12話 「存在しない武器」
ユメカ……。助けて、ユメカ………。
ユメカに助けを求める声の主である少女はその手を必死に伸ばすが、ユメカはそれを掴めないでいた。
どれだけ手を伸ばしても、その手には届かない。それがこの世界の現実。
強さだけが全てを証明する、このゲームの現実だ。
ユメカ……助け………。
そこで少女の声は断末魔のように途切れる。
その理由は簡単だ。少女の全てが鮮明な赤に変わったからである。
「いやぁあああああああ!!!!」
「ユメカさん!?大丈夫ですか!!」
ユメカは必死に呼びかけるカルトの声で我に返る。
カルトは触手のように伸びていた弦を持ち前の小型ナイフで斬っていた。
しかし、カルトの表情には一切の余裕すらなかった。
「私はどうして眠って……」
「ユメカさんはこいつの神経毒で意識遮断麻痺に陥っていたんです!」
意識遮断麻痺。
このゲームで二番目に恐ろしいと言われる状態異常だ。
何が恐ろしいかと言ってしまえば、ゲームからも、現実からも確実に意識が遮断されるからである。
つまり、無の時間がそこに発生するのだ。
ユメカは自分の置かれていた状況を改めて思うとゾッとした。
そして、そんな恐怖を断ち切るように奮い立ち大剣を手に取り、持ち前のスキルを発動する。
「こんな所で負けられない!」
『真空斬』が奇妙な化け物に向かって放たれる。
化け物は避ける事無く、その身を朽ち果てさせる。
「行くわよカルト」
「………」
カルトは音もなく、その場に崩れ落ちる。
「カルト!?」
倒れたカルトに呼びかけるが返事はない。
両目は明らかに黒を見ていた。この状態はまさしく………。
「ぎぇええええ!!」
「こいつもう一匹いたの!?」
無数の触手がユメカに襲い掛かる。
あの触手の先端にある針のような物に体を刺されれば、間違いなく意識遮断麻痺状態に陥るだろう。今のカルトのように。
しかし、意識遮断麻痺はそれほど長くは続かない。長くても30秒と言ったところだ。
「それまで私がカルトを守る!!」
無数の触手を大剣で振り払う。
だが、敵はそれだけでは終わらない。
「ぎぇええええ!!!」
「なっ……背後から!?」
絶望的だった。
前後からの無数の触手による攻撃。5秒も保てる気はユメカにはしなかった。
「こんな所で……」
「諦めんなバカ野郎!!!」
「ぎぇええ!?」
ユメカの目の前にいた、一体の『触手廻』が奇妙なうめき声と共に四散する。
そして、その四散する中に一人の……見覚えのある男が立っていた。
☆
「ぎぇええええ!!!」
もう一匹の『触手廻』の標的が俺に変わったのか、無数の触手が俺に向かって飛んでくる。
だが、数など大したことはない。それが断ち切れるものならば。
「こんなもん、『守護者』に比べれば余裕だね!!」
俺は襲い来る触手を片手剣で斬る。
こいつの触手攻撃は全て正面からで対応がしやすくて助かるわ……。
「やれユメカ!!」
「言われなくても!!」
先程まで絶望していた少女は表情を入れ替え、大剣を握りしめ、空中に舞い上がり『触手廻』を縦に一刀両断する。
流石の一言に尽きる。あの大剣を持ってよくあそこまで飛翔できるものだ。
「助かったわ」
「お前こんな奴らに苦戦するのに一人でここへ来る気だったのか」
「いきなり何?あなたには関係ないでしょ?」
「こんな奴に二匹襲われるだけで手一杯なくせに『守護者』が倒せると思ってんのか」
「ふ……ふん!適当な囮を頼む予定だったのよ」
「それが俺か?まぁいいけどな、俺は倒せたし経験も豊富になった。だけどな」
俺はユメカの頬を引っ叩いた。
ユメカは一瞬、何がされたかわからないような顔をしていた。そして、すぐに鬼の形相に代わり俺に詰め寄る。
「あんた!!乙女の頬を叩くってどんな神経してんのよ!」
「お前はカルトの命を危険に脅かした。俺はそれが許せねぇ」
「なによ!どうせこの世界で死んでも現実では私たちは眠ってるだけでしょ!」
「お前さ、何か根本的に俺と考えが違うと思うんだが……命に価値なんてないし、等しく同じものだろ?例えそれが死なない命でもさ……命は大切にしろよ?」
「あんたはなんでそんなバカな考えを押し通そうとするのよ………」
「セイリュウさんらしいです」
カルトが苦笑しながら立ち上がる。
その姿を見てユメカも安堵したように笑みを見せる。
そして、突然張りつめた糸が切れるように泣き崩れる。
「お……おい?どうしたんだよ」
