21 観察するのに必死だったんです
テストまであと約1週間。
放課後、四方館にて祀莉のテスト勉強は行われることとなった。
要に教わることに少なからず抵抗がある祀莉は、彼の申し出は断って家庭教師を用意してもらおうと企んでいた。
彼の指導内容がスパルタなのは目に見えている。
特にいい点数をとろうとは思っていない——ただ、赤点を免れれば良い。
要に頼らずとも、家庭教師にじっくり教えてもらえれば一週間でなんとかなるはず。
(それに、わたくしに構っていたらヒロインとの時間が……)
ホームルームが終わってすぐに逃げ出そうとした。
が、要はそれを見逃さなかった。
教室の扉に辿り着く前に掴まってしまった。
そのままずるずると強引に腕を引かれるままに、四方館につれてこられてしまったのだ。
「あの……要、本気ですか?」
足の短いテーブルの前にぺたんと座りながら問いかけた。
「当然だろう? で、どこが分からないんだ?」
「……ほとんどです」
「…………」
「だっ、だって……」
——要と鈴原さんを観察するのに必死だったんですから!
なんて言い訳ができるはずがない。
怒られると思って身構えていたら、要から意外な言葉が出た。
「ま、お前が通っていた中学とはレベルが違うからな。仕方がねぇよ」
(え……?)
勝手に勘違いしてくれたこともだが、怒らずに慰めるようなことを言ったことに驚いた。
絶対、怒鳴られると思っていたのに。
——……あれ?
(そういえば、今まで要がわたくしに怒鳴ったことなんてあったでしょうか?)
無愛想な顔立ちが原因なのか、常にイライラしているような印象はある。
静かに怒りを見せたり嫌味を言ったりするが、大きな声で怒鳴られたことはなかった。
あることにはあるが、怒り狂って怒鳴りつけるほどではない。
小学校の時に何度か見たことはあったが、それは他のクラスメイトに対してのものだったと思う。
彼がら何か気に障るようなことをして怒らせたと思うが、それにしても要の顔は恐かった。
静かに怒る要も怖いが、鬼のように怒る要も相当なものだった。
(あれ……でも、一度だけあったような……)
怒りをあらわにして自分を見下ろす要の顔がふいに脳裏をよぎった。
彼は大きな声で祀莉を怒鳴りつけていた。
(いつのことでしたっけ……?)
小学校に入ってしばらくしてからのことだったと思うが、何せ忘れたい記憶だ。
詳細が全く思い出せない。
——なんてことを考えていたら、目の前に教科書と参考書が積み上げられていた。
その本の上にバンッと手を乗せて上から見下ろす要。
「おい、ぼーっとしている時間はないぞ。良いから頭に叩き込め。全部」
(ひぃぃいい……っ!!)
祀莉は別に勉強が苦手ではない。
真面目に授業を聞いていなかっただけだ。
教えてもらい、ちゃんと理解していれば次々と解いていける。
ただ問題は……
「漢字、間違っているぞ」
「どうしてこうなる。問題を最後まで読め!」
「計算式が途中でおかしくなってるぞ!」
「英単語のつづりが違う!!」
ケアレスミスが多いことだった。
採点する要は、あまりにも残念な解答用紙を見てため息をつきたくなった。
「……おい、今まで解答欄がずれていたことは」
「多々あります……」
「……」
後で解こうと思って飛ばした問題の解答欄に次の解答を書き込み、どんどんずれていき最後になって気づくという。
そして、気づいた頃には時間オーバー。
書き直すこともできずに回収されていく解答用紙を見つめるしかできなかった。
それは何度も経験した。
特にマークシートのテストでは2つ、3つずれて、どこからずれているのか分からないというドジっぷりを発揮した。
―—またやりかねない。
先生によってはおまけしてくれるが、容赦なくペケが並んだ時の絶望感……。
そのことを思い出してしょんぼりする祀莉。
「とにかく落ち着いて、最後まで問題を読め。解答欄はちゃんと確認してから書き込め。分かったな?」
「……はい」
明日からテストが始まる。
この1週間、容赦なく試験範囲の内容を叩き込まれた。
自分の勉強もあるというのに、放課後の遅い時間までよくつき合ってくれたものだ。
疲れて車の中で寝てしまった祀莉に、何も言わずに肩を貸してくれたりもしていた。
(赤点なんて採ろうものなら、それはそれは大きいカミナリが落ちるでしょう……)
別のプレッシャーを感じながら、祀莉はテストに挑むのであった。