2話 「始めての戦闘」
視界が切り替わり、世界がその視界に映し出される。
そこから見られる景色の素晴らしさに、俺は心を奪われる。
だが、それは事態を把握した瞬間に、豹変する。
「ここが……仮想世界!!」
俺は今すぐ走り出したい衝動に駆られ、足を動かそうとするが、そこで異変に気付いた。
両足が、地上に直立していない。
「あれ?」
どれだけ踏み出そうとも、前進しない体。そして、事態の深刻化。俺は今、いや、もしかすると自由落下なるものをしているのではないだろうか?
そういえば、視界もドンドン下に……って!!
「あいぇえええええ!!?」
今気づいた!!
物凄い音で風切り裂いとる!!
「どうなってんのぉおおおお!!?」
そして俺は、地面と激突し、命を落とした。
「どうなってんだぁあああ!!!」
「セイリュウ様、僭越ながら申し上げますとバグでございます」
「可笑しいだろ!?開始1分も満たないのに、もう俺のプロフィールに死亡回数1の文字が反映されとるがな!」
「運営には強く申しておきます」
「しかも痛覚は電脳世界で感じないとは言っても、やっぱり痛いもんは痛いわ!!!」
先程から全身が痺れるような痛みに襲われている。痛みを感じない。そうは言っても、脳がイメージした痛みを俺は負っているのだろう。
というか、もう魔物に攻撃されても怖くないんですけど。
そして、このゲームのせいで高所恐怖症になりそうなんですけど。
「ここは始まりの街、東ですね。本来ならここから始まるはずでした」
「ですよねー」
俺の周りには、俺のような新規プレイヤーが談笑をしたり、パーティーを組む話などで盛り上がっていた。
しかし、男性ばかりであまり女性の姿は見られない。
「この周辺には女性はいないのか?」
「検索を掛ける事ができますが?」
「いや、ただ純粋に新規プレイヤーの女性がいないなーって思っただけだからいいよ」
「女性プレイヤーと男性プレイヤーの場合、始まる起点が違う場所でございます」
「そうなのか?」
「はい、こちらは始まりの街の西側ですが、女性の場合は南側からのスタートとなります。さらに、申し上げますと、このSONでの男女比率は圧倒的に男性が上です」
「まぁ知ってるけどさ……」
「セイリュウ様。今からどのような行動に出られるのですか?」
「そうだなぁー、とりあえず外に出て肌で魔物と戦ってみたいな」
「承知しました。私はその間、機能を停止しておきますね」
「俺のかっこいい戦闘を見ないだと!?というか、お前さっきから何処から俺に話してんだ?」
リンネの姿は、見渡す限り俺の視界にはない。
一体、どこから俺に話しかけているのだろう?
「脳内に直接語り掛けています。違和感があるならば、姿をお出しする事も可能ですが?」
「あんな美しい姿をこんな初心者たちの前で晒すだと!?できん!!」
「姿をミニタイプに変える事も可能です」
「おお!それなら四六時中一緒にいれるじゃん!そのモードで」
「かしこまりました」
そう言うと、俺の装備していた皮の鎧の懐が青い光を放つ。
このゲームは防具は鎧しか存在しない。それ以外はアクセサリーとして存在する。
武器には力を入れているが、防具にはまるで力を入れていないのも、このゲームの特徴ともいえるだろう。
「このような姿です」
「可愛い!!OKだぜ!!」
リンネはミニサイズの、本当の妖精さんのような姿になる。
可愛さは当然エベレスト級のままだ。
「それでは肩に乗らせていただきます」
「おうよ!じゃあ、行くぜ!!」
俺は歩調を外に向けた。
「兄貴!あいつもあいつも!殺し甲斐がありそうですぜぇ……」
「落ち着けよロック……。まずは、あの単独で外に出ようとしてるあの男だ」
「わかりました。へっへっへ…、新人ってのは本当に殺り甲斐がありますねぇ」
「だからやめられねぇーんだろ?このSONはよう……」
男たち二人が、セイリュウの背後に忍び寄っている事は、今のセイリュウに知る由はない。
☆
「やっぱ最初はオーソドックスな野原だな!!」
「この野原は『始まりの草原』と、呼ばれています。基本的には『粘着スライム』『バード』『スライム』『落ちこぼれナイト』の出現が見られます」。夜になるとこの草原では一番強い、『落ちこぼれナイト』の出現率が上昇します、お気を付けください」
「このゲームで夜までは?」
「現実とリンクしていますが、このゲームで言う夜は19時からでございます」
「今の時刻は?」
「18時37分でございます」
