13話 「二つの刃」
「や……やめてっ!」
「お前も違う……そんな表情を俺は求めていないっ!!」
ガルディアはゆっくりと『存在しない武器』である『鎧破壊』を振り下ろす。
少女は自分の危機的状況から目を背けるように両目を閉じる。
しかし、響き渡った音は残忍な斬撃音などではなく、剣と剣が交わる金属の不協和音だった。
「お前が……ガルディアだな」
「………だとしたら?」
「お前を……殺すっ」
静かな殺意がガルディアに向けられる。
そんな殺意を向けられたガルディアは恐怖など殺意を返すことはない。
「それだよぉおお!!その殺意だぁああ!!俺はそんな殺意を壊すのがたまらなく好きなんだよぉおおお!!!」
ガルディアがもう一本の『存在しない武器』である『痛覚倍増剣』を男に向かって振り下ろす。
男はそれを予期し、『バックステップ』で後ろに跳躍し、距離を置く。
「………中々できるな」
☆
ガルディア 35LV。
セイリュウ 31LV。
俺とあいつの間には4LVの巨大な壁が存在する。
しかし関係ない。そんな物は技量だけで乗り越えて見せる。
「お前を倒す前に聞きたいことがある」
「なんだよ?興が覚める前に早く殺り合おうぜ……」
狂気染みた殺意が俺に向けられる。なんでこんな奴がSONにいるんだよ……。
いや、殺しが許されるSONだからこそなのか……?
ただの殺人鬼より少し頭がいいようだ。少し剣を交えたからわかるが、あいつはただガムシャラに剣を振り回してるわけではない。
考えて、隙なく攻撃を繰り出している。
30LVは伊達じゃないってとこか………。
「ハルカは無事なのか」
「ハルカ?……ああ、お前ユメカの連れかハルカの恋人か……」
「無事なのか」
「俺の部屋とは言えんが……監禁はしているなぁ……。無意味な拷問をして叫び疲れて今は寝ている。あいつはいいなぁ、どれだけ拷問をしても心が壊れない……」
「この下種がっ!!」
頭に血がのぼり、俺は思わず無謀な突撃をしていた。
ガルディアは軽い身のこなしで、それを避ける。そして背後に周り、剣を振り下ろす。
駄目だ、避けられない。
「投擲の剣!!」
「あ?」
俺は予め懐に閉まっていた、小型ナイフをガルディアの胸に向かって投げる。
カルトにあげようと思っていたが断れたナイフだ。しかし、役には立った。
「ぐぁあああああ!!?」
「痛いだろう?ユメカから聞いたかもしれんが、それは痛みを見事に再現する剣なんだよ」
「あっ……ぐっ……!」
倒れそうになった体を意地で踏ん張らせる。
これが斬られる痛み……。
浅いとは言え何という痛みだ。ラノベやドラマじゃあ軽い気持ちで見てたけど……。
こりゃあ……やばいな……。
出血こそはしていないが、俺の想像を遥かに超える痛みだ。予想より痛すぎて倒れそうになったじゃないか……。
「いいねぇ……なんて壊し甲斐のある殺意だ!」
「っ!?」
俺は左腕にあった盾で咄嗟にガルディアの攻撃を防ぐ。しかし、盾は一瞬で四散し、俺の懐は隙だらけとなる。
「バカな!?」
盾をも一瞬で破壊する……。
これが『鎧破壊』の威力だと言うのか!?
ガルディアは既に『痛覚倍増剣』を振り上げていた。完全に隙だらけだった。しかし、もうナイフはない。
「もう懐にナイフはないよなぁ!!だって誘い込んでおけばあの時、頭を狙えばいいもんなぁああ!!!」
「てめぇ……!」
こいつ、なんて小回りの利く奴なんだ……。
刹那、二度目の斬撃の痛みが俺を襲う。
「うぐぁああああ!!!」
「もう終わりか?」
「まだだ!まだっ!!」
俺は痛みを掻き消すように、『回復薬』を飲み干す。
そして、空になった瓶を投げ捨てる。
多少の感覚だが、少し痛みが消えた気がした。
「それでいい、俺は男の苦痛の声の方が萌えるんだ」
「キモイやつ……」
「楽園を壊す目的があるんだ。お前ごときに負けるわけにはいかねぇ」
とあるプレイヤーが『存在しない武器』を所持していた。
しかし、彼はプレイヤーたちの罠にはまり、殺されてしまった。
彼は復讐をせんと、『存在しない武器』を取り出そうとした。だが、その武器は存在しなかった。
『存在しない武器』の所持しているプレイヤーは他プレイヤーに殺されれば存在を失い、完全消失する。
それが、『存在しない武器』を破壊する、唯一の方法であり、こいつの狂いを止める最初で最後の手段。
「ほらほらっ!!最初の威勢はどうしたんだよ!!」
「ぐっ!!?」
「剣で身を守っているだけじゃあ!!悪戯に耐久値を減らすだけだぜぇええ!!」
隙の無い二刀流の連続攻撃!
黒鉄の剣の耐久値が減っているのが、なんとなくわかる。『存在しない武器』の強みは存在しない故に、耐久値が存在しない事だ。
そのために恐れなしで攻撃を繰り出すことが出来る。
………もう一気に畳みかけるしかない!
「うぉおおお!!!」
「うぉ!?こいつ!!」
俺はガルディアの剣を弾き、ガルディアのバランスを一瞬だけ崩す。だが、こいつの実力からして一秒ほどで防御できる体勢にはなるだろう。
しかし、これならば……!
「『刹那七連撃』っ!!」
「しまっ!?」
この片手剣の必殺スキルならば……!
「ばぁーか」
「!?」
握っていたはずの黒鉄の剣が四散し、俺は一瞬、何が起きたか理解できなくなる。
あいつは何をした?俺が攻撃を繰り出す前に何をした……?
「理解ができてないようだな」
ゆっくりと俺に近づいてくる狂気な足音。
一歩近づくたびにあの痛みが脳で再現され、体が震えだす。
「その恐怖する姿だ……いいねぇ!!」
「あっ……ああぁああああ……!!」
「逃げるか?なら、俺は死ぬまで追いかけてお前を壊すだけだっ!」
「うぉおおおおお!!」
俺は逃げると見せかけ、ガルディアに向かって拳を振り上げる。
無謀な攻撃だった。
ザシュッ!と、俺の体が『痛覚倍増剣』で斬られる。
今まで一番深く。重い剣だった。
俺に英雄は無理だったか……。俺にはやっぱり、サブキャラクターのような犬死が一番似合っている。両膝を付き、俺は立ち上がれなくなる。
「『刹那七連撃』なんて、防御しようと思えば防げるんだよ。お前は最後の最後で詰めを誤ったんだ。普通に剣戟を繰り出すべきだったなぁ」
完敗だった。
諦めるや悔しいという言葉がでないほど、ガルディアと呼ばれる狂気の男は強い。
それこそ、狂気染みた強さ。というところだろう。
「ごめ……ん……飛鳥……こんな弱い男で……」
そして、朦朧となる意識が最後に聞いた声は―――――
「もうやめて」
意外にもユメカの声だった。
俺はその後、すぐに痛みで意識を失ってしまっていた。