その後のこと 3
拘束された手に力を入れる。
細い手首はがっちりと掴まれ、どう足掻いても振りほどけそうになかった。
「要、手が痛いです……!」
「ああ、悪い」
(悪いって……それだけですかっ!?)
ほんの少しだけ手の力が緩んだが、解放される気配はない。
足をばたつかせようにも体勢が悪い。
ソファーの外に投げ出されているので、動かしたところで何の抵抗にもならない。
その間も要の指は片手で器用に祀莉のボタンを外していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
胸元のボタンを外し終えた直後、何の躊躇いもなく人差し指と中指を胸の谷間に差し込んだ。
「俺とお前は両想い……つまりは恋人と改めて認識できたことだし……」
「え、あああ、あの……!」
要の指の動きに、体が硬直する。
(わたくし、まだ心の準備が……っ)
「今日からこの指輪を指につけてもらうから」
「…………はい?」
胸を這う指先の感触が消えていた。
ぎゅっと閉じた目を開けると要の指は胸の上に浮いており、そこには銀色のチェーンがひっかかっていた。
それは婚約指輪を首にかけて持ち歩くためのネックレス。
首からのびたチェーンの先には、ゆらゆらと指輪が揺れていた。
「……これどうやって外すんだ?」
祀莉の両手を拘束していた手を離し、要は指輪を留めているホルダーをいじりはじめた。
数秒ほど取り外し方を探り、カチッと音をたててチェーンから指輪を外した。
(え……、え……?)
ひとまず起き上がって状況を整理する。
要が祀莉を押し倒して胸のボタンを外したのは、制服の下の指輪を取り出すため。
ただ……それだけ。
「どうした……? もしかして、何か期待したのか?」
「な……っ!」
困惑と安堵の表情が入り交じる祀莉に、要は意味ありげに笑いながら問う。
開けっ放しの胸に視線を向けられ、かぁ……っと顔が熱くなった。
「要のバカ……っ!」
胸元を隠すために要に背を向ける。
からかわれたことが実に腹立たしい。
(ショッピングモールで怖い思いをしたうんぬんの気遣いはどこに行ったんですか!?)
ついさっきまであからさまな話題の避け方をしていたし、祀莉が訳を訊こうと迫ったときは困った顔をしていた。
だというのに、今は焦る祀莉を見て楽しそうに笑っている。
意地悪な笑みに心の中で文句を言いながら、外されたボタンに指をかけた。
……が、指が震えてなかなかうまくできない。
指も頭も混乱している。
うっかり1つずらして留めてしまって、慌てながら外す。
「おそい」
「ちょ……っ」
「じっとしてろ」
後ろから覆い被さるように要の手が伸びてきた。
もたもたしていた祀莉の手を払いのけて、3つのボタンを素早く留める。
しっかりとリボンも付けなおしてくれた。
(ここはお礼を言うべきなのでしょうか……。いえ!! 絶対違うと思います!)
「ほら、こっちむけ」
「……」
肩を掴まれて要の方へと体を向けさせられる。
むっとした表情で見上げると「はいはい。悪かったって」と言葉だけの謝罪をもらった。
(どうしてそんなに意地悪なんですか……)
好きだと自覚しても、こういった部分は好きにはなれない。
全く悪びれる様子のない要は祀莉の左手を持ち上げて、薬指に指輪を通した。
「今度こそ、外すなよ」
そう言うと、要は指輪を通していたチェーンをズボンのポケットに入れた。
「あ!」
「これは没収する」
「才雅がわたくしのために選んでくれたプレゼントなんですよ!」
「事情は俺から説明しておく。才雅だって遅かれ早かれこうなるってことは分かってるはずだ」
「む〜〜……」
納得のいかない声を出して不満を伝える。
要は祀莉の訴えを無視してソファーに座り直した。
「…………要って本当にわたくしのことが好きなんですか?」
「そんなに不安なら、今から行為で示してやろうか?」
ほとんど声を出していない呟きを要は正確に聞き取っていた。
素早く祀莉に向き直り、両肩に手を置いて少しだけ力を入れる。
「い、いえ! よーく、よぉ〜く分かってますから!」
わずかに体を後ろに傾けられた不安定な体勢に危機感を覚える。
このまま押し倒されるか、元の体勢に戻してもらえるかは自分の返答次第。
「そうか」
「はい。──って、ちょ……わっ」
押し倒されはしなかったが、逆に要に引き寄せられて抱きしめられた。
爽やかなシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
祀莉の肩に顎を乗せた要は、側にある耳に向かって吐息まじりに囁く。
「──じゃあ、泊まっていけよ」
「は──、……っ、だ、だだ、ダメです!」
色っぽい声にうっかり「はい」と返事しそうになったのを、慌てて言い直す。
“じゃあ”の意味も分からない。
「ふ〜ん」
不満そうな声を漏らした要は、顔を動かして首筋へと唇を寄せた。
軽く触れた状態ですうーっと唇を這わす。
「ちょ……っ、や、くすぐったいですって!」
身を捩って軽く抵抗したが、要の唇は離れない。
逃げるために後ろへ仰け反っていった体は、ついにソファーに到達した。