09 トキメキが止まらない
気づけば祀莉は室内にいた。
代表生徒控え室のソファーにちょこんと小さくなって座っている。
自然と視線は足下に。
靴は無理矢理脱がされて、今は来客用のスリッパを履いている。
部屋にいるのは祀莉、要、そして先ほど会ったヒロインである桜の3人。
パニック状態で、しばらくは自分の状況が理解できなかったが、つまりは窓から部屋に引きずりこまれたのだ。
重苦しい空気の中、祀莉はまださっきの恐怖を拭いきれずにいた。
隣に座っている要にビクビクしている。
要が少しでも動くと、体が勝手に反応して肩を震わせてしまう。
(怒ってます! 確実に怒ってます……! ヒロインとの時間を邪魔されたことに腹を立てて!)
ここの窓は片方からしか見えない特殊なガラスだった。
部屋の中からは外がはっきり見える。
つまり、祀莉の行動は丸見えだったということだ。
窓のう向こうに不審な動きをする人間を見つけてしまったら、気が散ってイチャイチャなんてできない。
さっきの不機嫌な顔とドスの利いた低い声はきっとそれが原因だろう。
「……怖い顔で睨んだのは悪かった。いい加減、機嫌直せよ」
下を向いたままビクビクしている祀莉の態度が気に入らないのか、要はムスッとした声で言う。
そんなことを言われても6年間で積み上げられていた恐怖はそう簡単には消えない。
「……要」
「なんだ?」
「あちらに行っていただけませんか?」
「……!?」
机を挟んだ向かいのソファーには桜が座っている。
彼女は渡された代表挨拶の原稿に目を通していた。
祀莉はその隣の空いているスペースを指差した。
(せめて、ヒロインとのツーショットでわたくしの心を癒して……)
「……そんなに俺の隣は嫌かよ」
要は軽い舌打ちとともに嫌味を吐いて立ち上がった。
桜の隣に移動し、苛立たし気にドスンと座った。
脚を組み、さらに腕も組んでじっと祀莉をみつめる。
(何か違う……。というか、どうしてわたくしを見るんですか! 隣に可愛い可愛いヒロインがいるというのに……!)
キラキラっとしたものを想像していたのだが、要の態度で台無しだ。
もっといい雰囲気でヒロインと絡んでくれたら素敵だったのに……と肩を落とした。
「あのぅ……北条君。ちょっと良いですか? これって誤字ですよね?」
桜が体を寄せ、持っていた原稿を要に見せた。
“ここ”と指差された箇所を確認するため、覗き込むように要は顔を寄せた。
その瞬間を祀莉は見逃さなかった。
(これは……! これです! わたくしが求めていたものは!)
まさにこういった図を期待していたのだ。
それを目の前というおいしいポジションで拝めるなんて……!
目を輝かせて食い入るように2人を見つめる。
脳裏に焼き付けるのだ。
あと数センチで肩が触れ合うというのに、彼らの間は絶妙な距離を保っている。
左右からえいっと押してやりたくなる衝動を必死にこらえつつ、絵になる2人を凝視した。
話しているのは原稿の内容だが、祀莉の脳内では都合よく変換されていた。
緊張している桜に要が気を遣って話しかけている。
庶民的な話題を選んだつもりだがやはりセレブ、どこかずれていたそれを桜に指摘され、頬を赤くする。
(何ですかコレ、トキメキが止まらない……)
そのまま肩でも抱いてしまえと念じて、強い視線を送った。
祀莉の視線に気づいたのか、突然こちらを見た要と目が合った。
自分と桜の顔が思いの外近いことに気付き、ささっと元の体勢に戻った。
(なぜ離れるんですか!)
……そうか、自分がいるからか。
仮にも祀莉は彼の婚約者。
堂々と目の前でイチャつくほど無神経ではないということか。
ならば去るとしよう。
本当はもっと観察したかったのだが、自分がいてはストーリーの邪魔になる。
涙をのんで祀莉はソファから腰を上げた。
「あの、わたくしそろそろ講堂へ参りますね」
「分かった。俺も行く」
「えっ、でも要は挨拶が……」
「どうせ俺も講堂に行くんだ。それにお前、ここから昇降口の場所、分かるのかよ」
「はい?」
(講堂に行くと言っているのに、どうして昇降口が出てくるのでしょう?)
言葉の意味が分からず首を傾げると、要は祀莉の靴を手に取って掲げた。
なるほど、靴を履き替えろと言っていたのか。
「ほら、行くぞ」
「えっ……あ、はい。鈴原さん、えっと……ごめんなさいねぇ」
ここは悪役令嬢の印象をつけておかなくては。
2人の間を引き裂いた風に、祀莉なりの精一杯の悪い笑みを浮かべておいた。
「いえ、ひとりで大丈夫です。どうせ後で合流しますし」
悔しそうな顔をすると思いきや、意外にも冷静に対応されてしまった。
後で2人になれると暗に挑発してくるなんて流石ヒロインだ。
もっと頑張らないといけないのは自分の方かもしれない。
はやくしろ、と要に腕を引かれて代表者控え室から出た。
(そういえば……さっきの男子生徒、どこかで見たことがあるような……)