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26 6月のある日の放課後

 6月のある日の放課後。

 降り止まない雨にため息をつきながら、諒華は窓を叩く雨粒を睨みつけていた。


 暖かくなってきたからと、夏服に替えた途端これだ。

 紺のラインが入った半袖からすらりと伸びる腕に、冷たい空気を感じた。




 後ろの席では彼女の友人である西園寺祀莉が機嫌良く帰宅の準備をしていた。

 小さく軽快に奏でられる鼻歌はとても楽しそうだった。


(何か良いことがあるのかねぇ……)



 といっても、部活動をしていない祀莉が放課後に行くのは四方館くらい。

 特別に建てられたその施設を利用できるのは創始者の親族のみ。

 たとえ教師だとしても、軽々しく踏み入れることができない。(親族の場合は可能)


 ちょっと気になって、普段は四方館で何をしているのかと聞いてみたら、「読書をしてます」と答えが返ってきた。


 そういえば、祀莉はよく本を持ってきている。

 最近は教室では読んでいないけど、いつも鞄に入っているのは知っている。

 読書なら家でも良いんじゃないの?と言ったら、「四方館の方がゆっくりと落ち着けるんです……」だそうだ。





 祀莉が毎日通っている四方館。

 話では良く聞くが、実際どんなところなんだろう?と思うことがあった。

 一度、招待してほしいと言うと、挙動不審になり「えっと、あの……その……」と視線を泳がせた。


 もしかして、イヤだった?

 要との時間を邪魔されたくないのかと思って、「やっぱり良いよ」と遠慮すると——



「ち、違うんです! できれば前日……いえ、前々日には知らせて下さい!」


 ……とのことだった。

 本人曰く、色々散らかっているらしい。



(男子の部屋じゃあるまいし……。なーんか怪しいけど、そういう事にしておいてあげよう)



 実際連れて行ってもらったが、教室の後ろの娯楽スペースと変わりはなかった。

 ソファとテレビとパソコン。

 綺麗に片付いていていたのは前日に掃除したからだろう。


 大きな本棚に並ぶ規則性のない辞書や図鑑が気になったが、出された美味しそうなお菓子で、そんなことはどうでも良くなった。



 また来ても良いかと聞いたら、嬉しそうに「はい! ぜひっ」と言ってくれた。

 確かにここは居心地が良さそうだ。

 快く迎えてくれるみたいなので、また遊びに来ようと思った。


 少し離れた場所で要が複雑な顔をしていたのは見なかったことにして。






 その要が鞄と傘を持って祀莉の席に来た。


(旦那様のお迎えだ……)



「行くぞ」

「あ、要。申し訳ありません。わたくし、今日は先に帰らせていただきます」

「は?」


 学園中の女子生徒から人気を集める王子様的存在の要が、わざわざ席まで迎えにきているというのに、祀莉はあっさりと断った。

 こんなことができるのは祀莉だけである。



「じゃあ、俺も一緒に帰る」

「え? でも要は四方館が好きなんでしょう?」

「…………」



(そんなわけないでしょう。北条君はあんたといたいから、一緒に四方館に行ってるんでしょうが!)


 この娘は時々、的外れな解釈をする。

 聞いているこっちがつっこみたくなるほどに。



「今日はちゃんと自分の車を呼んでますので、大丈夫です」


 そう言ってふわりと笑う顔は、天使のようだ。

 西洋人形と日本人形の良いとこ取りの容姿は、つい女子でも見惚れてしまうくらい可愛らしい。

 あまりにも可愛くて思わず抱きしめたことがあった。


 当然、無言で要に睨まれていた。

 が、肝の据わっている諒華はその視線を無視して、さらにギュッと抱き込んで反応を楽しんでいたのであった。




(それにしてもこの子、今日は嬉しそうに笑うなぁ……)


 とろけるように、うっとりと微笑んでいる。

 今にも踊り出しそうだ。


 断られてむっとしていた要は、“あぁ、そうか……”と呟いて祀莉の耳元にそっと顔を寄せた。


「……、……たか?」

「——っ!?」



 要が呟いて数秒、祀莉の目は大きく見開き、頬が見る見る赤く染まっていく。


「な、なな、なんでそれを……!?」

「ふん、お前のことは分かっている。俺も行くから」

「え……、ちょっ!」



 祀莉は今から行きたいところがあるらしい。

 それで早く帰りたくて四方館への誘いを断ったのだ。

 要はそれをすぐに見抜いたようだ。


 さすが、祀莉のことならよく知っている。



 祀莉は秘密にしておきたかったんだろうか。

 見破られてあたふたしている。

 その様子を見て要は優しく目を細めた。


(北条君も表情を出すようになったなぁ……)




