99 色んな意味での天敵
心臓がバクバクと音をたてている。
祀莉はソファーの裏に隠れたまま、心を落ち着かせるために一度深呼吸をした。
一定のフレーズを繰り返して着信を告げる音は、要のスマホから。
天の助けとも呼べるタイミングの電話の主に、祀莉は心の中でお礼を言った。
(……んん?)
しばらくしても着信音が鳴り止む気配がない。
出ないのだろうか……?
ソファーからそっと顔を出して様子を窺うと、要は不機嫌顔でスマホの画面を睨みつけていた。
その表情のまま、こちらに視線を寄越す。
(ひぃいいいぃ……っ!)
目が合ってしまい、祀莉は反射的に頭を引っ込めた。
ソファーさえも突き抜けてくる鋭い目つきに自然と防衛本能が働いた。
「あああ、あのぅ……電話がずっと鳴ってます、けど……? 良いんですか?」
怯えながらも勇気を振り絞ってもう一度顔を出す。
むすっとしたままの要は、手に持っているスマホに視線を戻した。
「──ちっ」
画面を一瞥して遠慮のない舌打ち。
スマホを床に叩き付けるのでは……というくらいに、不機嫌オーラが醸し出されている。
鳴り止まない着信音に苛立たし気に指を滑らせて、耳にあてた。
「……なんだよ」
不機嫌さを隠すことなく、低い声で電話相手に応対した。
祀莉が知る限り、要がこんな態度を取るのは貴矢くらいしかいないと予想を立てた。
「……はぁ? 知らねーよ。切るぞ……は? あー……もう、分かったから」
悪態をつきながらも要はキョロキョロとテーブルの周囲を見回している。
何をしているのか分からない祀莉はそれを眺めていた。
するとある一点を見つめて要は腰を屈めた。
「あったぞ」
床に手を伸ばして持ち上げたのはペンケース。
汚れのないクリーム色でコンパクトなサイズ。
ファスナーの持ち手にオレンジ色のハートのキーホルダーがついていた。
そのペンケースは桜のものだ。
(あら……? だったら電話の相手は桜さん?)
にしては態度が雑すぎるような気がする。
今だってスマホに向かって「うるせぇ」「黙れ」などと鋭い口調で言い放っている。
最後に「来るなら早く来い」と言って通話を切った。
「要、今の電話の相手って……」
「貴矢だ。鈴原がこれを忘れてたことに気づいたから、今から取りに来るらしい」
「そうですか……」
“これ”とは要が手にしている桜のペンケースのこと。
片付けの途中で落としてしまったのだろうか。
桜はそれに気づかないまま忘れていってしまったようだ。
要はスマホをズボンの後ろポケットにしまって、祀莉が隠れている方向をじっと見つめてきた。
「……いつまでそうしてるんだよ」
「えっ、ぅ……だ、だって……」
「もう何もしねえから、こっちに来い」
「……」
その言葉を信じても良いものなのかと疑いつつも、立ち上がってソファーの後ろから出る。
躊躇いながらも近づくも防衛本能が働いたのか、要の腕がギリギリ届かない範囲で足がストップした。
それ以上進む様子のない祀莉を見て要が眉を寄せる。
なぜもっと近づかない?──と、無言の圧力に晒された。
「え……とぉ、鈴原さんは今どこに? 忘れ物を取りにくるんですよね?」
要の視線に気づかないフリをして話題を桜にもどす。
「……もう外にいるみたいだから、お前も来い。寒いからコート着ろよ」
「コートですか? 分かりました」
言われるがままにコートを羽織ると、要の後ろに付いて四方館の玄関口へと向かった。
要がわざわざ出迎えるなんて珍しい……と思ったが、そもそも四方館は特別な生徒しか出入りできないので、中の人間が迎え入れないと一般の生徒は入れない。
祀莉だってIC機能付き生徒手帳がなければ利用できない仕様になっている。
うっかり部屋に忘れて外に出たら入れなくなる。
(いつかやってしまいそうです……)
セキュリティーは万全だが、ひとつのうっかりで後で大変なことになる。
今のところは要がいるから大丈夫そうだが、そのうち閉め出しをくらってしまいそうだ。
なんてことを考えながら、要の後に着いて四方館の扉を開けて外にいるという2人を出迎えた。
雪は降っていないものの、冷たい風が容赦なく吹き付ける。
扉が開くのを待っていた2人は、寒さから逃げるように中へと入ってきた。
「うう……寒っ! やあ、どうもどうも」
「すみません、うっかりしてました……」
軽い口調で出迎えを受ける貴矢と申し訳なさそうに頭を下げる桜。
「これだろ?」
「あ、そうですそうです! ありがとうございます〜」
要がペンケースを差し出すと、桜はお礼を言って受け取った。
嬉しそうに微笑んでいるのは要に会えて嬉しいからだろうか。
貴矢に会いにいった時の憂い顔とは大違いだ。
(やっぱり、桜さんは要のことを……?)
