その後のこと 1
「あら。樹君、そんなにチョコをもらって帰ってきたんですか?」
『そうなんですよー。家では私にべったりなのに保育所ではそれなりにモテるみたいです』
「保育所ではどんな感じなのか、気になりますね」
祀莉はスマホを耳にあてて、通話に集中していた。
ソファーに腰掛けてクッションを抱えながら、桜との会話を楽しんでいた。
電話で長時間話す相手と言えば、諒華しかいないのでとても新鮮だ。
夕食を終えてリラックスしている時に電話をもらい、それからしばらくガールズトークに花を咲かせていた。
話題をころころと入れ替えて、今は樹がもらって帰ってきたチョコの話になっていた。
『あ、それでね祀莉ちゃん、あのね……』
「はい」
桜が一旦、話を止めた。
何か言いたそうにしていたことは話の節々で感じていた。
祀莉も祀莉で、告白の結果がどうなったのか気になっていたが、聞いて良いものなのか躊躇していた。
その中での仕切り直しに祀莉は、もしかして……と構えた。
『今日……あの後ちゃんと貴矢に告白して、その……つ、つき合うことになりました』
「……! そうなんですか! おめでとうございます!」
祀莉は心から祝福の言葉を贈った。
まさか、こんなふうに祝福の言葉を贈る時が来るとは夢にも思わなかった。
ヒロインがヒーローではなく、ライバルとくっつくなんて予想外だ。
今の祀莉にとってはとても喜ばしい展開ではある。
この事実を1年前の自分に聞かせたらどう思うのだろうか。
今でも信じられない気持ちでいっぱいだ。
あんなに嫌っていた要を好きと思うようになるなんて……。
人の気持ちって変わるもんだなぁ……と感慨に浸る。
桜が「ありがとうございます……」とお礼を言う。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった感じだ。
それを聞いたと同時に、スマホを当てていない方の耳に変な違和感が──
「──ひゃぅ……っ」
何者かの気配を感じたかと思ったら、後ろから耳に息を吹きかけられた。
ぞわっとした感覚が体全体に広がる。
「ちょ、要……っ。何するんですか!」
横たわるように体を引いて見上げれば、ソファーの後ろから顔を出した要と目が合った。
「いつまで話してんだよ。他人のスマホで」
「い、良いじゃないですか。ちょっとくらい……」
祀莉が持っているスマホは要のものだった。
耳にあてていたそれを顔から遠ざけて、控えめな声で訴える。
「俺が風呂に入っている間の時間がちょっとか?」
「え……?」
時計を見上げると随分長い間話し込んでいたことに気づく。
祀莉の中ではほんの10分くらいしか経っていないというのに。
「じゃ、じゃあわたくしの電話番号を教えますので続きは……」
「もう用事は済んだんだろ? お前のアドレスは後で俺から送ってやるから、今日はもう終わりにしろ」
「で、でも……」
『そうですね。もう遅いですし、今日はこの辺で』
会話が聞こえていた桜は要に同意した。
要からの連絡を期待して、また電話しましょうと言ってくれた。
まだ話したかったが、桜がそう言うなら仕方がない。
祀莉は「分かりました」と素直に頷いた。
『すみません、2人の邪魔をしちゃって。今日はお泊まりですか?』
「え……!?」
桜のとんでもない勘違いに、自分でも驚くほど大きな声を出してしまった。
「ち、違いますよ! 夕食をごちそうになっただけで……ちゃんと帰ります!」
『そうなんですか? 私はてっきり……』
かすかに聞こえる桜の含み笑いに祀莉は全力で否定した。
現在、祀莉は要のマンションのリビングにて桜と電話をしている。
それは間違いない。
しかし、決してお泊まりというわけではない。
祀莉自身は自宅に帰るつもりだったが、送迎してもらっている北条家の車は西園寺家には寄らず、要のマンションへと直行した。
なぜ?と疑問を抱いている間に車から降ろされ、気がつけば要が生活しているフロアへ。
正直、あまり一緒にいると今日のことを思い出して恥ずかしくなるので、自宅に帰ろうとした。
……が、春江の嬉しそうな出迎えと気合いの入った夕食を見て、「帰ります」とは言いづらくなった。
『電話番号を教えてもらおうと思ったら、北条君が自然に祀莉ちゃんに代わったのでびっくりしましたよー』
「はは……」
食事を終えてリビングで寛ぎながら春江と話しているところに、桜からの電話が入ったのだ。
祀莉の携帯にではなく、要のスマホに。
なぜかと言うと桜は祀莉の連絡先を知らない。
だからまず要に“連絡先を教えてほしい”と電話を寄越した。
理由を尋ねた要に“報告したいことが……”と話すと、側にいた祀莉にそのままスマホが渡され、今に至る。
スマホを渡された祀莉は、そのまま桜と話すことに。
最初はちょっと緊張していたが、時間を忘れるほどに会話に没頭していた。
要がお風呂でしっかり温まって出てくるには充分な時間だった。
『ではまた学校で。すみませんね。北条君との時間を邪魔しちゃって』
「いえ! そんなことないですっ。……え〜と、あの、では……失礼しますね」
だらだらと話を続けていたら要に睨まれそうなので、お互いに「おやすみなさい」と挨拶をして電話を切った。
どんなふうに告白したか詳しく聞きたいと思ったのに、邪魔が入ってしまって残念だ。




