたっても動かない祀莉に、「仕方ねぇな……」と要が呟く。

 近付いてきた要に腕を引かれて、車に乗り込む形となった。



(なぜ、要と一緒に登校しなくてはならないのですか……)



 まぁでも、どうせこれが最初で最後だろう。

 ならば今日くらい我が家のガソリン代の節約だと思って一緒に登校させてもらおう。





***




 車内では、両者とも無言。

 息が詰まりそうだ。


 祀莉はずっと車の外を眺めていた。

 学園までそう距離は遠くない。

 家の体裁のために車で行っているだけなので、思っていたよりもすぐに着きそうだ。


(それが唯一の救いですね……)



 入学式にはまだ早い時間だというのに、ポツポツと同じ制服を着ている生徒が学園に向かって歩いてるのが見えた。

 その生徒たちを追い抜きながら、祀莉はこれから起きるイベントについて考えた。



 今日は要とヒロインが出会う日だ。

 一体どんなトキメキを見せれくれるのだろう。


 これから自分の出番が控えている。

 2人が並んでいるところを見て、うっかり悶えたくなるかもしれない。

 それを我慢してライバルの令嬢を演じきれるだろうか。


 本当は何もせずに見守っていたいのだが、今日という出会いのシーンにはどうしても自分が欠かせない。

 あとはそっとしていれば勝手にくっついてくれるはず。

 今日……、今日だけはしっかりやらなくては!


(頭の中でシミュレーションしておきましょう)



 思い出した小説の内容では、失礼な態度を取った桜に気を悪くした祀莉が彼女を怒鳴りつけるのだ。

 ちゃんと悪役令嬢を演じないと!と祀莉は意気込んだ——が、



(……失礼な態度って何でしょう?)




 それを理解していないと、どうケチをつけて良いのかわからない。

 小説はヒロイン視点で書かれていた。

 本人は失礼な態度をとったことに気づいていない。

 ただ要を見ていただけ。

 それなのに理不尽な理由で叱咤されて困っていたところに、要の助けが入るのだ。


(失礼な態度……それが分からないと何もできないんですけど。えっ、わたくし何をすれば良いんでしょうか……!?)


 学校の校門が近づく中、祀莉は焦っていた。








「——おい、着いたぞ。……祀莉? おい!」


 校門前の送迎専用駐車場に車が止まった。

 降りようとした要が声を掛けたが祀莉は答えず、未だに窓の外をぼーっと見ているだけだった。


 ため息をついた要は、何度呼びかけても動く気配のない祀莉の手を掴み、車から降ろした。

 その様子はまるで要が祀莉をエスコートしているようだった。




 優雅に歩いていく2人に緊張した声で生徒たちは挨拶をして頭を下げる。

 祀莉は下を向いたまま手を引かれている方向へ足を進めているだけだが、その様子を初日の登校で緊張しているのだと周りは捉えた。


 要は中等部からこの学園に通っている。

 その婚約者である西園寺家の令嬢が高等部から通うことはすでに噂で知られていた。

 あちらこちらから2人を羨む声が囁かれた。



「おい、見ろ。あの令嬢が北条が言っていた例の……」

「婚約者をお連れになると聞いてましたが、本当でしたのね……」

「うわ、マジ美人っ」

「お似合いですわね……」



 仲睦まじく登校する2人を生徒たちが微笑ましく見守る。


 祀莉の外見は悪くない。

 むしろかなり良い方だ。

 祀莉自身は自分のことを平凡な娘だと思い込んでいるので、その言葉が自分に向けられているなどとは思いもしなかった。


 それよりも祀莉の頭の中は車中から考えていたことでいっぱいだった。



(失礼な態度……? いったい彼女は何をしでかすのでしょうか……)




 要に手を引かれて考えごとに集中する祀莉。

 一度、思考に集中し出したら周りのことなど目に入らない。


 本人はそのことを自覚していないので、周りの人間はマイペースな祀莉をどう相手すれば良いか分からなくなる。

 友達ができなかったのは、そのことも一因している。



 自分の世界に浸って行動がストップする祀莉をなんとかするのが、昔からの要の役目だった。

 ぼーっと考えているところに、いきなり強引に引っ張られ、命令され、行動させられる。

 面倒を見てもらっているだけなのだが、それを分かっていない祀莉には要の行動は不可解なものだった。


 要に恐怖を覚えた原因は、実は自分にあるということも未だに分かっていない。



 それを知らず、小学校時代では6年間、祀莉は教室で1人で過ごしていた。

 クラスはある程度の家柄の生徒が多かったが、それでも北条や西園寺の足下にも及ばない。

 その中で彼の態度は横暴だった。

 友達ができたと思ったら、次の日には避けられるようになる。


 どうも要を気にして、行動しているようにみえた。

 それが何度も続いてようやく理解した。



 ——要は自分をクラスから孤立させようとしているのだ、と。



 最後は自暴自棄になっていた。

 誰とも関わらず、ずっと本を読んでいた。


 その本というのは初めは子供が読むような童話だったが、だんだんとジャンルが変わっていき、最終的には高校生が読むようなラノベに手を出していた。


 読む本は学校の図書館のもの。

 そこはジャンルが豊富で種類がたくさんあり、当時そこで働いていた司書の趣味で、ラノベや漫画がたくさん並べられていた。


 とにかく本を読んで時間をつぶそうとしていた祀莉は“司書のおすすめコーナー”のラノベを借りた。


 適当に選んだその本が思いの外面白くて続きを借り、読み終えれば似たような作品を探しはじめた。

 そしてどんどん恋愛ジャンルにはまっていくのであった。


 ……こんなところで前世の影響が出ていた。






 そんなことは、さておき。

 すでに、校門から昇降口までの道のりを半分ほど進んでしまっている。



 祀莉はヒロインである桜の目の前を通り過ぎたことに、まだ気づいていなかった。

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