17 不覚にもドキッとしてしまった
桜と要のデートをウフフ……と覗き込んでいたが、儚くもそれはただの夢だった。
やばい、寝過ごした!と慌てて目を覚まして視界に入ってきたのは……不機嫌MAXの要だった。
「えっ、あれ!? 要……あの、今日のデートは……?」
「はぁ? だから迎えに来てやったんだろ? ほら、とっとと支度しろ。予約してあんだから、できるだけ早く、速やかに」
これまた偉そうに部屋の外に待機していた使用人に突き出された。
なぜこの家の人間ではない要の命令に従っているのだ。
っていうか、どうして要がここにいるのだろうか。
桜とのデートはどうしたんだ。
時間的に2人仲良く車でお店に向かっている頃だろう。
なのに要はここにいる。
と、いうことは……
(——今日になって断られたんですね!)
お店の予約をしてあると言っていた。
人気の店だ。
朝一番に並んでおかないとすぐには席に着けない。
席の1つなんて北条の名前を使えば、簡単に確保できる。
もしそれをキャンセルしても、ご子息の気まぐれだと店側も何も言わないと思うのだが。
(せっかく予約したのだから、仕方なくわたくしを誘いにきたのですね。もしかしたら、後日のデートのために予習しようとしているのでしょうか?)
などと考えているうちに祀莉は使用人によって可愛らしく着替えさせられた。
誰から見てもデート仕様である。
「要、準備できましたよ……って、何してるんですか。人のベッドで……」
要を呼びに自分の部屋へ戻る。
彼はつい先ほどまで祀莉が寝ていたベッドに横になっていた。
桜に断られたからといって、ここでへこむのはやめてほしい。
というか、誰も要を部屋から追い出さなかったのか。
祀莉を起こした時もそうだ。
仮にも女の子の部屋だというのに無断で入るなど……。
「わたくしの枕を抱いて寝ないでください。ほら、ちゃんと準備できましたよ」
腕の中から無理矢理枕を引き抜く。
眠りかけていたのか、目が半分しか開いていない。
祀莉に引っ張り起こされて要は気だるそうにベッドから降りた。
「予約は何時にしてあるんですか?」
「……午前中あたり、適当に行くと言ってある」
「なんてアバウトな……」
忙しい休日に迷惑な客だ……。
お店の人も困っているだろうに。
もしかしたら、朝一から待ち構えてるかもしれない。
次からはきっちり時間を指定した方が良いと言ったら、だったら寝坊をするなと言われた。
(どうしてわたくしのせいになるんですか……?)
要と一緒に階段を下りたところで、弟の才雅に遭遇した。
「なんだよ、姉さん。やっぱり要兄さんと出かけるんじゃないか」
2人並んでいる姿を見て、嬉しそうに笑った。
昨夜、祀莉が使用人に「明日、適当に出かけますので」と言っているのを目撃されたいた。
要と一緒に出かけるのか?としつこいので「誰でも良いでしょう」と誤摩化していた。
この家の人間には、一緒に出かける相手は要だけだと認識されてしまっている。
確かに祀莉が出かける相手と言えば要くらいしかいなかった。
……半ば無理矢理だが。
しかし、高校に入って一緒に出かけようと誘ってくれる友達もできた。
今度ケーキを食べに行こうと諒華と約束している。
そんなことはさておき、1人で出かけると言うと家の人たちに困った顔をされるので、誰かと一緒だということをにおわせておきたかったのだ。
結局は要と出かけることになってしまったのだが。
そうだ、と目の前にいる才雅に声を掛けた。
「せっかくだから、才雅も一緒に行きませんか?」
「はぁっ!?」
なぜか要が大きな声を出した。
近くにいた使用人もそれぞれの仕事の動作で固まったまま祀莉を見ていた。
誘われた才雅は引きつった顔をしている。
「いや、姉さん……俺は用事があるから。2人で楽しんできて……2人で」
——なぜ「2人」を強調する。
「せっかくのデートなんだから。ね、要兄さん」
「……そうだ。2人で行く」
なんでそこまで2人にこだわるのか……——デート?
(あ……っ!)
忘れていた。
これは桜とのデートの予行練習。
2人でないと意味がない。
「すみません。すっかり忘れていました……」
「いや、分かっているなら別に良い。ほら、行くぞ」
ほっとしたような笑顔を浮かべる才雅と使用人達に見送られ、祀莉たちは例のケーキ屋へと出発した。
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噂通りイチゴタルトの味は絶品だった。
予約席として確保していたテラス席でおすすめの紅茶と一緒に楽しんだ。
天気は良好。
思っていたより陽射しが強い。
日陰で少し風が吹いていて、ちょうど良い気温だった。
(絶好のデート日和だというのに、鈴原さんはどうして今日になって断ったのでしょう……)
「一緒に来れなくて残念でしたねぇ……」
「才雅は用事があるって言ってただろう?」
——いえ、そちらではなくて……。
祀莉は桜のことを話しているつもりだった。
今日になって断られたのだ。
わざわざ自分の心を抉るなような話をしたくないのだろう。
(相当ショックだったんですね……)
「ほら、ついてるぞ」
フォークを口に当てながらタルトを見つめている祀莉に、要が手を伸ばす。
その言葉を理解する前に、くいっと口元を指で拭われる。
その指にはカスタードクリームがついていた。
「え……あの……」
何をするのかと思いきや、指に付いたクリームをペロッと舐めた。
「……ふん、甘いな」
それだけ呟いてコーヒーに口を付けた。
(え……もしかして、わたくしの口元についていたクリームを舐めたっ!?)
今の自然な動きはなんだ。
不覚にもドキッとしてしまったではないか。
だから、だからこそ……
(それはわたくしにではなくて、鈴原さんにしてください……!)




