15 親友と呼べる存在
いまだに要は毎日、わざわざ祀莉を迎えに来る。
そして帰りも西園寺邸まで送り届ける。
(なぜ……?)
一緒に登校するのは、まだヒロインと出会っていない入学式の朝だけだと思っていた。
だというのに、どうしてこう毎日、律儀に我が家まで迎えにくるのか。
(鈴原さんを迎えに行ってあげれば良いのに……あの日だって——)
——入学式があった日。
生徒たちが下校する中、祀莉は自分の家の迎えを待っていた。
学園の送迎専用駐車場にはカフェのような施設があった。
サービスエリアほどの広さがあるこの施設は、迎えが来るまでここでゆっくりと待っていられるようにと、建てられたそうだ。
たとえ迎えだったとしても、学園に入るには特別な許可が必要だ。
だからこの施設は駐車場を利用する生徒や運転手にとって便利な場所だった。
ここでなら、運転手との待ち合わせも容易い。
早めに着き、生徒を待っている運転手はゆっくりとここで寛げる。
祀莉も1人静かに読書していた。
どうせ要は桜を送って帰るだろうから気にすることはないと思って。
(わたくしの家の迎えはまだでしょうか……?)
ちらっと外を見ると、北条家の車が入ってくるのが見えた。
そして、タイミング良く要の姿が現れた。
(…………あれ? どうして、要ひとりなんでしょう……?)
どんなに近かろうが、下校ルートが反対だろうが、家まで送っていくのがヒーローの務めだろう。
この場所からは見えないだけで、少し離れて後ろについてきているのかも。
目を凝らして桜の姿を探していると、要と目が合ってしまった。
しまった、と思ったがもう遅い。
早足で一直線に祀莉のところまできた。
「なんでこんなところにいるんだよ?」
投げかけた言葉は祀莉にだが、視線はその周囲を睨みつけていた。
広いカフェの中、席はたくさん空いてるにも関わらず、祀莉の周辺だけが異様に人口密度が高かった。
特に男子生徒が。
睨みつけられた男子生徒はそそくさと席を去るか、背を向けて小さくなって震えていた。
(またこの人は、周りの生徒を威嚇して……)
当然、祀莉は要の行動の意味を全く理解していない。
「なんでって……迎えの車を待っていたのですけれど」
「お前の家の迎えは朝に断っておいた」
(なんですって!? わたくしに徒歩で帰れと……!?)
なんて嫌がらせだ。
そりゃ、ヒロインとの間を邪魔しましたよ。
だからってこれはないでしょう。
学校から家までバスで帰れないこともないが、どのバスに乗れば自宅の近くまで行けるのか、学校の場所も曖昧な祀莉はまだ把握できていない。
もしかしたら電車の方が楽かもしれない。
——が、駅までの道も知らない。
もう1度迎えを呼ぼうにも、祀莉は携帯を持っていなかった。
そんな時、ピンっとひらめいた。
「タクシーがありましたっ!」
「そうだな。ほら、北条家のタクシーが来てるぞ」
「……はい?」
知らない間に手を引かれ、気づけば北条家の送迎車の前。
乗れ、と背中を押されて車内へ。
結局、祀莉はその車で家に送り届けられた。
まさか、同じ車で帰るとは思わなかったので、祀莉はずっとポカーンとしていた。
(いえ、これは今日だけです。明日からは1人で……)
そう思って翌日、家を出た祀莉の前には、前日と同じく北条家の車と要の姿。
わけも分からず突っ立っている祀莉は、また要に手を引かれるまま登校するのであった。
***
「おかしいです……」
「何が? あ、お菓子いる?」
スナック菓子をパクパクと口に運んでいた諒華が、手に持っていた袋を祀莉の方に差し出す。
「ありがとうございます……もぐ……要が……毎日家まで迎えにくるんです」
「……へ? 何言ってんの。そりゃそうでしょ、婚約者なんだから」
「婚約者……あっ」
そうだ。
まだ婚約者なのだ。
桜に恋した要は“婚約者”を疎んじて解消してほしいと親に頼むはず。
なのに2人はまだ“婚約者”だった。
「“あっ”って……忘れてたの?」
「いえ、そういうわけではなく……」
「はっは〜ん。当たり前のことで気にも止めてなかった?」
諒華は食べる手を止めず、菓子をどんどん口に含みながら、からかうように笑った。
「もぐ……お行儀が悪いでふよ」
「あんたもねー。あの西園寺家の令嬢が、1週間で私たちに染められたもんだねぇ。はは」
確かに。お坊ちゃまお嬢様が集う学校だから、それはそれは優雅な学生生活を満喫しているのかと思いきや……いや、ある意味優雅だ。
教室の後ろにあるソファでお茶したり、仮眠をとったり、寛ぎながら大画面でゲームをしたり……。
家では自由に振る舞えない生徒が、ここでは思いっきり羽を伸ばしている。
教室の隅に積み上げられた漫画が気になって仕方がない。
「思っていたよりこの学園での生活は楽しいです」
小学校と同じ、孤独な時間を過ごすものだと思っていた。
誰も自分に構ってくれない。
勇気を出して自分から近づいても、いつの間にか離れていくクラスメイトたちが怖かった。
仕方がないと諦めていた学園生活。
こんなにも楽しく過ごせるとは思わなかった。
「そう、良かった。親友の私のおかげだね〜」
「はい」
こうやって親友と呼べる存在を手に入れることができて、わたくしは幸せです。