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19 断る前に注文が……!

 朝、教室に入った時。


 授業中。


 休み時間。


 昼休み。



 ―—そして、下校する時。






「…………」


 祀莉まつりはずっと後ろから眺めていたが、(かなめ)は桜に話しかけようとしない。

 隣を見ようともしない。

 挨拶をしているところすらも見たことがない。


(挨拶くらいしたらどうなんですか……!?)




 貴矢(たかや)は軽い調子で桜に話しかけているというのに。

 ……適当にあしらわれている感はあるが。





 要は祀莉といる時以外は男子―—特に貴矢と行動していることが多い。


(ライバル同士のくせに、本当、仲が良いんですね……)


 昼食だって祀莉と一緒にいる。

 ヒロインを誘えば良いものを、なぜこんなにも慎重になっているのか。

 今日も諒華(りょうか)と向かい合わせで食べようとしていたら、当たり前のように要は祀莉の隣に座った。

 ゆったりと6人は座れるスペースはある。

 なのにどうしてか、わざわざ祀莉の隣に座りにくるのだ。




 つい最近、Aクラスの生徒たちに与えられた教室の後ろ半分のフリースペースに、豪華なテーブルセットが追加された。


 学園のメニューよりも自分の好きな物が詰まったお弁当が良いという諒華が、教室で食べるために持ち込んだものだった。

 食堂まで行くのが面倒だと言い出してわざわざテーブルセットを手配し、ここで食べようと提案してきたのだ。


 それに合わせて祀莉もお弁当を作ってもらうように頼んだ。

 今ではやる気に満ちたシェフのお弁当を持って登校している。





「ですから要たちは遠慮せず食堂ですませてくださいね」



 お弁当を持たない要と貴矢は食堂に行かないと昼食がない。

 祀莉と諒華がお弁当を並べて座っているのを見た要は黙って教室を出ていった。


「おーい、待てよっ。要」


 その後を貴矢が追う。

 それを見て諒華がぼそっと呟いた。



「北条君に悪いことしちゃったかな?」

「どうしてですか?」

「どうしてってそりゃ……一緒に食べたいでしょうに」

「……?」



(だから食堂へ行ったんじゃないんですか? 鈴原さんと一緒に食べるために)






「——で? 弟君がどうしたの?」

「あのですね。それが……」


 諒華と他愛もない話をしながらお弁当を食べる。

 今頃、要は桜と楽しくお昼だろう。

 食べ終わったらこっそり覗きにいこうかと考えた。

 ―—その時



 カタッと隣の椅子が引かれて人が座る気配。

 向かいに座っている諒華が顔を上げた。


「あれ? 北条君、おかえりー」


(へ……?)




 もぐもぐとおかずを頬張る祀莉の隣に要が腰掛けていた。

 手にしていたビニール袋にはパンが3つ。


「パン買ってきたんだ。秋堂君は?」

「さぁ……」


 そう言って、袋からパンを取り出して豪快に口に入れた。


(あの要が、昼食にパンを……)



 何とも珍しい図だ。

 今まで、手で掴んで口に入れるというところを見たことがなかったから、新鮮だった。




 それから要は昼休みになると、そそくさと教室を出て、数分後にパンを持って戻ってくるようになった。


 ストロー付きのジュースを飲みながらパンを頬張る。

 そんな要を見て、ついポロッと口にしてしまった。



「パンもおいしそうですね……」

「交換するか?」


 “それと”と祀莉のお弁当を指差す。



「い、いえ。けっこうです!」


 半分ほど食べてしまっている上、一度箸を付けてしまっている。

 そんなものを渡すわけにはいかない。

 何を考えているんだ、要は。



「……明日」

「はい?」

「明日、弁当を寄越せ。で、お前にパンを買ってやる」

「いえ……そこまでしていただかなくても……」

「俺が米を食べたい。良いな」


 なんとも俺様な口調。

 ―—だったら食堂に行けば良いじゃないですか。



 ……なんて言えない祀莉なのであった。





(まさか、お弁当が強奪される日が来ようとは……)


 パンもおいしそうだとは思ったが、自分の好きな物が入ったお弁当も捨てがたい。

 それに、要の口に合うのだろうか……。



「卵焼きは甘いのが良い。あと、唐揚げが食べたい。それとだな―—」



(断る前に注文が……!)


 あれやこれやと注文を付けていくうちに、要好みのお弁当になってしまった。


 何とも断れない空気に仕方なく祀莉は要の注文をシェフに伝えた。

 卵焼きの味付けは塩派の祀莉がそんなことを言うのは珍しい……と、シェフは疑問を抱いたが、他の注文を聞いてすぐにピンときた。



「要様がつままれるのですね?」

「え……はい」


(つまむどころではなく強奪ですが……)



「では、要様の分も作ってしまいましょう!」


 気が利くのか利かないのか、嬉しそうに彼はそう提案して、下ごしらえにとりかかった。。






 次の日、鞄と一緒に持たされたのは大きさの違う弁当箱2つ。

 もちろん、祀莉と要の分だ。


 色違いのお揃いチックな弁当箱とお箸を見て諒華は「夫婦みたいだね」とこれでもかと、祀莉をからかった。


(うわぁあっ、なんですか、この羞恥プレイ……!)



 桜が食堂に行っているのが唯一の救いである。

 こんなところを見られたら、誤解されるに違いない。

 祀莉にできることは、早く食べ終わってお弁当箱を巾着袋にしまうことだけだった。


 隣に座る要は諒華のからかいを無視して優雅におかずを口に運ぶ。

 さすが男の子。

 祀莉のより倍近い大きさの弁当をぺろりと完食した。

 最後にごちそうさま、と手を合わせる。


(こういうところは行儀が良いんですよね……)





 ―—うまかった。そうシェフに伝えておいてくれ。


(そりゃ、自分の好物ばかり詰まったお弁当ですからね)



 何も考えず、祀莉はそれをまたバカ正直に伝えてしまった。

 当然、喜んだシェフは次の日の朝もお弁当を2つ作って祀莉に渡した。


(まさか、毎日作るつもりでしょうか……?)



 そんな疑問を浮かべながら玄関先で渡されたお弁当を凝視していると、急に手から重みがなくなった。



「ほら、行くぞ」


 2人分のお弁当を手にした要が祀莉を呼ぶ。

 お弁当を人質(?)に取られてしまった。




(自分の家で頼めば良いのに……)


 要と一緒に登校することが当たり前になりつつある祀莉は、心の中で文句を言いながら車に乗り込んだ。

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