7話 「少女の世界」
俺とカルトはゲーム内の宿の一室にいた。
決して、カルトに何かしようなんて思っていない。
「『森の帝王?』にマンマと負けてしまったわけだが、カルトは遠目から見て何か気付いたか?」
「いえ、わかった事は、恐ろしい防御力と攻撃力を持っている事と、見た目の巨体には似合わない俊敏な連続攻撃ができる事です」
「一回一回が大きい攻撃で反動があると思いきや、あいつはその反動の隙すら作らない。例え、そこを突いたとしても、倒すことは不可能に近いだろう」
あの硬質な筋肉を俺の黒鉄の剣で断切できるとは思えない。
寧ろ、逆に黒鉄の剣の耐久値を大きく消費し、武器ロストに近づいてしまうだけだ。
だが、あのような魔物には必ず弱点が存在しているはずなのだ。
「リンネ。あいつの生態系を見て、脆い部分は見つけられたか?」
「いえ、私が視認できた部分で探してみましたが、脆い部分は見つかりませんでした」
「くっ……打つ手なしかよ……」
こんなんじゃあ、ルシファーは倒せない。
やはり、俺はまだまだ力不足だ。
「あの……」
「なんだカルト?今からまたレベル上げだぜ?」
「もしかすると、『キューティー』が弱点かも知れませんよ?」
「『キューティー』が弱点?どういう事だ?」
「だって、『森の帝王』は『キューティー』と一緒にエンカウントしていたじゃないですか……。もしかすると、倒すべき相手は『森の帝王』ではなく『キューティー』なのかな……って思って」
「なるほど……確かに、可能性としてはありだな」
俺はあの戦場で『キューティー』を見かけていない。
情報が少ない現状ではカルトの説がもっとも有効だった。
「死んでもいいなら……いくぞ、カルト」
「えっ!?行くんですか!?」
「当たり前だ。俺たちはまだ決着をつけていない、俺が勝つまであいつには挑みに行く」
「だけど、『キューティー』が何処にいるのか……」
「俺が『森の帝王』を引き付ける、だから頼むぜカルト」
「ええええ!?私にそんな重要役を!?」
「リンネ、カルトのアシストに周って『キューティー』を見つけるんだ」
「了解しました。カルト様、よろしくお願いします」
「あっ!はい……ご丁寧にありがとうございます……」
「それなら行くぞ、黒き森の帝王さんを倒しにな」
☆
―――――――SONがログアウト不能になり、丸一日が過ぎた。
昨日より、日本はログアウト不能事件でもちきりであった。
それともう一つ、ゲームマスターであった、錦戸が自殺したのである。
多量な苦情や怒りが殺到する中、錦戸は自ら自分の命を絶った。
世論はこの二大事件により、大きく揺れていた。
「皆もわかっていると思うが……。本日欠席している二名の西野と宮島はSON事件に巻き込まれている」
「マジかよ西野!」
「あいつゲーム好きだから本望なんじゃね?」
「言えてるっ!」
二人の態度が悪い男がそう言って笑いあう。
静かな教室に響くのは、外から降り出した雨音とその下種な笑いをする男たちの声だけだ。
瞬間、教卓が激しい音を立てて崩れ落ちた。
「貴様ら、人命を笑うとは何事か……」
男たちは、その西蓮寺の怒声と表情を見て押し黙る。
西蓮寺はため息を吐き、雷雨となり始めていた空を見る。
「宮島さんもSONやってるなんて……」
「このクラスで二人も出てるんだね」
「なんか他人事じゃないみたい……」
そんな恐怖色な声がひそひそと会話される教室の中。
誰とも話さず、西蓮寺のように雷雨の空を見ている少女がいた。
それは、飛鳥だった。
「飛鳥!飛鳥ってば!」
「あっ!ごめん、絵里!!」
「もー、さっきからずっと上の空なんだから」
「あははは……ごめん…」
飛鳥は元気なく、友人である能美 絵里に謝る。
飛鳥と絵里はこのクラスで隣同士だったのがきっかけとなり、友人と言える信頼関係までに至った。
そして、絵里は飛鳥の不安の原因はわかっていた。
「西野は笑ってる絵里の方が好きだと思うよ?」
「なななななんで!!なんで静留なの!?」
静留の事を考えていた飛鳥は確信を突かれ、動揺しまくりだった。
「私はこの雨の中、帰るのがめんどくさいなって……」
「西野め!!こんな可愛い飛鳥を泣かせて只じゃおかないんだから!」
