27 デートって……デートですかっ!?
雨に濡れながら進む車の中、祀莉は要を振り切れなかったことに落ち込んでいた。
今日は早く家に帰って出かけたかった。
そのために、ちゃんと自分の家の車に迎えにきてくれるように言っておいたのだ。
あとは要を振り切って家に帰れば良かったのだが、どうにも予定通りには進みそうにない。
(はぁ……。折り畳み傘も忘れてしまいましたし……)
隣に座る要に気づかれない程度に小さくため息をつく。
入れたと思っていた傘を忘れてしまったことも大誤算。
要に見破られなくてもこの時点で祀莉の計画はダメになっていた。
(週末までお預けですね……)
無意識に手が耳元を撫でる。
教室でそっと囁かれた要の声がまだ耳に残っている。
それを思い出して、僅かに頬が赤くなる。
「―—今日、漫画の発売日だったか?」
(あぁ、もう。なんで知ってるんですかーー!)
まさにその通り。
今日は祀莉が待ちに待っていた漫画の発売日。
週末まで我慢できなくて今日買いにいこうと決心して、昨日から色々と計画を練っていた。
うまくいくようにと願っていたが、この状況ではどう考えても無理そうだ。
高校へ入学後、初のお迎えに運転手は嬉しそうにしていた。
「それでは、先に要様のご自宅に向かいますね?」
授業が終わってすぐに家に帰れば、門限までに家に帰れると思っていたのに……。
(要の家に寄っていたら、時間がなくなります……)
機嫌の良い運転手とは逆に、祀莉はムスッとした顔になっていた。
「いや、いい。すまないけど、ショッピングモールに行ってくれないか?」
「は?」
「え?」
祀莉と運転手の声が重なった。
(要は今、なんて言いました?)
車で直接ショッピングモールへ?
それはなんて魅力的な提案だろうか。
家に帰ってから歩いて行くよりも全然、時間に余裕がある。
祀莉の瞳に輝きが宿った。
しかし、鏡越しに見える運転手は困った顔をしていた。
「でも、一度ご自宅に戻られては……?」
「祀莉が放課後に制服デートをしたいらしいんだ」
(えぇ……!?)
とんでもないことをさらっと言ってのけた要を仰ぎ見る。
一体どんな顔をしていっているのだと思ったが、いつも通りすました顔で前を向いていた。
(デートって……デートですかっ!? しかも制服デート!)
「そうですか。かしこまりました」
運転手はあっさり納得して、目的地をショッピングモールに変更した。
本当に西園寺家の人間は、要が一緒だとなんでも了承する。
一人で行くとか、行き先を言わなかったら頑に反対するくせに。
今日だって、いつもは北条家の車で送ってもらうくせに、どうして自分の家の車を用意させるのか、何度も理由を聞かれた。
買い物に行きたいなどと言ったら渋い顔をされるに決まっているから、「とにかく早く帰りたいだけ」とだけと言っておいた。
「祀莉様もそう言ってくだされば……今更、照れなくても良いんですよ?」
バックミラー越しの運転手は微笑ましい顔で2人を見ていた。
(だから違うんですってばーー!!)
***
雨のせいで思ったより車の到着が遅くなった。
道が混雑していて駐車場に入るまでが長かったのだ。
せっかく直接来れたのに、これではすぐに帰らなくてはならない。
買うものリストを頭の中に思い浮かべた。
いつものように、考えごとに夢中の祀莉を要が手を引いて車から降ろした。
「祀莉お嬢様、ご夕飯はどう致しましょうか?」
「はい?」
(“どう致しましょうか”って、どういう意味でしょうか……)
車内から窓越しに質問する運転手に「?」と首を傾げた。
質問の意味がいまいち理解できていない祀莉の代わりに、要が答える。
「食べて帰るから必要ない」
(……え?)
「かしこまりました。お迎えに上がりますのでまたご連絡下さい。要様とご一緒ですから大丈夫だとは思いますが、あまり遅くなりませんよう——」
走り去っていく車を目で追いながら、運転手の言葉の意味を考えていた。
「要、今のは……」
「夕食を食べて帰るから、門限は良いってことだ」
(と、いうことは……)
——門限を気にせず買い物ができる!
力の限り跳び上がりたい気分だった。
祀莉の頭の中には大量の花吹雪が舞っている。
今にも踊り出しそうな祀莉には要が問いかける。
「で? どこに行くんだ? 本屋か?」
「時間に余裕ができたので、色々見て回りたいです!」
「そ。じゃ、行くか」
「はい!」
買うつもりはないけれど、どんなものが売っているのか見て回りたいと思っていた。
門限の中では本屋に言った後2、3店舗見るのがやっとだった。
今日は門限を気にすることはないと調子に乗って、ついあっちへこっちへと歩き回った。
たくさんのショップをぐるぐると見回り、今は一度覗いてみたかったファンシーなグッズのお店にいる。
(やっぱり、くまさんが可愛いですね。……あ、これ……)
手に持ったぬいぐるみの目つきがどことなく要に似ている。
本人と見比べてやろうと後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。
(あれ? 要がいません……)
いつの間にやら、はぐれてしまったようだ。
どこに行こうが必ず後ろにいるというのに、珍しい……。
周囲を見回しても、要らしき人物は見当たらない。
背が高いから人に埋もれていても、よく探せば見つかる。
それこそ女の子に囲まれていてくれたら、すぐに分かるのだが、それらしき集団もない。
(どうして、はぐれてしまったのでしょう……)
―—ちょっと手洗いに行って来るからここにいろよ?
(……あ)
思い出した。
そして「はい」と生返事をしたような気がする。
そこから自分の世界に入ってしまい、ふらふらと歩き回ってしまったのだ。
これはやばい。
とりあえず、待っていろといわれた場所に戻ろう。
自分の現在地をマップで確認すると、思ったより遠くに来てしまっていた。
イヤな汗をかきつつ、急いでその場を移動した。
(怒っているでしょうか……)
もし怒っていたら、自分もお手洗いに行ってましたと言えばなんとかなる!
恐る恐る店の角からそっと覗き込む。
(いました! ん……? あれは…………鈴原さん!?)
思いがけず、要と桜のツーショットを目撃してしまった。