 ぶすっとしているイメージしかなかったのに、今では時々ほんの一瞬だが表情が緩む時がある。

 この間も、その一瞬を見てしまった女子生徒がノックアウトされていた。


 以前では考えられないほど紳士的な振る舞いをする要は、机の上の祀莉の鞄を自分の鞄と一緒に持ち、反対側の手で祀莉の手を引いて席を立たせた。


 連れて行かれる祀莉に「バイバイ」と手を振ると、「失礼しますね」と手を振り返してくれた。





 要に鞄を持たせられるのも祀莉くらいだ。


 朝が弱い祀莉は、よく寝ぼけたまま要に手を引かれて教室に入ってくる。

 席についてしばらくしてから、「鞄を忘れました!」と騒ぐこと週に1、2回。(ちゃんと要が持っている)

 至る所に鞄を置き忘れては要を走り回らせるという猛者。

 とある朝には靴を履き替えさせるという、他の人間には絶対真似できないことまで要にさせていた。



 祀莉のぼけっぷりは、この二ヶ月一緒に過ごして大いに理解した。

 これは放っておけない。

 要がいない時は自分がしっかり見張っておこうと諒華は決意した。





 要に引っ張られるまま、祀莉はたどたどしい足付きで教室から出ていった。

 数秒後、教室は一斉にざわついた。



「今の見ました?」

「えぇ、祀莉様ったら顔を赤くして……」

「いいなぁー……」


 2人のやりとりをうっとりと見ていた女子生徒たちは「羨ましい……」とため息をついて、「わたくしもいつか……」と胸の前で手を組んでいた。



 一方男子生徒は、未だに慣れない要の行動にぽかんとしていた。

 中学の時の、女を寄せ付けもしない冷たい態度と氷の視線はどうした。

 なんだ、さっきの甘い雰囲気は。

 そういいたくなるほどに、彼の態度は中等部とはがらりと変わった。


「今日も見せつけてくれたな……北条夫妻」

「あぁ、俺たちなんていないかのようだったな……北条夫妻」


 もうすでに一部のクラスメイトたちからは夫婦呼ばわりされていた。





***





 彼らとは別の反応をする人間が2人。

 鞄に教科書とノートをつめる桜と、面白そうに2人を見ていた貴矢。



「いやぁ、やるねぇ……要のやつ。女子はああいうのが憧れなのか?」

「……さぁ」


 隣の席だからか、よく桜に話しかけてくる。

 要とは違うタイプのイケメン——秋堂貴矢。


 顔は良いが、態度、性格が気に食わない。

 桜が教室で昼食をとろうとする時に限って、女子生徒を連れ込み、見せつけるようにして侍らせている。


 きゃっきゃっと耳障りな声がうるさい。

 ゆっくり予習をしたい桜にとっては迷惑なこと、この上なかった。



 ——あまり、この人と関わりたくない。


 視線を合わせることなく、貴矢の質問に適当に返事をして桜は席を立った。



「お前、いつもすぐ帰るよな。たまには俺と——」

「用事があるから」

「……あっそ」


 あんたの相手なんかしてられない。

 貴矢の誘いを一蹴して桜は教室を後にした。






 帰宅する生徒たちが集まる昇降口はにぎやかだった。


 靴を履き替えようと下駄箱に近づくと、先に教室を出ていった要と祀莉が玄関口にいた。

 要が持って支えている鞄に手を入れて、ガサゴソと何かを探している様子の祀莉。

 見つからなかったのか、しょぼんと肩を落としていた。



「折りたたみ傘を忘れました。入れたと思ったんですけど……」

「じゃあ、俺のに入れ。駐車場(むこう)までなら、そこまで濡れないだろう」

「え? でも……」

「いいから——」

「ひゃあっ……!?」


 要の申し出に戸惑っていた祀莉は、無理矢理傘の中に引きずり込まれる。

 大きめの傘を持った要に肩を抱かれて、雨の中を歩き出した。




 この2人はここでも注目の的であった。

 同級生から先輩まで、彼らの視線は雨の中に消えていく祀莉たちの後ろ姿に注がれていた。


 桜も上靴を持ったまま、じっと2人を見つめていた。

 ひとつの疑問を頭に浮かべながら。


(おかしい……どうして()祀莉(・・)にべったりなんだろう……——)

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