野宿の中で
三人は森の中で野宿する事になった。ツルーティ邸を出た後、何故か森に迷い込んでしまったのだ。宛てもなく彷徨い、いつしかかなり奥まで迷い込んでいた。
「いやぁ、野宿も楽しいな!」
サビアは能天気に笑い、空を見上げる。都市の方では見ることができない満点の星空。黒い布に宝石を散りばめたようだ。
「お腹空いたんたけど」
シズルの言葉に続くようにスアンの腹の虫が鳴る。あまりの大きさに恥ずかしそうに俯いた。
「森ん中だし探せば食べるのくらいあるって!」
サビアはキョロキョロと辺りを見渡すが暗くてよく見えない。この状況で食料を探すのは無理だろう。獣の声。風に揺れる葉の音。闇の中で不気味に聞こえた。
ヒューと風が吹き、唯一の灯りであった火が消える。スアンは息を飲みシズルにしがみつく。それを眉を寄せ振り払う。
「……なんか、音しませんでしたか?」
スアンの言葉に二人も息を飲む。耳をすませると葉や枝を踏む音が聞こえる。ゆっくりとこちらの方に向かってきているのだ。
「ここって、山賊が出るんだっけ……」
ボソリとシズルは呟く。彼らも山賊とあまり変わらない身分だが。各々武器も持ち構える。ピリピリとした空気が張り詰める。音が近づいてきた。
ガサガサと音を立て、草陰から人が現れる。
「うわぁぁ! 出たっ!」
スアンは取り乱す。走り出そうとした瞬間、足がもつれ転ぶ。転んだ先にはサビアがいて一緒に地面に倒れた。呆れたようにシズルは見て前方にいる人を見据える。
月明かりに照らされ出てきた人影が姿を見せた。新緑の長い髪を緩く巻いた少女だった。この場に不釣り合いな淡い水色のショートドレス。首元にはエメラルドグリーンの宝石がついたチョーカーをつけている。宝石は月に照らされキラキラと輝いていた。
「失礼な人ですわね」
鈴を転がしたような声が響く。凛とした声に三人の背筋は自然と伸びる。ヒールの高いブーツで足場の悪いこの中を一歩、また一歩と確かめるように近づいてきた。
「あなた達、山賊という類のもので?」
柔らかな物腰で問いかけてくる。しかし、瞳は鋭くこちらを見据えていた。見た目から察するに何処かのご令嬢だろう。
「まあ、山賊ってか盗賊ってか……」
曖昧にサビアは返しビクビクしながら少女に近づく。風に乗ってふわりとうっとりするような甘い匂いが鼻をくすぐる。二人もサビアの後に続き近づく。
「はっきりしない方なのね」
ぼそりと呟き向き直る。スッと目を細め値踏みするかのように眺める。その視線に耐えきれなくなったのかスアンは目を伏せ俯く。
「お前、何?」
その視線に動じることなくシズルは言い放つ。敵意をむき出しにし、いつでも戦えるように構えていた。ギラギラと目を輝かせている。
「……セロリアル・エリアーデ=シーリア」
あまりの長さに三人はぽかんと口を開ける。復唱しようとするが最後まで言えず気まずい沈黙が落ちる。
「セロリエでいーか?」
サビアがそう提案すると少し腑に落ちていないようだったが小さく頷く。三人もそれぞれ名乗り、とりあえず座って話すことにした。
メラメラと炎が上がる。灰色の煙を空に巻き上げていた。セロリエはあまりの煙たさに眉をしかめ口元にハンカチを当てている。そのハンカチはとても質が良さそうで高そうだ。
「盗賊、という事は何でも盗むんですよね?」
三人の目を見ながらセロリエは口を開く。首元についている宝石が炎の光を受ける。先程とは違ったどこか危うさを持った輝きへと変わっている。
「何でもか?」
「好きなものだろ」
「あ、なら僕お肉がいいです!」
少々的外れなことを言っていたがセロリエは目を細めただけで何も言わない。その沈黙が何を意味しているか三人はわからずにいた。
「……わたくしが入れば好きなものを盗れるのかしら」
ふっと頬を緩め立ち上がる。スアンはハッと息を飲む。少し身構えてセロリエを見上げる。
「盗賊団にいれてもらいますわ」
唐突な発言に誰一人返答できない。しばらく間があってシズルが口を開く。
「いや、何言ってんの」
冷静な突っ込みにサビアも続くように口を開く。
「大体、あんたどっかのお嬢様だろ? それならわざわざ……」
パンっと乾いた発砲音が辺りに反響する。至近距離からの発砲でサビアはくらりとめまいがした。独特な硝煙の臭いに顔をしかめる。
セロリエは上に向けて銃を撃った。銃口をゆっくりと下に降ろす。リボルバー式だ。ダラララとシリンダーを回す。
「……入らせてもらいますわよ?」
有無を言わさぬその態度に三人は無言でこくこくと頷いた。こうして、無事に仲間が増えたのだ。
そういえば、とスアンが口を開く。大きなあくびをしながらサビアは首をかしげた。
「名前決まってないですよね?」
言われてああ、と納得する。盗賊団の名前を決めていなかったのだ。顔を見合わせるが中々出てこない。
「んー、ストロング!」
「却下」
サビアはまた唸り「ザ・ストロング」と言いシズルに呆れたようにため息をつかれた。不満気だったが諦めて別な案を考える。
「クレフティス、なんてどうかしら?」
聞き慣れない単語にサビアとスアンは目をパチクリさせる。
「ギリシャ語で盗賊だっけ」
シズルがそう言うとセロリエは小さく頷く。おぉ、とスアンは感嘆の声をあげる。
「クレフティスかっこいいですね」
サビアは一人ひとり目を見る。シズルは目を逸らす。スアンは見つめ返し小さく笑う。セロリエもフフッと小さく笑った。
「クレフティスに決定!」
ささやかな拍手がおこり誰からともなく笑い出す。名前も決まり、ようやく盗賊らしくなってきた事がサビアは嬉しかった。
そのやりとりを少し遠くから見ている人達がいた。木の上に立ち静かに見ている。
「ほっといていいワケ?」
金髪の女性が隣に立つ少年に声をかける。つり上がった目はどこかキツイ印象を受ける。
「まあ、うん」
何とも言えない返答をし手首に巻いてあるバンダナをキュッと握りしめる。風に吹かれて裏側がめくれると『ダグ』と大きく書かれていた。
少年の瞳はサビアを捉えている。その表情から何を考えているのか読み取れなかった。