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もうひとつの恋の行方 2

 桜はこの学園に入るまでのことを思い返す。

 ここに入学したのは必然。

 自分の意志など、あるようで本当はなかったのかもしれない。


(小説のことなんて知らなかったら、普通に楽しめたかもしれないのに……)




 割り切ってしまえば、もっと早く……──







「貴矢。私ね、あんたのこと嫌いだった」

「え……。まぁ、うん。知ってた。知ってたけどさ……」


 改めて口にされると傷つく……と苦い笑みを浮かべて項垂れた。


「まぁ、それは良いんだけど」

「うん。……え? 流れ的に訂正してくれるんじゃないの?」

「とりあえず、お礼を言おうと思う」


 桜は貴矢の突っ込みを無視して話を進めた。


「は? お礼?」

「体育館倉庫に閉じ込められた時のこと……。今更だけど、あの時は助けにきてくれてありがとう。あと、その後のこともいろいろ……私1人じゃどうにもできなかっただろうから……」

「あ……うん」



 数ヶ月遅れのお礼の言葉に貴矢は驚きつつも頷いた。



 面と向かって言えてなかったことが、心のどこかに引っかかっていた。

 それが払拭できた今、少しは先に進める……だろう。


(というより、私の心の準備が……!)



 祀莉には素直になって告白すると言っておきながら、どうしても踏み出せない。

 チョコを差し出してさらっと言ってしまえば良いのに。


 ……と、そこで教室でのチョコの山のことを思い出した。

 今の貴矢の荷物はいつも学園に持ってきている鞄だけ。

 その鞄の中にあの量のチョコが全部入るわけがない。



 

「ねぇ貴矢、もらったチョコはどうしたの?」


 不思議に思ってチョコの所在を訊ねた。


「ん? あの量はさすがに俺も予想外でさ……。どうにかして欲しいって先生に押し付けてきた」

「うわ〜〜最っ低〜〜」


 女の子たちだって必死に想いを届けようとしたのに、それをあっさりと先生に丸投げにするなんて。

 声を低くして非難したら貴矢は焦りを見せた。


「仕方ないじゃん! あんなにたくさん持って帰れないし! 選んで持って帰るわけにもいかないし!!」

「そ、そうよね……」


 気持ちもないのに選んでいたら、それはそれで「最っ低〜〜」と非難してただろう。

 とりあえず、貴矢がすることや言うことに反射的に反感を持ってしまう悪い癖を直さないと。




「俺は好きな子からチョコがもらえたら、それで良いんだって」

「……っ!」


 まっすぐに見つめられながら、ストレートに言われてドキッとする。

 数秒固まったが、目が合ったままだと心臓が持たないのでぱっと目を逸らした。

 貴矢の方は照れる様子もなく平然としている。



(この男は! またそういうことをさらりと……!)


 言い慣れている感じがまた、桜の癪に障るのだ。

 たくさんの女の子に似たようなことを言ってきたんだろうな……と、邪推してしまう。

 それが絶対に渡さない!と天の邪鬼な考えに至るのだ。




「俺、楽しみにしてたんだぜ? 放課後になったら桜からチョコがもらえるーってさ」


 あげるなんて一言も言ってないのに、その自信はどこから湧いてくるのか。


(まぁ……用意はしていたけど)




「なのにさぁ……なんかいっぱい女の子が押し寄せてきて……。ホント、勘弁して欲しいよ……」


 貴矢が放課後のアレ・・について、ため息まじりに愚痴りはじめた。

 自業自得だって罵りながら助けを乞う視線を無視したけど、今思うと助け舟を出してあげても良かったかなと思う。


(貴矢が欲しいって言ったわけじゃないもんね……)



 ただ嫉妬して、無性に腹が立って……。



 誰にでも気前良く愛想を振りまく姿が嫌いだった。

 誰にでも優しく接して、誰にでも笑顔を見せて。




 私だけが彼にとっての特別じゃないんだって……。

 いつしかそう感じるようになった。





「貴矢、どうして教室に女の子を連れ込まなくなったの?」

「ん? 桜が俺のことを意識するようになったから、もう良いかなって」

「はぁっ!?」


 軽い気持ちで訊いた質問の答えがふざけた理由だったので、桜は思わず声をあげた。



「俺にとってはいつもの事だったんだけど、桜が変な顔するからちょっと面白くて」


 迷惑そうな顔をする桜をからかうつもりで女子生徒を囲っていたらしい。

 自分に興味を示さない特待生が珍しかったのだろう。

 そんなことのために隣でうるさくされていたのかと思うと、呆れて物も言えなくなる。

 桜は半眼で貴矢を見上げた。



「……そのためだけに?」

「だってそうでもしないと俺のこと見てくれなかったらさ」

「……」

「はじめは本当にからかうためだったんだ。けどさ……そのうち、どうしたら俺のことを見てくれるかなって、考えるようになった」



 貴矢が桜の目を見て柔らかく笑った。

 その表情に一瞬だけ見蕩れてしまいった桜は、気まずくなって視線を下へと逸らす。






 貴矢が自分に気があることは、薄々気づいていた。


(そういうシナリオだもんね……)




 樹を連れてショッピングモールや近くの公園に出掛けると、なぜか貴矢と遭遇することが多い。

 いつのまにか名前で呼ばれるようになったり、半ば無理矢理に連絡先を交換させられたり。

 恋愛系の小説や漫画でよくあるような、ヒーローが積極的にヒロインに関わろうとする行動。

 会うたびに「またか……」とうんざりしながら、素っ気なく接していた。



 桜はあまり貴矢と関わりたくなかったけど、樹が懐いてしまったので仕方なく一緒に行動するようになった。

 そうしていくうちに、少しずつ彼のことを知るようになった。

 貴矢といると楽しいと思うようになった……けれど──



 それも何者かにお膳立てされているようで、素直になれなかった。




 でも……それも、もうおしまい。

 意地を張るのは終わりにしよう。


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