「ユメカさん?どこか痛いんですか?」
「痛いよ……心が……ごめんね……」
「いきなりどうしたんだよ……お前らしくない………」
「私を助けてよぉ………私たちを助けてよ……」
ユメカは突然、子供の用に泣きじゃくる。俺たちにはまるで意図が読めなかった。
ユメカはゆっくりと、その口を開き、自分の置かれている状況を話し始める。
「私は……一人の友人と一緒にこの世界へ来て閉じ込められたの」
「へぇ、同じアイドルなのか?」
「違うわ……幼馴染って奴よ」
「その幼馴染に何かがあったと思っていいんだな」
俺がそう言うとユメカは力強く頷いた。
その両目は覚悟を決めた、全てを打ち明ける覚悟の瞳を持っていた。何が彼女をそうさせたのか俺には分からないが……。
信用をしてくれているなら俺はそれに力ある限り応えるだけだ。
「ガルディア。この男のせいで私は……」
「なんだそいつ?聞いたことのないプレイヤーだな」
一応上層のプレイヤーたちの名前は頭に入れている。つもりだ。
「彼の剣の腕は恐らく上層のプレイヤーすら凌駕するわ」
「ならどうしてそいつは表に出てこない」
「それはあいつが裏のステージの主だから」
「それって、キルプレイヤーって事ですか!?」
「殺しだけを楽しむ暗殺者ならどれだけ楽だったか……」
カルトは奥歯を噛みしめ、そのガルディアについて語りだす。
その男の悪魔の処遇を。
「「防具破壊!?」」
俺とカルトは揃って声を荒げる。
「そう、彼は絶対に不可能な衣服の破壊を可能とした武器を所持している」
「おいおい聞いたことないぞ?防具に耐久値があるなんて」
「私もそんな話は聞いたことないです……」
「彼はその武器を酷使し、少女の防具を破壊した」
「変態じゃないか……」
「そんな変態ならもう少しましだったわ!!」
ユメカが声を荒げる。
こんなに震えながら怒っているユメカを見るのはテレビでも見たことがない。
本気で怒り。本気でその男を恐れているようだ。
「彼は二つの『存在しない武器』を所持している」
「なっ!?『存在しない武器』だと!!」
「なんですかそれ?」
「その名の通り。存在しない武器だ」
「えっ?だけどその人は持っているって」
「そう本来は存在しないはずの運営のミス演算により生み出されたのか、わからないけど恐ろしい効力を秘めた武器。それを所持しているプレイヤーは表向きにはたった一人しかいないと言われているわ」
「俺も知ってるぜ」
「誰ですか?」
カルトは無知で可愛いなぁ。
「ギルラフル。別名、英雄王と呼ばれる現時点で最強のプレイヤーだ」
「一体どんな武器なんですか……」
「さぁーな……ギルラフルは普段はソロプレイヤーだし、自分のその武器をあまり使いたがらない。さしづめ、チートが嫌いなチート保持者だな」
「だけどそんなギルラフルより、カルディアは恐らく強い」
「なんなんだその男の『存在しない武器』ってのは」
「彼が所持するのは二本の黒い剣……『鎧破壊』と『痛覚倍増剣』と呼ばれる最凶最悪の剣……」
「ダメージ……」
「ショック?」
「このゲームでの痛覚は半減されてるのは知ってるわよね?」
「ああ、本来の剣で斬られる痛みを再現すれば失神者は増えまくりだしな」
「その剣はその痛覚をそのまま味あわせる」
「何……?」
「つまりその剣に斬られたら現実で斬られるような痛みが押し寄せるって事ですか!?」
「そう、しかも防具を破壊した後に……!!」
あまりの恐ろしい武器に俺は思わず絶句する。
だが、それがユメカにどう繋がるのか俺にはわからなかった。
「彼は楽園に入ろうとしている」
「楽園だと?」
「もう一つの楽園と呼ばれるべき場所……『妖精の花園』」
「あそこは迷宮であって迷宮じゃないって言われてるが、あそこに入るには……」
「何か条件が必要なんですか?」
カルトは本当に無知で可愛いな。
「『溶岩結晶』『氷山結晶』『雷山結晶』の三つの秘宝結晶を集めなければならない」
それがどれだけ大変な事か……。
『溶岩結晶』はこの中でもっとも楽に入手できると言われている。
「なんか凄そうですね……。それでその迷宮の中には何があるんですか?」
「一度入ったプレイヤーが二度と帰ってこなくなるほどの楽園がある―――そう言われている」
「一体なんですか!?凄く気になります!!」
「行ったプレイヤーはまだ二桁を行ってないが、誰一人として帰って来てない。だから実態は掴めずにいるんだ」