「泣いてないよ!!」
「はぁー……。私たち、友達じゃない?」
「うん、絵里にはいつも感謝してるよ」
「あんたさぁ?今日朝教室に入った時、どんな顔をしてたと思う?」
「えっと……」
「目は真っ赤で泣いてたのはまるわかりだし、私の挨拶も無視したでしょ?」
「えっ!?ごめん絵里!!」
「そんなに心配なの西野?」
「幼馴染だから……」
「本当にそれだけ?」
絵里はここぞとばかりに飛鳥を攻める。
「それ以上も以下でもないよ……」
「ふーん、じゃあ私が西野もらっちゃおうかな~」
「それはダメ!」
絵里はにやりっ、と効果音が付きそうな不気味な笑みを見せる。
飛鳥はそんな絵里を見て、しまったと思うばかりだった。
「西野の事が好きなんでしょ?」
「……う……うん///」
飛鳥はそう頷いた時、顔は真っ赤に染まっていた。
「ああ!!可愛い!!西野には勿体ない!!」
「もう!絵里!!からかわないで!!」
「確かに心配だよ?でもさ、西野が飛鳥を置いて何処かに行くわけないじゃん」
「でも今回ばかりは……」
飛鳥の表情が不安に変わる。
「絶対帰ってくるって。だからさ?帰ってきた時に笑って迎えてあげよ?西野もそれで安心できるってもんだよ」
「うん……うん……」
「もー!なんで泣くのよ!!そこは笑うとこでしょ!?」
「ごめんね絵里……うっ…ひぐっ……」
「ホント、西野に熱い事で………」
このクラスの静留以外にSON事件に巻き込まれている少女の名前は、宮島 月渚。
外見で、目立つような少女でもなく、決して学業が得意なわけでもなく、運動が秀でているわけではない。
クラスに一人はいたであろう。時々、思い出そうとすると、名前すら思い出せないほど危うくなる地味な存在。
そんな少女は今、SONのとある迷宮で両手で剣を握り、戦っていた。
☆
木々を蹴り、私は跳躍しパチンコ玉のように反射しながら、目の前の化け物と対峙していた。
化け物の名前は、『ウッドドラゴン』と呼ばれている木の龍だ。
全身は堅い木々でできており、攻撃が中々通らないし、口から長い舌のような弦を出して巻き付け、動きを封じたそこに自慢の硬い体をぶつけてくる厄介な魔物だ。
だが、龍と分けられる類の中では最弱の部類である。
その理由は単純で、少ない体力と退化した翼。
なにより、龍の特徴である爪と吐息の攻撃をしてこないのである。
「はぁあああああ!!!!」
私は左手で握っていたソードトンファーで『ウッドドラゴン』の硬いと呼ばれる首を一撃で斬首する。
『ウッドドラゴン』は翼がないのに二足歩行で地面に立っているだけなので、斬首をしやすいので倒すのが比較的楽である。
そして、私は確かな確信を持つ。
このクラス程度なら私一人で倒せるほどに………。
―――――――私は強い。
私は現実が嫌いだ。
誰も私に話しかけてくれない。いつも一人だった。
虐めてくれても構わないんだ……私に構ってくれるなら……。だけど、みんなは私がいないように毎日を生きている。
存在しながら、していないように私は毎日を過ごす。
時間を無為に消費していく。
そんな地獄な毎日。
だけど、この世界は違う。この世界は私を変えた。
この世界でなら私は輝ける。みんなが私に話しかける。
私が必要だと言われる。私は存在しているんだ。
このゲームは私に確かな生きている確信をくれる。
だから、閉じ込められた、そう聞いた時に幸せを感じた。
私はゲームに選ばれたんだ、神様に選ばれたんだ。
私は今、人生で一番幸せだった。
☆
「ぐるぁああああ!!!」
システムにより、俺は『森の帝王』の雄叫びで一瞬の怯みで隙が出来る。
そこに『森の帝王』は迷いなく、棍棒を縦に振り下ろした。
それを俺は『バックステップ』と呼ばれるプレイヤースキルで回避する。
コンマ数秒後、俺がいた地点は棍棒により半壊した。
ゲームだから、すぐに補正されて治るんだけど……。
あれが避けられなかった俺の末路かと思うと恐怖に戦慄する。
しかし、泣き言は言ってられない。
俺の役目は囮なのだから。
ちなみに、『バックステップ』は基本的なプレイヤースキルであり、ほとんどのプレイヤーが所持しているスキルである。
スキル概要はそのままで、普通に後ろへ飛ぶより安定したまま、距離を取れるのだ。
