結成のトキ
赤髪の少年が高らかに宣言する。
「お前らのお宝は俺たちがいただくっ!」
タイミング良く風が吹き、首元に巻いているオレンジ色のバンダナを揺らした。チラリとバンダナがめくれ裏側が見える。デカデカと『サビア』と書かれていた。恐らく少年の名前だろう。
「おっしゃあ!」
我先にと敵陣に切り込む。少年の前方には五人銀色の甲冑に身を包んだ屈強な男がそびえ立つ。一人ひとり、槍や剣を持っている。それに臆することなく突っ込み懐から短剣を抜いた。ライトに光る短剣は異様な怪しさを放つ。
「バカかお前は!」
細い通路の奥から低い声が聞こえる。声を聞く限り男性の声だ。声と共に数人の走る音が聞こえてくる。少年はチラリと目を向けただけだ。雄叫びをあげながら男たちに向かって短剣を振りかざす。
しかし、いとも簡単に受け流され壁にぶつかった。ガンと強く体を打ち付け動けない。
「ってえ……」
くらくらする。目の前が真っ暗だ。
意識を敵に集中させる。しかし、思うようにいかない。立ち上がろうとするが打ち所が悪かったのかすぐによろける。
殺られる。
ゾッとした考えが身体中を駆け巡り足元が震える。そこから嫌な感覚が這い上がってくるようだ。構えようとするが先程まで持っていた短剣な手元にない。あたりを探すとかなり遠くに飛ばされている。ここからでは取れそうにない。
「くっそぉ……!」
最初の威勢は何処にもなく、悔しそうに歯ぎしりをする。
甲冑を着た男が槍を振り上げる。キラリと光った。綺麗に研がれている槍先はとても鋭い。少年の手入れされていない短剣とは大違いだ。
少年が目を閉じて死を覚悟した。
──乾いた発砲音が辺りに響いた。鼻をつまみたくなるような火薬の匂い。グワングワンと反響する音。混ざり合って気分が悪くなる。少年は銃がどうしても好きになれなかった。
「何やってんだバカ野郎」
甲冑を着た男よりも大きい男が少年に近づく。丸太のように太くガッチリとした腕。腰元にはレザー製のガンホルダーがつけられていた。
「お頭……」
思わずオーラで威圧され声が掠れる。還暦漂う見た目が少年は苦手だった。
「テメェ、まぁた勝手に行きやがって」
お頭の後ろの方では既に他の仲間が甲冑の男たちを叩きのめしていた。みな、金目のものはないかと漁っている。
「だってよぉ……」
ふいっと顔を逸らし目を伏せる。お頭は大きく息を吐きだし、少年の顎を掴んで目を合わさせた。ゴキッと嫌な音が鳴る。少年は鈍い痛みに顔をしかめる。気付いていないのかお頭は口を開いた。
「俺らロスラリアの掟、忘れたとは言わせねえぞ」
凄みのある声色にびくりと肩が震える。嫌な汗が背中を伝い気持ち悪い。
ロスラリアは有名な盗賊団だ。規模は大きく、100人近くいる。盗賊団というより、一種のテロリスト集団と言っても遜色ない。少年は1ヶ月ほど前に入団したばかりだ。入団試験は単純、お頭の機嫌をいかに上げられるか。簡単のようだがとても難しい。何とかお頭の口角をあげ、入団できたのだ。
しかしお頭の機嫌を損ねた今、少年に言い渡されるのは一つだけ。
「テメェはもういらない。はやく出てけ」
漁っていた茶髪の男にくいっと顎で少年を指す。少し眉を寄せ、重い腰をゆっくりとあげる。
「サビアかーいしゅう」
ヒョイっと少年を肩に担ぐ。筋肉質な腕に捕まれ少年は抵抗するもビクともしない。
「これで俺の飯が増えるってもんだぜ」
下手くそな鼻歌を歌い、窓から外を眺める。暗く、星は見えない。曇っている。微かに潮の香りがする。この下は海のようだ。季節的に今飛び込んだら気持ちいいだろう。
「まあ、今までお疲れさん」
ニット白い歯を見せ少年を窓から思い切り投げた。
数秒、宙にふわりと浮く。刹那、体にものすごい圧力がかかった。内臓が悲鳴をあげる。声を出す間も無く水面に当たる。夜の海はとても冷たかった。
大きなくしゃみをする。全身塩だらけの少年サビアは街を歩いているだけで目立った。海を流され辿り着いた場所は中央街。流行の最先端をいく街だ。サビアを横切る人たちは綺麗な洋装。塩だらけのサビアとは大違いだった。捻った首を摩りながらトボトボと歩く。
「どーすっかな……」
街の中央にある噴水のへりに腰掛ける。空を仰ぐ。昨日の夜とは違い、ギラギラと太陽が照りつけていた。ジッとしているだけで汗が滲み出る。塩分が染み込んだ服が体に張り付く。一文無しのサビアには新しい服すら買えなかった。
「……あれ? ない、ない!」
