28 迷子……ですよね?
待っていろと言われた場所の近くで要を発見した。
そこには制服を着た桜も一緒にいた。
このショッピングモールは学園と西園寺家のちょうど中間地点だから、学園近くに自宅があると言う桜がここにてもおかしくはない。
(それでも広いこの場所で偶然出会うなんて……。やっぱり運命でしょうか……!)
自分の存在が気づかれないように気配を消して息を潜める。
向かい合う2人は、焦っているようにも見える。
2つ、3つ言葉を交わしてから、桜は両手で顔を覆って俯いた。
(もしかして、わたくしと要が一緒にいるところを偶然見てしまって、ショックを受けたのでしょうか……)
きっとそうだ。
不安な顔で立ち尽くしている桜の姿を要が見つけたんだろう。
お手洗いに行ってくると言いながら、実は桜のところへ行っていたのだ。
(そんなこととは露知らず、買い物に夢中になっていただなんて……!)
気づいていればこっそり後をつけて、一部始終を見守れたのに。
しかし、今だって2人は良い雰囲気だ。
要は小刻みに震えている桜の肩に手を置いて、落ち着かせようとしている。
俯いていた桜がそっと顔を上げた。
不安そうに見上げる瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
——あぁもう、抱きしめてしまえば良いのに!
これまた良い具合に空いている隙間がもどかしい。
ひっそりと近寄って、後ろから押してやりたい。
そんな衝動に駆られてウズウズするが、ここは我慢。
(せっかく良いいところなのに、今出ていったら邪魔しちゃいますよね……)
祀莉がいる場所は気づかれない程度に近い距離。
2人を覗き見するにはベストな場所だった。
しかし、周辺を歩いている買い物客にとっては、店頭に並んでいる商品に身を隠している怪しい人物。
不審人物を見る様な周りの視線など全く気にならないほどに、祀莉は2人の観察に集中してた。
そんな祀莉に忍び寄る小さな影が——
スカートがギュッと掴まれる感触。
(え……!?)
驚いて下を向くと、大きな目に涙をいっぱいためた男の子が祀莉を見上げていた。
「お姉ちゃぁん……」
「はい……?」
(えーっと……誰ですか?)
知らない子だった。
保育園の制服を着て、黄色い帽子を被っている男の子。
その子は祀莉の顔を見た瞬間、ためていた涙をボロボロとこぼして泣き出した。
祀莉のことを“お姉ちゃん”と間違えたようだ。
「ふぇえ〜〜ん」
「えっと……あのっ」
目の前で弱々しく涙を流しはじめた男の子に慌てる。
辺りを見回したが、保護者らしき人物は見当たらない。
(どど、どうしましょう……っ!)
オロオロしていてもどうにもならない。
ここは自分が落ち着いてなんとかしなくては。
男の子の身長に合わせて膝を折り、優しく頭をなでる。
名前くらい言えるだろうか……?
「お名前、言えますか?」
「……樹」
「お父さまか、お母さまは?」
ぐしゃぐしゃになった顔を手で拭いながら首を横に振る。
(迷子……ですよね?)
一緒に来ていた家族とはぐれてしまって、今はとても心細いだろう。
迷子センターに連れて行くのが良いのだろうけど……。
ちら、と要たちがいる方へ視線を向けた。
(……あぁ! 要と鈴原さんがいませんっ!)
2人が立っていた場所には誰もいなかった。
目を離した隙にどこかへ移動したらしい。
今なら探せば見つかるかもしれないが、樹を放ってはおけない。
——よし。
「では樹君、お姉ちゃんと一緒に迷子センターに行きましょうか?」
にこりと笑って男の子に手を差し出す。
樹は俯きながらもその手を握り返した。
***
「あの、すみません。迷子なのですが……」
祀莉は樹を連れて迷子センターへと行った。
涙に濡れた男の子を見て、店員はすぐさま対応してアナウンスを流してくれた。
樹の名前と年齢、服の特徴がモール内に響き渡る。
「すぐにお迎がきてくれますよ。それまで、ここで待っててね」
店員の言葉を聞いてもう大丈夫だと分かった樹は、こくんと頷いて、大人しく椅子に座って迎えを待った。
それでも不安なのだろう、強い力でギュッと祀莉の手を握っていた。
(そういえば、わたくしも要とはぐれたんでしたっけ? もし、ここで要を呼んだら——ふふっ)
笑いがこみ上げてくるのを抑える。
だめだ。
迷子の呼び出しだなんて、そんなことをしたら絶対に後が恐い。
それに、今は桜の誤解を解くのに必死だろう。
自分のことは気にせずイチャイチャしていれば良い。
あのまま見ておきたかったけど、2人の姿を見失ってしまった。
とても残念だ。
それに、めそめそと涙を流している樹を放っておくわけにはいかなかった。
(う〜ん、それでも2人が何をしているのか気になります……)
迎えが来たらダッシュで戻って周辺を探しに行こう。
そして、待つこと数分。
迷子センターの扉がノックされて、人が入ってくる気配。
「樹君、お姉さんが迎えに来てくれましたよー」
店員の声に反応して樹は祀莉のから離れて、呼ばれた方へと走っていった。
ギュッと握られていた温もりがなくなって、少し寂しく感じた。
「樹っ!!」
「お姉ちゃん!」
「もう、どこに行ってたの! 心配したんだよ!」
「ご……ごめんなさ〜い」
ようやく“お姉ちゃん”に会えて安心したのか、樹は声をあげて泣きはじめた。
祀莉といた時よりも大きな声。
やはりすごく不安だったんだろう。
無事に保護者に会えて良かったと、胸を撫で下ろした。
(さて、わたくしは要と鈴原さんを探しに……——んん? あれ? あれあれ?)
挨拶だけして去ろうと思ったが、見覚えのある制服。髪型。声。
もしかして——
樹を迎えにきた女の子は顔を上げた。
「あの、ありがとうございます……——あれ? 西園寺さん?」
(なんで……鈴原さんが?)
要と一緒にるはずの桜がなぜここにいるのだろう?
祀莉と目が合い数秒固まった桜は、はっとしてポケットから携帯電話を取り出した。
「ちょっと、すみませんっ!」
断りを入れて、耳に携帯を当てる。
樹を片手で抱きかかえつつ、どこかに電話しているようだ。
ご両親に見つけたことを報告するのだろう。
きっとすごく心配しているだろうから、早くそうしてあげるのが良い。
しかし、桜の言葉は予想とは異なる内容だった。
「もしもし、鈴原です! 今、迷子センターに来たんですけど、その……西園寺さんを見つけました!」
「……はい?」
(わたくしを見つけた……?)




