8話 「ネットアイドル」
「や……やめて……!!」
震える少女にゆっくりと剣を持ったフードを被った男は近づく。
顔は見えないが、その背丈から男性と思われるだろう。
男は握っていた剣を少女に振り下ろした。
「いやぁあああ!!!」
すると、何という事だろう。
少女を纏っていた鉄の鎧が四散し、少女は裸となった。
SONの衣類に耐久値は本来存在しない。
しかし、男の握っていた剣はそれを無視する。
たった一振りで防具の耐久値を破壊し、衣類を四散させ、裸にする。
「………!」
男は裸で怯える少女を見ながら、悪魔のような笑みを見せた。
☆
「こいつが氷層の剣だ!」
俺は透き通るような蒼い鉄剣を天に掲げる。
空に浮かんだ疑似太陽の輝きが氷で反射するほど、その剣は薄く鋭い。
「黒鉄の剣より薄くなってませんか?」
「攻撃力は増してるんだけどな……」
俺は氷層の剣を持って軽く素振りする。
多少の違和感を感じるほどの軽さのようだ。
「重さを変えるか……というか、ウェポンスキルは何が付与されてるんだろうな~」
俺は氷層の剣の武器詳細を選択し、表示させる。
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氷層の剣 攻撃力220(+20)
耐久値420
グラム90
ウェポンスキル
氷攻撃
相手を8%の確率で氷漬けにし、動きを封じる。
鋭利な剣
刺し攻撃以外での攻撃の耐久値減少を大幅に下げる。
軽き剣
グラムを100以下に設定している時、攻撃力を20アップする。
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「感覚を取るか、攻撃力を取るか……か」
俺は数秒迷った後に、剣を何もせずに鞘に戻す。
「あれ?重さを変えないんですか?」
「この重さに慣れる事にするよ。攻撃力を失うのは少し痛いからな」
攻撃力はシステムだが、重さは自分の感覚だ。
それならその重さに慣れればいい話である。
「リンネ」
「はい、セイリュウ様。お呼びでしょうか?」
「そろそろ黒き森じゃあ、レベルが上がりにくいからな。ここより、一つ上のポイントを検索してくれ」
「ええ!?私としては、やっと黒き森の魔物に慣れてきたのに……」
「いや、あそこ朝は雑魚モンスターだし、夜は狼しかほぼ湧かないからな?慣れるなよ?」
「そうは言われても……」
「安心しろよ。俺が守ってやるからさ」
「はっはいっ!」
「検索結果がでましたー」
「なんでそんな投げやりなんだよ」
「どっかのセイリュウ様が女の子をたぶらかすからですー」
「たぶらかしてねぇーよ……。というか、いいポイントはあったか?」
「ここからとなると、溶岩地帯などがよろしいかと」
「溶岩地帯?なんか、暑そうな名前ですね」
「リンネ、そこに案内してくれ。いつも助かるよ」
「そ……その笑顔は反則です……///」
俺たちは門の南から、視界の奥にそびえ立っていた火山に向かって歩き出す。
ちなみに火山の中は迷宮になっているらしい。
罠が多いらしく、回復アイテムなしでのクリアは不可能らしい。
というか、大罪迷宮もそうのだが……このゲームの迷宮平均レベルはかなり曖昧である。
大罪迷宮もそうだが、レベル30でクリアが出来るわけがないのだ。
まぁ、あれにはクリアできるなど、一つも記載されていない、と言ってしまえばどうとでもなるのだが……。
俺は自分のレベルをあの頃と見比べる。
セイリュウ 26LV。
格段に強くなった。
だが、まだ足りない。あいつを……ルシファーを倒すのにはこれでは駄目なのだ。
「セイリュウさん!」
「なんだ……って……なるほどな」
俺は背中に背負っている剣の鞘から柄を握り、抜刀し、それを構える。
カルトも腰にある、小型ナイフを抜き出す。
今では頼りになる相棒である。
カルトもあの時より格段に強くなった。
ログアウト不能という状態が少なからず、怯えていた少女を立派な剣士したのだ。
「周囲にいるのは『コンガ』ですね。自分の縄張りに入られると攻撃する仕様になっています」
『コンガ』と呼ばれる子供のゴリラを連想させるその魔物の腕には丸太のような棍棒が握られている。
あれで叩かれたら痛いだろうな……。
数は8体。どうやら、溶岩地帯へ行く前の、火の草原での出現モンスターのようだ。
「うっきぃいいーー!!」
「声は猿なのかよ!?」
棍棒を突撃し、振り下ろしてきた『コング』の攻撃をカウンターするが、一撃では仕留められず。一撃をもらってしまう。
「しまっ!?」
剣が軽すぎて、いつものように剣を扱えない……!
