01 転機が訪れた……悪い方に
以前投稿した短編「悪役令嬢になったからには、全力でヒロインと婚約者をくっつけようと思います!」をベースに、いろいろ設定を追加してます。
麗らかな春の陽射し。
桜の花も美しく咲き誇る今日この頃、皆様どうお過ごしでしょうか?
わたくしは目の前に広がる素晴らしい光景に目を奪われています。
新しい制服を身にまとった2人がお互いを見つめ合い、運命を感じている。
出会いの瞬間――
薄紅色の花びらが、彼らを祝福するかのように風とともに舞い踊る。
さあ、ここから始まるのですね。
わたくしの悪役令嬢ライフが――
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西園寺祀莉。14歳。
中学3年生。私立の女子中学校に通っている。
そろそろ進路を決めないと、という時期に彼女に転機が訪れた。……悪い方に。
「祀莉、ちょっと良いか?」
学校から帰宅し、玄関ホールに足を踏み入れて早々、父親に呼び止められた。
着替えてからと言わないところを見ると、すぐに来てほしいということだろう。
いつもほんわかとした雰囲気の父親が重苦しい。
(わたくし、何かしでかしてしまったのでしょうか……?)
考えてみたが、特に心当たりがないので、これは直接父親に尋ねるしかない。
近くにいた使用人に荷物を預けて、父親の元へと向かった。
「あの、お父さま——」
何かご用ですか、と続ける前に父親は口を開いた。
「祀莉、高校は華皇院学園に通いなさい。良いね?」
「……はい?」
一瞬、父親の言葉が理解できなかった。
しかし、数秒かけて言葉の意味をひとつひとつ飲み込んでいった。
高校……華皇院学園……通いなさい……、——っ!!?
(待って下さい! その学園は……)
脳裏を掠めるある人物の顔。
漆黒の髪に凛とした瞳。
いつも不機嫌そうにしていて、笑ったと思ったら他人を馬鹿にしたような黒い笑み。
口を開けば嫌味ばかりで、言い返すことができた試しがない。
それなのに、とてもよく整った容姿に、誰もが彼とお近づきになりたいと思っている。
祀莉にとっては、近づくどころか視界にも入れたくない存在である。
その男の名は、北条要。
幼馴染みであり、いつの間にか婚約者になっていた男だった。
祀莉の中で彼の印象は最悪。
小学校での6年間、ずっと同じクラスで嫌な思いばかりしていた。
そのうちのひとつが、全くと言っていいほど友達ができないことだった。
もちろん、その原因はこの男。
今でも時々、あの頃の体験が悪夢となって夜に目が覚める時がある。
(要と同じ学園ということは、またあの時の悪夢が……っ!?)
祀莉は頭を抱えたくなった。
私立華皇院学園。
学園の存在自体は知ってる。
有名と言えば有名。
良家の子女が通う……というか親が通わせたがる超お金持ちの学園。
通う生徒は政治家、弁護士、医師、資産家等、メディアで耳にしたことがある名字、もしくは会社を経営する家の子息令嬢。
この学園の入学、卒業は家にとっても本人にとってもかなりのステータスになる。
通っているだけ、卒業したという事実があるだけで高く評価される。
もちろん、それは教育の水準の高さに加え、将来を見据えた帝王学を学ばせる学園の方針があってこそのものだ。
現に卒業したものはそれぞれの業界、会社で大いに力を発揮している。
祀莉には2つ下の弟がいるので跡を継ぐ必要はない。
だから今通っている女子校の高等部にそのまま進級させてもらおうと考えていた。
(甘かったですね……)
多くの会社を経営している4大資産家である、北条、東大寺、南条と並ぶ、西園寺グループの令嬢。
小さな頃から蝶よ花よと大事に大事に育てられた。
名前を書いて判を押せばすぐに入学手続きは整うだろう。
それぞれの家の子供は例外を除いて全てこの学園に入学させられている。
中学までは自由に選ばせてもらえるが、高校は絶対にここを選択させられた。
自分は例外扱いしてくれないかと期待していたが、そうもいかないようだった。
そもそも別の中学を選択することが珍しい例外だった。
『いやです、いやです! 絶対やめた方が良いです!』
『そうです! またあの時と同じ、地獄の日々が待っているに決まっています!』
(わたくしの中の天使も悪魔も拒否している……)
つまり本能が止めているのだ。
断れるものなら断りたい。
しかし、父親はどうしてもこの学園に通わせたがった。
西園寺家の令嬢がこの学園を選択しないとなると、どんな噂を立てられるか分からない。
自分のことはどうとでも噂してくれて結構だが、父親や将来この家を継ぐ弟に迷惑をかけたくない。
(それに……)
「頼む!」
と、真剣にお願いする父親を見てイヤですとは言い出せなかった。
「……分かりました」
「本当かっ! よ、よかったぁ……」
祀莉の返事にほっとしたところを見ると、やはり自分の娘もその学園に通わせいたいのだろう。
(うぅ……この小心者め)
返事をしてしまったからにはもう覆らない。
やっと馴染んできたクラスメイトと別れることに落胆した。
人見知りな上に、要への恐怖の後遺症で友達を作るのに臆病になっていた祀莉にとって、彼女たちはそう簡単に手放したくない存在だった。
(3年かけて普通に話せるようになれましたのに……)
入学当初からビクビクしていた祀莉は、クラスでかなり浮いていた。
西園寺家の令嬢というのもあったが、クラスメイトたちは積極的に祀莉に関わろうとしなかった。
それでは要と一緒にいた時と同じだと、一念発起してクラスに馴染もうと思ったのだ。
時間はかかったが、どうにかクラスメイトたちと気後れすることなく話せるようになった。
(あぁ……それなのに……)
意志の弱い自分が憎らしい。
中学を女子校にと望んだ時みたいにわがままを言えば考え直してくれるだろうか。
ちらり、と父親へ目を向ける。
嬉しそうにどこかへ電話をかけている姿を見て祀莉は諦めた。
(今回は無理そうですね……)
「ほら、祀莉! これが来年通う学園のパンフレットだよ!」
はい、と渡された封筒を手にとる。
見るからに上質な紙に金箔の校章が施されていた。
(わたくしが通うのは決定事項ですか、そうですか……)
流されるままに返事をしてしまったことに、今になって後悔が押し寄せてきた。
どうにかして数分前に戻れないだろうか。
(なんて考えても、もう遅いですね)
せめて自分の通う高校の事ぐらい知っておこうと、渡された封筒に手をかける。
名のある家がこぞって自分の子供に通わせたがる学園とは、いったいどんなものか。
中の書類を取り出して、まず目に入ったのは高校の名前。
——私立華皇院学園
かつて、華族や皇族の子息令嬢が通ったとされる名誉ある学園。
「なんて仰々しい漢字だこと……」
何気なしに発した言葉。
それによって祀莉は思い出すことになる——