始まりの終わり→始まり
8時00分
自宅。
目の前には牛乳に浸っているコーンフレーク。
大学生になったにも関わらず、目紛しく日々が過ぎていく。
これもまた、人の運命というか定め…とでも言うのだろう。
8時24分
交差点。
向こう側の歩道では小学生がふざけ合っている。お気楽なものだ。
大学生は楽しいなんて言った人がいるが、そんなこともない。
毎日レポート、バイト、単位、人間関係、女子同士の小競り合い。
醜いものだ。小学生達よ、純粋に育ってくれ。なんて思う自分がいる。
8時38分
駅。
学生がカードを改札に当てて走り去っていく。他にも灰色のスーツを着たサラリーマン。駅員に文句をつけるクレーマー。ヘッドホンをして自分の世界に閉じこもっている青年。そしてここにも今からでも講義を休もうかと考えている自分がいる。
8時43分
ホーム。
相変わらず色んな人がベンチに座っている私の前を通過していく。
その中でも走っている人を見るとつい、ご苦労様です。と言いたくなる。
まあ、私も苦労している身だから同じことが言えるだろう。
8時44分
例えば…例えばの話。
この世界がゲームのような世界だったら。
人類も今、10億人余がいると言われている。が、10億人から一気に5億人に減る。
そして重要なのは戦いだろう。
そりゃあ、もちろんゲームのような刀とか銃とか。ああ、人間同士で戦うのではなく化け物がいて、そいつらを蹴散らすというのがシナリオだ。
なんてこと考える。まあ、有り得ない話だ。現実味が無さ過ぎる。
あと30秒で45分。
もうすぐ電車がくる。
8時44分37秒
「どうも、こんにちは」
その背中に寒気が通るような声で辺りが静かになる。静寂だ。人の声も虫の声も電車の音でさえも無い。
何もない。
あるのはホーム越しに季節外れのマフラーをしている青年と私。
ホームの向こうで青年が不敵な笑みでこちらを見ている。
「あまり驚かないんですね。珍しい」
「だってどうせ夢でしょ? ベンチに座って寝ている私の夢」
「冷静ですねぇ。こちらが驚かされましたよ」
ハラショーと言い、手を鳴らす。
だが、本当に青年がハラショーと思っているようには見えない。
困ったものだ、きっと私は疲れてるのだろう。もしかしたら憑かれているのかもしれない。
「憑かれているとはひどい」
「こちらとしては読み取るのはひどい」
「嗚呼、すみませんね。まあ、本題としては貴方の例えばを叶えたんですけどね」
「例えば? 叶えた?」
「あと、10秒。それで貴方は死にます。そして生き帰り、英雄となります」
私が問う前に電車が通り掻き消された。
8時45分00秒
電車が通った瞬間、私は死んだ。
全身がマグマのように熱くなる。お腹から赤い血が流れる。
あちこちで悲鳴が上がる。青ざめて倒れる人もいる。
なんで? なんで? まさかこれは夢?
熱いから夢ではないのだろう。
嗚呼、嘘でしょ。私の目の前に黒いマントで不気味な剣を持っているやつがいる。
8時45分10秒
おかしい。だって私は今まで普通の人生を送っていたはずだ。
20分前も私は生きていた。
だってこんなやつ、この世界にはいないっての。
「ミッション…開始、スル。人間、残滅。我ラガ、主ノタメに」
そして人々は一斉に逃げ出す。
だが、すぐに追いつかれ背中を斬られていく。
もしかしてだが、これは夢の中の青年が言ったことが現実になったのか? いや、もしかすれば夢が現実だったのかもしれない。
だが、今はそんなことを言ってられない。
全身が焼けるように熱い。痛みは熱さに掻き消される。
まだ死ねない。特別にやりたいことがあるとかじゃない。
昔、死んだ祖母が言っていた。寿命を迎えるまで死んではならない。生き延びて定めを全うするべき、だと。
だけどお婆ちゃん。死んではならないはわかるけど定めって何?
そんなすごい任務とかあった?
そしてとうとう床に預けた体は動かなくなってきた。意識も朦朧。
するとふと脳裏に小さな子供の背中が浮かぶ。白い髪に白い服、緑の草の絨毯に似合う青く澄みわたる空。
あの子…結局、あの日会えなかった。
「死ぬって…怖いのかな……」
お婆ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。
嗚呼、体は動かないのに思考は動く。これは一種の走馬灯なのだろうか。
10時45分15秒
この時間が私の死亡時刻になるのだろうと思った瞬間、私の心臓は動き出した。
朦朧とする意識で目を開けた。そこには白いマントの軍服のような制服のような青年が立っていた。
「あんまり人が死ぬとこを足元で見たくない。…生き返られせてやるから違う場所で死ね」
おい、それ矛盾してるでしょうが。
違う場所で死ねってどゆことよ。
「…生き返った」
「……冷静な奴だな。大抵の奴は喜ぶのに」
「…うん、なんと言うか複雑」
その時、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
薄気味悪く上品な笑い方。
きっと彼だろう。
そして秒針が進むにつれて私の定めは変わっていく。