俺はその一撃により、尻餅を着いてしまう。
そんな隙だらけな俺に襲い掛かる『コンガ』たち。
「セイリュウさん!!」
舐めすぎた……感覚なんてすぐに慣れるものだと思っていた。
やはり、攻撃力をあの時優先するべきではなかった。
「しゃがみなさいっ!!」
「ふぇ!?」
突如、聞いたことのない声が聞こえる。
俺は頭を下げ、目を瞑った。そして、次に耳に届いた音は風を斬る音と『コンガ』たちの悲鳴だった。
もう一度目を開くと、『コンガ』たちが四散していた。
俺は立ち上がり、後ろに立っていた少女を見る。
「ダメージはないかしら?って、そこのあなたは2割くらい持ってかれてるわね」
「すまない、助かった」
俺は大剣を握っていた長い黒髪の少女に助けてくれたお礼をする。
そして、俺は改めてその少女を二度見する。
「あっ……ああああ!!!」
俺よりも早く、カルトが気付いたようだ。
「あなた!!アイドルの芝崎 夢叶さん!?」
ネットでの本名晒しタブーを忘れて、カルトは指を指しながら驚く。
芝崎 夢叶と言えば、俺のようなネット系オタク男子でも知っているアイドルだ。
その理由は単純で、この子はかなりのネットゲーマーなのである。しかも手練れの。
そして、恐ろしいほど美声で可愛いスタイル抜群、彼女にしたい。
「あら?私を知っているの?」
「いや、あんたを知らないネットゲーマーの方が珍しいと思うぜ?」
「まぁ、それなら自己紹介はしなくていいわよね?ちなみに、私のここでの登録ネームはユメカよ」
「あっ、苗字で呼んじゃってすいません……」
「気にしなくていいわ。もう、結構呼ばれたし」
「ユメカ、改めて助かったよ」
「あんたコンガ程度にやられるなら、ここより先は進まない方がいいわよ?」
ユメカは俺をバカにしたような顔で、そう呟いた。
「助言は助かるが、俺は進むよ」
俺は氷層の剣のグラムを黒鉄の剣を同じ物に変更する。
そして、軽く素振りをする。やはり、しっくりくる。
「俺は強くなって傲慢の迷宮をクリアしなくちゃいけないんだ……」
そして、あいつに会って謝るんだ。
「まぁ私は止めはしないけど……ってまた『コンガ』じゃない…」
俺たちの周囲には先程より多い数の『コンガ』がいた。
「あんたは下がっててくれ」
「なーに?かっこつけてるの?」
このアイドル……思ったことをすぐに言う性格なのである。
だがらこそ、好かれている?という点もあるのだが……。
改めて向き合うと、割とムカつく奴だな……。
「俺一人でできるっていう証明だよっ!!」
襲い掛かってくる『コンガ』を黒鉄の剣の重さとなった、氷層の剣を振るって『コンガ』を一刀両断する。
そして、四方から襲い掛かってくる『コンガ』たちの棍棒を避けつつ、氷層の剣で絶ちきり、四散させた。
当然、ダメージもなければ、カルトやユメカの援護もない。
俺はドヤ顔でユメカを見る。
「あんたムカつく……」
「それはこっちの台詞だ」
「なんですって!?アイドルの私に向かって!」
「お前のそういう性格がムカつくんだよっ!やっぱテレビとかだと少し猫被ってやがったな!!」
「本音丸出しで生きていけるわけないでしょう!!」
「そんなアイドル業界の話聞きたくなかったね!!」
「あはは……」
俺はその後、ユメカと口論を続けたのであった。
ユメカを彼女にしたいと思っていた頃が俺にもありました。
SONがログアウト不能になって、1日と半日。
傲慢の迷宮に挑戦した者は未だにいない。