何より背中を向けないで距離を置けるというのがいい。
「ぐるぁああ!!」
「あぶねぇ!?」
『森の帝王』は棍棒を横に薙ぎ払う。
俺はそれをしゃがんで紙一重で避ける。
やはりこいつ、見た目の巨体に似合わない速さをしてやがる……。
俺は棍棒を横に薙ぎ払った反動を見て、『森の帝王』の懐に飛び込み、黒鉄の剣を振り下ろす。
「やっぱり、掠りダメ程度だよな!?」
「ぐるぁあああ!!!」
体力が減ったようには思えない、微かな減少。
さらに俺はその硬い体に攻撃を弾かれ、隙だらけだ。
そこに飛んでくるのは、剛腕の拳。
俺は利き腕の右腕ではない、左腕に装着していた盾を掲げてそれを受け止める。
「ぐぉ!?一撃で持久力を全部持っていくかよ!?」
俺は持久力が0になった事により、体をまるで動かせなくなる。
『森の帝王』は当然、そんな動けない俺に向かって躊躇いなく棍棒を縦に振るい落とす。
しかし、その棍棒は俺に触れる直前で動きを止める。
そして、茂みからカルトと何故か妖精モードを解除した二人が飛びだしてくる。
「やりましたセイリュウさん!!『キューティー』倒しましたよ!!って、んほぉおおお!?」
「女の子の口から、んほぉおおお!?、なんて始めて聞いたわ」
「忘れてください!!///」
「痛い!?地味に体力減るからやめろっ!!」
俺はカルトのぽかぽかパンチを受けながら目の前で活動を停止した『森の帝王』を見る。
俺の眼前で止まったその棍棒はかなり不気味である。
ちなみに、俺はかなり死ぬ気だったんだけどな。
「リンネ、キューティーは何処に潜んでいた?」
「はい。この『森の帝王』の付近の茂みで触角を動かしながら潜んでいました」
「触角?姿は虫なのか?」
少し、可愛い物をイメージしていたのだが。
「言い忘れておりました。『キューティー』の見本はゴキブ……」
「乙女の口からそんな汚い言葉は言っちゃだめですよ!!」
「もうわかったけど……ちなみに、どれくらいの大きさだったんだ?」
「体は中型犬ほどです」
「地獄でした……」
確かに中型犬ほどのGが出てきたら女の子なら発狂ものであるだろう。
恐らく、俺も寒気は回避できないであろう。
「『キューティー』はその触角から電波をだし、『森の帝王』を操作していたようです」
「なるほどな……これが『森の帝王』の弱点。『キューティー』を倒されると何もできないってか」
「そのようですね」
「どうするんですか?倒すんですか?」
「いや、こいつ体は硬いわ、体力は多いわだし放置だな」
「このポーズで放置ですか……」
いきり立った表情で棍棒を振り下ろしている『森の帝王』の姿は不気味でしかなかった。
まぁ、誰かが倒すだろう。案山子だし。
「とりあえず、カルト。今回は助かったよ」
「はい!お役に立てて光栄です!!」
「セイリュウ様。私は褒めてくれないのですか?」
「お前はどうして人間体になっているんだ?」
「気分です。あの姿は少し息が詰まるので」
「なんかお前、ぶっちゃけるようになったな。まぁ、ありがとよ」
「はい♪」
俺たちは黒き森に背を向け、立ち去った。
そして、街に到着するなり、俺はカルトに聞きたいことを聞く。
「そういえば、『キューティー』何か落とさなかったか?」
「えっと……『操作する触角×4』落としてます」
「触角二本じゃないの!?」
「二本でした」
「じゃあ四本も落とすんじゃねぇーよ!!」
なんか触角四本あるGを考えて、本気で鳥肌たったわ!
「それと、『知能石×2』と……『氷の結晶』が一つ落とすしてますね」
「カルト、『氷の結晶』を譲ってくれないか?実はそれで新しい武器を作りたいんだ」
「勿論ですよ!寧ろ、私が持っていたら宝の持ち腐れですっ!!」
「すまん!助かる!!」
俺はカルトの手元で具現化された、『氷の結晶』を受け取り、バックへ仕舞う。
「他のも分けますか?」
「いや、なんか長い触角見たくないんだけど……」
「長い触角……いやぁああああ!!これ!!全部受け取ってくださいぃいい!!」
「おまっ!?街中で具現化するんじゃ!!?」
何故か触角は20cmほどあり、それがさらに巨大なGの物だと思うとかなり不気味だった。
運営さん……リアリティー高いよ………。