バッと体をベタベタと触る。周りの人々は何事だと訝しげに視線を送る。しかしサビアには周りの目を気にする余裕などない。
「……ない」
昨日まであったはずの短剣がないのだ。あの短剣はサビアが初めて盗った物。お頭には「金にならねえ」と言われたが自分の手で盗ったあの短剣はお宝だった。
記憶をたどり、どこで落としたかを考える。
海、ではないよな。海だったら探しようがねえ。うーん、と唸る。
そして、あの通路で落とした事に気付いた。わかったは良いものの取り返しに行くのは正直無謀だ。
一度盗った場所は当然ながら警備が強化される。甲冑の男が倍はいるだろう。ましてやサビアは一瞬のうちに殺られそうになった。自ら命を投げ出すような事はしたくない。
ふと、前方に視線を感じる。そちらを見やると何やら威圧的な青髪の少年が立っていた。
恐らくサビアと同い年ぐらいだろう。さらりとした短髪が風に揺れる。眉間にしわを寄せ腕を組んで見ていた。
「……何だよ」
ゆっくりと立ち上がり青髪の少年に近寄る。サビアは目を細め睨みつける。赤い瞳が僅かに揺らぐ。
「そこ、俺が座ってるはずの場所何だけど」
「……は?」
意味のわからない質問に聞き返す。青髪の少年は小さく舌打ちをし眉間のしわを更に深くする。
「何で一回でわからないのかな。二回も言う必要ある?」
早口でまくしたて、ずいっと顔を近づける。反射的に顔を離し、手で制す。
「だったら、別な場所に座れよ」
呆れたようにはぁ、とため息をつき座っていた場所に戻ろうとする。しかし肩を掴まれた。
「最初に俺が座ってたんだ。俺はそこに座る」
「めんどくせえ奴だなぁ……」
頭をガシガシと掻き毟り手を払う。サビアは別方向へ歩き出そうとするがまた肩を捕まれてしまう。
「俺に喧嘩売るのか? ロスラリアだぞ」
元だけど、と小さく付け加える。怒りを露わにし青髪の少年の胸倉を掴んだ。グイッと引き寄せ睨み付ける。サビアの方が少し小さい為見上げる形になるが。
「こっちはマッターエルブレス。元だけど」
「はぁ?」
サビアは驚きのあまり手を離す。
マッターエルブレスはロスラリア同様、かなり有名だ。しかし、規模は小さく少数精鋭といった感じのグループだ。そこに入っている人たちはかなりの実力者ということになる。
「元って、何でまた」
マッターエルブレスの団員ということで興味を持ったのか問う。同じ盗賊だからなのか親近感が湧いたらしい。他のグループの人と交流する事なんて所属しているときには考えられなかった。
青髪の少年は怪訝そうな顔をしたが口を開く。
「リーダー投げ飛ばして」
やれやれといった風に肩をすくめる。サラリと凄いことを言った少年は何食わぬ顔だ。サビアは驚きの声をあげる。
「投げ飛ばしたって、嘘だろ?」
青髪の少年は眉を寄せ袖を掴む。次の瞬間、サビアの視界は反転していた。ぐるりと回りアスファルトに落ちる。一瞬の出来事で何が起こったのかわからなかった。
「嘘じゃないのわかったか」
ふん、と鼻を鳴らし腕を組み直す。あまりの驚きに声が出ない。喉の奥に張り付いたような感じだ。何も話さないサビアを不思議に思ったのかしゃがみ顔を覗く。ハラリとキレイな青髪が頬にかかる。
「……すっげえ! なんだよ今の!」
バッと顔を上げ肩を揺らす。ガクガクと頭が揺れ今にも取れそうだ。その手を払いのけ立ち上がる。サビアも続くように立ち上がった。
「倭之国の合気道だ」
少しだけ眉間のシワが和らぐ。何処と無く嬉しそうだ。思わず感嘆の声が出る。
そして、サビアはなくした短剣のことを思い出した。
こいつと一緒なら取り返せるんじゃねえのか?
淡い期待が芽生える。手伝って貰えば簡単に取り返せる。
しかも、元って事は今はグループに入っていない。誘えば来てくれるのでは、と思い嬉々として口を開く。
「なぁ、俺と盗賊団やらねえか?」
青髪の少年は目を見開き、すぐに細めた。眉間のシワが深く刻まれる。その態度にサビアはムリなのかと思い肩を落としかけた。
「いいけど」
予想外の言葉にサビアは聞き返す。煩わしそうにもう一度青髪の少年は言う。
「いいけどって言ったんだよ。たく、一回でちゃんと聞けよな。耳悪いんじゃない?」
軽く貶されていたがサビアは嬉しくてそれを聞き流す。ここまで順調に進むとは思っていなかったのだ。
「俺はサビア。お前は?」
「シズル」
一言そう告げて噴水のへりに座る。先ほどサビアが座っていた場所だ。
「よろしくしてやる」
口角を少しあげ、得意げにシズルは笑った。