要が桜のことを何とも思っていないとしても、桜は要に好意を寄せている。
──ペンケースを忘れたのも、要に会いたくて?
桜の笑顔を見ていると、そんな風に考えてしまう。
「ねぇねぇ、中にいれてよ。俺、四方館に1回も入れてもらったことないんだよねー」
「もう入ってるだろ」
「そうじゃなくて! 中の部屋!」
ビシッと要の後方──談話室の入り口を指で示す。
今いる場所は四方館の中と言えば中だが、いわゆる玄関に留まっている状態。
貴矢は祀莉と要が過ごしているスペースを見たいと主張してきた。
「今日の朝もお願いしてたじゃん!」
(朝にお願い……?)
そういえば、1限目が始まる前に貴矢が要に何かをお願いしているのを目撃していた。
あれは四方館に入れてほしいということだったらしい。
必死なお願いに耳を貸さなかった要には感謝しなくてはならない。
何度もここに来ている桜は抵抗はないが、貴矢は……
(なんていうか……いろいろと荒らされそうで困ります……!)
祀莉にとってのトップシークレット|(本棚)には絶対に触れさせたくない。
快く「はい、どうぞ」とは言い難い相手ではある。
色んな意味での天敵だ。
要は要で嫌そうな顔をしていた。
「断る。用が済んだならとっとと帰れ」
手で追い払う動作を含めて、貴矢の申し出をつっぱねた。
こればかりは祀莉の心中でおおいに同意した。
「なんでだよ! あ、もしかして2人でなんかしてた? お邪魔しちゃった〜?」
「うるせぇ」
「!」
貴矢の軽口を受け流す要だが、横で会話を聞いていた祀莉は一瞬だけ体を小さく震わせた。
せっかく別のことを考えて忘れていたのに、思い出してしまった。
どうか顔に出ませんように……。
「冷たいなぁ……。外の空気とどっちが冷たいだろうねぇ」
「お前には関係ないだろ」
「まぁそうなんだけどね……。祀莉ちゃん、分かりやすすぎ」
「ぅぐ……っ」
小さいながらも反応を見せた祀莉を見て、貴矢はくすくすと笑って指摘した。
精一杯のポーカーフェイスは失敗していたようだ。
貴矢が一歩、祀莉の方へと踏み出し、身を屈めて顔を寄せた。
「要が答えてくれないなら、祀莉ちゃんに聞いちゃおっかな〜」
「え……っ、あの、今のは別に意味はなくてですね……」
「本当に〜? 要に何かされたんじゃないの?」
「ぅ……、ぇ……っ」
標的が自分に変わったことにオロオロしだす。
貴矢はそれを見て楽しそうに見つめていた。
要とはまた違う意地悪さ加減に、心の中で悲鳴を上げた。
(ひいぃぃ……っ! なんでこんなことに!?)




