時計と悪魔
ごとり、と、世界時計の針が動く。
その大きな振り子時計は、側面はおろか文字盤すら、細かい時計でできていた。
大きな振り子も、いくつもの振り子時計が集まってできており、それぞれが小さく時を刻んでいた。
その時計にそっと、手が伸びる。
黒い肌に白く、蔦のような模様が細やかに刺青された、おぞましい手が、文字盤の枠のあたりにあった一つの時計を、逆方向に動かす。
カタカタと時計は若干抵抗するも、その手の力からは逃れられずに回る。
「運命の女神なんて、この世界にはいない。居たとしても殺せばいい。そうすればほら」
細い手の持ち主が、にやりと微笑む。
灰色の肌に黒い唇が弧を描き、赤い瞳が三日月のように細くなる。
「もう少し。これで、私を殺すことができなくなる」
世界の時間を詰め込んだ部屋で、小さくて黒い少女が、高らかに笑う。
そっと彼女が手を放すと、素朴でかわいらしい花をあしらった時計の針は一瞬だけ震え、ことりと動き始めた。
「滝沢正弘、お前の時間は永遠に終わらない。お前が終わるとき、私が終わる」
時計に伸ばしていた手とは逆の手に掲げた分厚い本を見つめて、少女は言う。
「これで、三十年は余裕ができた」
三十年後に、また時計の針を戻せばいいだけだ。それまでに魂の糸を切る術を探すだけだ。
少女は自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、ゆったりと振り返り、部屋の扉を押し開ける。
昏い部屋に光が差し込み、世界時計がことりと動く。
あとには、時間を巻き戻された時計が動く、ゆったりとした音が残った。