「もうそろそろ、夜に切り替わるな。まぁ、問題ないだろう」
「左方より魔物が接近中です」
「やっと来たか……」
俺は背中に差している一本の鉄剣を鞘から取り出す。
そして、左から接近してきていた3体の粘々とした異形なる物を確認し、ここがゲームであると再認識する。
「御健闘を」
「笑止だぜ!!」
俺は真っ直ぐ、近づいてくる3体の粘着スライムと相対する。
一定の距離になれば、魔物の名前と緑の体力バーが表示される。
3匹が同時に俺に向かって突進の攻撃をする。
俺はそれを一瞬で見切り、2歩後ろに後退し、それを避ける。
こいつらが俺に突進しようと、地面に力を込めて突っ込むまで、約数秒。
恐らく、こいつはそれしか攻撃方法を持たない雑魚。
苦戦はしてられないな……。
「ふっ!!」
俺はまず、3体に中央にいた、粘着スライムを持っていた剣で叩き斬る。
すると、一瞬で粘着スライムのバーは黄色、赤色と変化し、消えた。それと同時に、粘着スライムは、青い光を出しながら四散化し、空に舞った。
その光は風に流されるように、消えた。
そして、俺はまた2歩背後に後退する。
案の定、残った2匹が俺に向かって突進攻撃を仕掛けて来ていた。
俺は再度、同じような攻撃を繰り返し、ノーダメージで粘着スライムを撃退する。
「ふぅ、疲れた」
「お疲れ様です」
「やっぱり雑魚だな」
「このゲームでは、もっとも弱い敵と認識されています」
「それとポケットに道具が入ってるみたいだけど?」
「魔物を倒せば、倒した人にその魔物がドロップしたアイテムが付与されます」
「ふーん」
と、俺はポケットに表示された、『粘々な液体×2』を確認するなり、それを一つ取り出す。
小瓶に入った緑の液体、それは少し禍々しさすら感じられる濃度の高さだ。
俺は小瓶の蓋を外し、その液体を地面に垂らし、水溜りとなった液体部分に触れると、恐ろしいほど粘々していた。
納豆の比じゃねぇーよこれ……。
というか、少しエロいよ……。
疚しい事を考えるのは仕方ない。
だって学生だし?
「後方より敵を確認!」
「またスライムかよ?」
と、俺が背後に振り向くと、黒いネガティブなオーラを出しまくりな、鎧を着用していた騎士が立っていた。
俺はそいつの名前と体力バーを確認し、数歩距離を詰める。
「こいつが落ちこぼれナイト」
その魔物が持っていた剣は俺と同じ物だった。
違う点を挙げるならば、そいつは盾と鎧を持って着用している事だ。
「セイリュウ様、『落ちこぼれナイト』は関節部位が脆いです。しかし、正面からの攻撃はあの鎧で軽減され、単調な攻撃はあの巨大な盾で防がれます」
「アドバイスありがとよ」
「この草原の強敵です」
俺はその言葉だけを聞くなり、魔物との距離を少しずつ詰めていく。
そして、一定の距離になった瞬間に落ちこぼれナイトの持っていた剣が振り上げられ、落とされる。
俺はそれを右に回避し、剣を横に振るう。
小さな音を立て、落ちこぼれナイトの体力バーが減少するが、先程の粘着スライムのようにはいかず、まるで減らない。
「やっぱ硬いな」
と、言葉を漏らしている間に落ちこぼれナイトは攻撃手順に切り替わっていた。
反応に少し遅れてしまい、浅く切断されてしまう。
そして、それだけ俺の体力バーは黄色、つまり真ん中辺りまで持っていかれる。
あれを深く受けたら即死か赤色ゲージは免れないな……。
俺は体力とスタミナを確認し、メニューを開き、『粘々な液体』を取り出す。
この落ちこぼれナイトは俺から距離を詰めない限り、攻撃はしてこない。
それは、恐らく遠距離からの攻撃を防ぐために、プログラムされているのだろう。
遠距離からの攻撃がきたらあの盾で防ぎ、近づけば容赦ない斬撃攻撃。
確かに最初の強敵だ。
だが、それは弱点でもある。
俺は液体を先程のように地面に垂らし、そこを避けて落ちこぼれナイトとの距離を一気に詰める。
落ちこぼれナイトは一定の距離を近づいた瞬間、その剣を隙だらけになりながらも振りまくる。
見切りの力などがなければ、直撃コースだろう。
そして、俺はその攻撃を無駄なスタミナを消費せずに回避し、ある場所に誘い込む事に成功した。
それは、先程垂らした『粘々な液体』の水溜り場所だ。
ギギギッと、鎧が少し軋む音を立てる。
だが、重い鎧とその粘着シートのような水溜りの中では容易には動けない。
「んじゃあ、さようなら」
俺は笑みを浮かべながら、落ちこぼれナイトの関節部位を子供の用に叩き斬り、青い光へと変えた。