101 やっと認めたな
予想もしなかった展開に、祀莉は扉を見つめて立ち尽くしていた。
わずかな時間で入り込んだ外の空気が周囲に漂う。
(桜さんが好きなのは……秋堂君?)
頭に残る桜の言葉を理解しようと努める。
桜が告白しようとしているのは貴矢。
本人がそう言っていたから間違いない。
いつの間にか好きになっていて、相手からも好かれている自覚がある。
それはすべて貴矢を指してのことだった。
「え? じゃあ要のことは……?」
「はじめから俺のことなんて何とも思ってないってことだ」
口にしていなくても祀莉の考えはお見通しだと言いたげに答える。
見上げると、分かったか?と目で諭された。
「鈴原と貴矢がお互いを気にしてるのは普段から見てて分かるだろ? クラスの皆は薄々気づいてるぞ」
「え……?」
クラスメイトは気づいている?
「いえ、でも……」
祀莉だって誰よりも桜を見ていたつもりだ。
もちろん、貴矢と接している時も同様。
抜け駆けされていないか、と警戒心を強めながら。
“観察”……というよりも“見張っていた”と言って良いほど念入りに。
その上で桜は貴矢に対して好意がないと確信を得ていた。
「桜さんはいつも秋堂君に対してきつい物言いでしたし……。他のクラスの女子生徒が来ている時なんて特に、迷惑そうに睨んでましたけど……」
「だからそう言うことだろ?」
「?」
「貴矢が気になるからそういう態度になるんだよ。鈴原も素直になれないって言ってたじゃないか」
「…………あっ」
小説の中でもよくあるシチュエーション。
好きだけどなかなか素直になれなくて、全く逆の態度を取ってしまう。
言われてしまえばそう見えなくもない。
(え? ということは……、本当に桜さんは要のことなんて最初から何とも思っていなかった……?)
今まで進展がなかったのはじれじれしていた訳ではなくて、要も桜もお互いに興味がなかったから。
ただそれだけ。
桜は絶対に要が好きになるという先入観で、目の前の本質が見えていなかった。
(全部わたくしの勘違い……?)
1人で空回っていただけということにようやく気づいた。
力が抜けてその場にぺたんとその場に座り込む。
床の冷たさが触れている足を通して伝わってきた。
「祀莉……? どうした?」
抱え込んだ腕を離さないまま座り込んでしまったので、要は少しかがむ体勢になっている。
見上げると心配そうに覗き込む要と目が合い、なんだか急に恥ずかしくなって絡めていた腕を離した。
「あ、えっと……ちょっと気が抜けて……」
「何やってんだよ、そんなところに座ってたら体が冷えるぞ。ほら」
自由になった手を祀莉の前に差し出して言う。
「……ありがとうございます、ひゃ……っ」
戸惑いながらもその手のひらに手を置いて立ち上がれば、そのまま引き寄せられて要の胸に飛び込む形となった。
「あああああの、要!? 何を……っ」
「なんだよ、さっきは自分から抱きついてきたくせに」
要は耳元に唇を寄せて囁いた。
もがく祀莉を拘束するように背中に手を回して抱き込んだ。
「あれは、そのっ……、うぅ……」
咄嗟に言い訳ができなくて口を閉じる。
身動きもできず、焦りで言葉が出てこない。
大人しくなった祀莉を、要は僅かに笑みを浮かべながらお見下ろしていた。
「さっき、鈴原に何を言おうとしてたんだ?」
「……っ」
要の問いかけに自分のした行動が蘇る。
今更ながら、とんでもないことを口走ってしまったと自覚して顔を赤くする。
寒いはずなのに今は体中が熱い。
「祀莉」
「ぁう……」
目の前にある体にしがみつくことで自分の顔を隠した。
要の胸に顔を埋めたまま首を横に振る。
それについては触れないでほしいと、動作だけで必死に訴えた。
(だって……)
この気持ちを口にすれば止まらなくなる。
要が桜に心変わりしたとしても、それを素直に受け入れられなくなる。
絶対に手放さないとあの手この手で邪魔するだろう。
(あぁ……やっぱりわたくしは悪役令嬢なんですね……)
その先は想像するまでもない。
要のことだから祀莉に対しても容赦ないだろう。
待っているのは絶望かもしれない。
なら、いっそこのまま何も告げずに運命に身を委ねた方が……。
「祀莉」
要が低い声で祀莉の名前を力強く呼ぶ。
背中を包むように交差していた手が肩に移動し、2人の間に少しだけ距離を作った。
「おい、今度はなに泣いてんだよ」
要が焦った声を出した。
祀莉の瞳には涙が溜まっていた。
こぼれ落ちそうなそれを優しく指で拭い、その涙の理由を尋ねた。
「だって……だって……。わたくし……」
涙で歪んだ視界に要の顔が映る。
「怖いんです。要がわたくしから離れていくのが……」
「は?」
「………………好き、なんです」
何もかもを投げ出して、心に秘めていた想いを震える声で伝えた。
「わたくしは、要が好きなんで──」
もう一度、ゆっくりと繰り返せば、言葉の途中で唇を塞がれた。
要の目は閉じられていて、さらっとした前髪が祀莉の頬をくすぐる。
唇を覆う温もりを感じて祀莉もそっと目を閉じた。
甘くとろけるように感じるのは、恋を自覚したからだろうか。
温かくて安心する温もりが愛おしい。
触れていた唇が離れ、そっと目を開けると要は満足そうに微笑んでいた。
「やっと認めたな」
「ぅ……あ、ぅあう……」
意地悪そうにも見える笑みに、何も言えなくて口をぱくぱくさせる。
「ま、認めなくても同じだけど」
「え?」
「お前に与えられた選択肢は2つだ」
「2つ……?」
何に対する選択肢なのか。
祀莉は首を傾げる。
「望んで俺と結婚するか、それとも……望まず無理矢理結婚させられるか」
「な、なんですかその選択肢! わたくしの意志は!?」
「もう関係ないだろ。お前は俺が好きなんだから。なぁ?」
「そ、そうですけど……はうぅ……」
改めて確認されると恥ずかしさがこみ上げてくる。
両手で顔を覆って要の視線から逃げた……はずだったのに、すぐに両手首を掴まれて顔の前から遠ざけられた。
整った顔に見つめられて心臓が止まりそうになる。
「どちらにしても、俺は一生お前を愛すつもりだから安心しろ」
「な……っ、どうしてそう恥ずかしいセリフをなんの躊躇いもなく……っ」
桜への口説き文句として似たようなセリフとシチュエーションで妄想を楽しんでいたが、いざ自分へと向けられると沸騰しそうになるくらい恥ずかしい。
要の言葉を受けるたびに、耳がじんじんと熱くなる。
「俺はお前から離れない。絶対に」
「……っ、はいっ」
欲しかった言葉にまた涙が溢れてきた。
思わず要の胸に飛び込めば、しっかりと抱きとめてくれた。
「……わたくし、要を好きでいて良いんですよね?」
誰に問いかけるわけでもなく小さく呟いた言葉に、「当たり前だ」と要が答えを返してくれた。
*** END ***
これにて本編は完結です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
近いうちに桜視点の補足的なエピソードを投稿予定です。
本当は拍手のお礼用に執筆していたのですが、長くなった上、番外編というよりも本編寄りな内容になったので、こちらに投稿させていただきます。




