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20 忘れていました

 昼休み。

 今日も今日とて仲良く(?)昼食である。

 しかし、いつもと違う点が1つ。


 教室が騒々しい。

 女子特有のあの甲高い声が耳に届く。

 声の出所に視線を向けると、女子生徒数人に囲まれて昼食を楽しんでいる貴矢の姿があった。


(なんですか、あれは……)




 自分の席とは言え、よくもまあAクラスの教室に連れ込めたものだ。


 そういうことをまったく気にした様子がない貴矢は、可愛らしい女の子においしそうなお弁当を順番に食べさせてもらっていた。

 世に言う“あーん”ってやつだ。

 なんとも良いご身分だ。



「まぁた、ハーレムを築いてるのね、あの男。北条君も行ってきたら? 可愛い女の子に“あーん”してもらえるわよ」


 諒華の軽い冗談に、馬鹿馬鹿しい……と言葉を返す要。


 そのとおりだ。

 たくさん女の子より好いている女の子の方が良いに決まっている。

 その女の子―—桜は今日は教室で昼食をとるらしい。


 隣の席で女子生徒を侍らせている貴矢を見て顔を歪めていた。

 彼の築くハーレムにドン引きしている。

 見るからに貴矢の好感度が下がった。


(これはチャンスです!)



「要、鈴原さんを昼食に誘ってみてはいかがですか?」

「は?」

「だって、今日は教室でお1人のようですし……」

「……」


 桜を誘うのに乗り気ではない様子。

 いきなりは難しいだろうか。



「お隣の席で何度もお話ししているのでしょう? 気楽に声を掛けてみて下さい、ね?」


 強引に背中を押して桜のところへと促す。

 何かもの言いたげな表情を浮かべながら、要は桜の席を目指した。

 そのやりとりを見ていた諒華が呟く。


「……鈴原さんと仲良くなりたいなら、北条君に頼むんじゃなくて、自分で行けば良いのに」




 心の中で要にエールを送っている祀莉には、諒華の言葉は聞こえていなかった。






 今日こそは良い雰囲気の2人を観察できるだろうか。

 もう入学してから一ヶ月経つのだから、そろそろアタックしなくては。

 貴矢というライバルもいることだし、うかうかしてたら先越されるかもしれない。


 今だって油断させておいて、抜け駆けのタイミングを計っている可能性がある。

 あの眼鏡の奥に隠された瞳は、よく桜を見つめているのを祀莉は何度も目撃していた。


(彼の行動にも注意しなくては……)



 ハーレムの中で一番可愛い女の子に食べさせてもらっている貴矢をじっと見つめた。











「祀莉」


(へ……?)



 普段より低めな要の声。

 なぜだ、彼は桜のところに行ったはず。


 貴矢を見ていた視線を横へとずらして隣を見れは、桜は1人だった。



「要!? 鈴原さんはどうしたんですか?」

「断られた」


(断られたぁっ!?)



 どういうことだと内心慌てている祀莉の隣に、要は再びどかっと座った。

 よくよく見れば、要の弁当はここに置いたままだった。


(なんてまぬけな……! どうして持っていかなかったんですか!?)



 弁当を持って強引に自分の椅子を寄せて隣に座ってしまえば良かったのに。

 要は黙ったまま不機嫌そうに自分の食事に手をつけた。


(怒ってる!! 鈴原さんに断られたから!?)



 イライラした様子で黙々とお弁当の中身を口に運ぶ。

 ついには、祀莉のおかずにまで手を出してきた。



「あのっそ、それ……わたくしのなんですが……」

「良いだろ別に。代わりにこれをやる」

「え!? ちょ……むぐっ」


 攫われていくおかずを見て固まっていると、要のお弁当にだけ入っていたビーフステーキを口に押し付けられた。

 その光景は、周囲にはまるで、恋人がイチャついているように見えただろう。




「……北条君、祀莉が秋堂君を見てたからって、そんなにイライラしなくても……」


 諒華は呆れた顔をしていた。

 その声は口元のソースを拭いながら「おいしい……」と舌鼓を打っていた祀莉には、届いてはいなかった。






 気を取り直して昼食を再開した。

 要から自分の弁当を守るようにしながら、ご飯を口に運ぶ。



「どうして鈴原さんは断ったのでしょう……」


 せっかくの要が誘ってくれたというのに、なんて贅沢な子だ。


「ひとりで試験勉強をしたいんだとさ」

「なるほど……」


 祀莉の問いに要が答え、諒華が納得してた。


 …………今なんと?



「そっか、もうそんな時期か。祀莉はテストなんて全然大丈夫だよねぇ。……祀莉?」


 諒華の問いかけに、要も祀莉に視線を向ける。



 “テスト”という言葉を聞いた祀莉は完全に固まっていた。


(テスト……忘れていました。どうしましょう……!!)





 祀莉はテストで良い点数を滅多にとれない。


 のほほんとしていたお嬢様学校に通っていたが、けっして頭は悪くない……が良くもない。

 まぁ、普通である。……大目に見て。


 しかし、必ずと言って良いほどテストでケアレスミスをしてしまう。

 そのおかげでどんどん点数を引かれていくのだ。


 一度、テスト範囲を間違えるという大失態をやらかしてしまった時は、1日中落ち込んでいた。

 それ以来、テストというものが怖くなった。

 解答は合っているのに緊張で手が震えて、字が読めないという理由で点数をもらえなかったこともあった。

 あと、引っかけ問題は大の苦手である。




 そしてこの学園の高等部に入学してからは、桜と要を観察するのに忙しくて、授業にぜんぜん集中していなかった。

 なんとなくノートはとっているが、内容はチンプンカンプンだ。



「どうしましょう……わたくし……っ」

「テスト対策してないの? もう来週に迫ってるよ?」

「諒華! わたくしに勉強を教えて下さい!」

「え……っ! ごめん、私も自分のことで手一杯……」


 むしろ頭の良さそうな祀莉に頼ろうとしていたようだったが、残念ながら祀莉の方が悲惨な状態だった。

 このままでは赤点だらけになってしまう。


(お父さまに頼んで家庭教師を……)



 今回のテストを乗り切るには、そうするしかない。

 帰ったらさっそく——





「——分かった。祀莉の勉強は俺がみる」

「……はい?」


 口を開いたのは要だった。

 すでに食事を終え、弁当箱は綺麗にたたまれていた。


「え……あの……」

「今日から1週間かけてお前の面倒を見てやるから、——覚悟しておけ」

「えぇっ!?」



 にやりと黒い笑みを浮かべている。

 いったいどんなスパルタが待っているのか。


 恐怖のあまりデザートの苺を落としてしまった。

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