表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/111

25 ちょっとした出来心で

「なに……してるんだ?」



 リビングルームの入り口で(かなめ)は怪訝な顔をして立っていた。

 放課後の四方館で起こった思わぬハプニング。

 まるで、祀莉(まつり)が桜に服にジュースをかけられたような、そんな場面でのご登場である。


 ——まずい。非常にまずい。

 この状況は桜への好感度を下げてしまう。



「違うんです、要! これはわたくしが勝手に転んで——」

「そんなのは分かってる! だからジュースを飲むときは缶にそのままストローをさせって言ってるだろうが!」


(そ、そういえば……!)


 色々とパニックになっていたから、そんなことはすっぽりと頭から抜けていた。



 要は「まったく……」と言って、点々と散らばっている水滴を避けながら近づき、祀莉のお腹の上に転がっていたコップを拾い上げる。



「コップは割れてないな? とりあえず拭くものだ。鈴原、あっちにタオルがあるから持ってきてくれ」

「は、はいっ!」


 桜は指示された場所へ急いで向かった。


 顔と髪にはかかっていないものの、胸のあたりからお腹にかけてまでびっしょりと濡れていた。

 今日が金曜日で良かった。

 休み中に制服をクリーニングに出せる。


 数枚のタオルを手にした桜が戻ってきた。



「西園寺さん! 前! 前! 制服が透けちゃってますからーーっ!」

「え? きゃあっ!」


 白い制服から薄く下着が透けて見えていた。

 ここには桜と要しかいないが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 祀莉は胸元を両手で隠し、要に背を向けた。



「まったく……風邪をひく前に着替えろ。ジャージはどうした?」

「……今日は体育がなかったので持ってきていません」

「…………。鈴原、お前のは?」

「すみません、私もないです……」


 要は小さくため息をついて立ち上がった。



「ちょっと、待ってろ」





***





 数分後、息を切らせて要は戻ってきた。



「——今日はこれを着てろ」


 そう言われて渡されたのは要のジャージ。

 この学園の制服はワンピース仕立てなので、着替えるなら全部脱がなくてはならない。

 だからといって、男子のジャージ……。

 ―—ジュースまみれになった制服のままでいるよりかはマシか。


「ありがとうございます」



 お礼を言って紺色のジャージを受け取った。


 別室で制服を脱いで要のジャージに着替える。

 背の高さはもちろん、腕と足の長さも段違いである。

 折っても捲っても、ずるずると落ちてきて手足を隠してしまう。



 全くサイズの合っていないジャージに着替えて戻ると、要と桜は床に零れたジュースを拭いていた。


「すみません……鈴原さん」

「いえ、気にしないで下さい」

「要も……」

「……いつものことだろ」



 自分も手伝おうとしたが、頼むから何もしないでくれと要に釘を刺された。

 ソファに座って2人が作業を終えるのを待つしかなかった。


(あれ? 2人で床を掃除……これって2人の距離を近づけるチャンス……!)



 要と桜は黙々と床と掃除しているのだが、祀莉にはそういう風に見えるのであった。





 数分後、べたべたしていた床は綺麗になった。


 時計を見てもう帰らなくちゃと言う桜の言葉で、祀莉たちも同じ時間に下校することにした。

 それに汚れた制服をどうにかしなくてはならない。



 祀莉を真ん中に、3人並んで校門に向かって歩く。

 要のジャージを着ている祀莉はいつも以上に注目を集めていた。



(うぅ……恥ずかしい)


「でも、あの制服だともっと恥ずかしかったと思いますよ」


 桜の言うことも一理ある。

 ジュースまみれの制服よりも、まだこっちの方がマシだ。



「持って帰るのを忘れて助かった。昨日、使ってそのままだから汗臭いかもしれないけど、我慢しろよな」

「……」



 ちょっとした出来心で、指先しか出ていない袖を口元に寄せて匂いを嗅いでみた。

 特に汗臭いとは思わない。

 微かに柔軟剤のいい香りがする。


(それと、これは——)



「要のにおい……?」


 首を傾げて独り言のように呟いた。



「な……っ!?」

「か、かわ……!」


 祀莉の言葉と愛らしい仕草に、要と桜はそれぞれ心の中で悶えた。







「あ、そうです! 要、今日は鈴原さんを送っていってあげてはいかがですか?」


 “今日は”ではなくて“今日から”と、本当は言いたかった。

 そして迎えにも行ってあげれば良い、月曜日から。

 しかし桜はその申し出をあっさり断った。



「あ、大丈夫です! 家はすぐそこなんで!」

「え? でも……遠慮しなくても」

「本当です。近いからこの学園を受けたんですよ。じゃ、また月曜日!」

「…………」


(近いからで受かるものではないですよね、この学園……)



 あのヒロイン、頭の方はかなりチートらしい。流石ヒロイン。

 笑顔でサラッととんでもないことを言う。

 あまりの衝撃に引き止め損ねてしまった。


 夕日の中、小さくなっていく背中を静かに見送った。




 それにしてもさっきから要の様子がおかしい。

 祀莉と目が合ったと思えば瞬時に逸らし、桜が走って行った方向をじっと見つめている。


(やっぱり一緒に帰りたかったんですね……)



 今日は要のためにと思って色々頑張ってみたけど、どれ一つとして成功しなかった。


「要、すみません……」

「だから、別に良いって。ほら帰るぞ」



 差し出された手を無意識にとって、ゆっくりと歩き出した。



***





 西園寺邸にて。

 祀莉がジャージで帰ってきたことに使用人たちは驚いていたが、要の説明で全員納得した。



 ——またですか……。まぁ、そんなことだろうと思いました。


 という言葉が表情ににじみ出ている。

 才雅(さいが)には「またぁ?」と笑われてしまった。

 それほどまでに祀莉のドジっぷりは、日常的なものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のヒロイン力が強すぎて悶えるしかないですね。ありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