「そんな迷宮が……」
「ユメカはそこに行くために必要な『溶岩結晶』のためにここへ来ているって事か?」
「半分正解ってとこね……カルディアの話に戻るわ」
「あ……ああ」
そのユメカの真剣な表情が崩れない事が少し腑に落ちなかった。
「私と友人はカルディアと出会ってしまったの」
「なっ!?」「えっ……!」
俺とカルトは同時に息を吞む。
それは今の聞いた話を聞く限り、カルディアと言う男と出くわすのは殺人鬼と出くわすような物だからだ。
「夜の森でね……私たちはその時カルディアの事なんて知らなかった」
「えっと……どうなったんですか?」
「斬られたわ。防具越しだったけど『痛覚倍増剣』でね」
俺は思わず息をのむ。
つまりそれは実際に剣で斬られたような物だ。
「私はその痛みに叫んだ。そして彼はその叫びを聞いた瞬間に狂ったように笑い出したの。ログアウトはできなくなったその日の出来事よ」
戦慄する。
それは逃げられないと言う事だから。
「私の友人は……ハルカは……あいつに捕獲されてしまった……」
☆
「うわぁああああああ!!!!」
ユメカはその鋭い痛みに痛みの絶叫を上げる。
今までに感じた事ない、本当に血の気が引く様な斬撃だった。
ユメカは自分の体力バーを確認するが、3割ほどしか減少はしていなかった。
「一体……何が……」
「ユメカ!!あんたいきなり何を!!」
「あひゃひゃひゃ!!!あっはっはっはーーーーー!!たまらねぇえええええ!!!それだ!!その声だぁああああ!!!あっはっはっはーーーーーーーー!!!」
「こいつ……狂っている…!?」
「ユメカ逃げて!!」
「駄目よ!!ハルカも一緒に!!」
「私の双剣でこいつを倒す!!」
ハルカは馬鹿笑いするガルディアに向かって二つの刃を振り落とす。
だが、カルディアはあっさりとその太刀筋を見破り、その攻撃をユメカを斬った剣で受ける。
カルディアの両手には漆黒の剣が握られていた。だが、二つの形が少し異なる事から二刀流の使いである事がわかる。
「お前のその決意と恐怖に満ちた顔………ああ……ぁああああああ!!!壊したい!壊したい壊したい壊したい壊したい壊したいっ!!!壊させろぉおおお!!!!!」
「ぐっ!?こいつなんて力!?」
ハルカの双剣がその力に押し負け、吹き飛ばされる。
そして、カルディアのもう片方の剣がハルカを斬った。
「ハルカぁああああ!!!」
「この程度なら……」
「ハルカ!?」
「えっ!?なっ……きゃぁああああ///」
ハルカは女のような叫びをあげる。
理由としては簡単だ。防具が四散したのである。
「一体何が……」
ユメカが現状の状況把握ができないでいた。
ハルカは素肌を晒し、その場に崩れ落ちる。
だが、殺人鬼はゆっくりと近寄る。下種な笑みではなく、本当の殺意を見せながら。
「そんな叫びじゃない……俺はお前の苦痛の顔とそれに歪む顔が見たいんだよぉおおお………」
「やめて!!お願いだからぁああ!!!」
「ああ……その顔もたまらねぇ……」
ガルディアは迷うことなく、ユメカに振り落とした剣を裸の無抵抗なハルカに振り下ろす。
「うぐぁああああああ!!!」
「ハルカぁああああ!!やめて!!」
「もっとだ!!もっとその声を聞かせろぉおおお!!!」
ガルディアは回復アイテムの小瓶をハルカの口に無理やり投入する。
「はぁーはぁー……」
「おらぁあああ!!」
そして、剣を突き刺した。
ハルカの顔がまたも悲痛な表情になる。
「うぐっ!!?ぁあああああああ!!!!」
「やめてよぉおおおお!!ハルカが死んじゃうよぉおおお!!」
「ああああ!!たまらねぇ!!いい声で叫び上がる……おい女」
ハルカはあまりの痛みに意識遮断麻痺に陥り、昏倒していた。
だから呼びかけられているのは自分だとユメカは理解した。
「俺はな楽園を壊したい」
「何がいいたいの?」
「『妖精の花園』ってのは知ってるよな?」
「それがどうし……うぐっ!?」
剣でユメカの頬を少し斬る。
それでも死ぬほどの苦痛が感じられる。
「便利だろ?この剣は『痛覚倍増剣』ってな?現実と同じ痛みを相手に味あわせることが出来る『存在しない武器』武器だ」
「私にどうしろと……」
「必要な三つの結晶を五日で俺に寄越せ」
「なっ!?五日で難関ダンジョンをクリアしろっていいたいの!?」
「それができないなら俺はこの女を痛み壊す」
「なっ!?」
「いいねぇその表情。俺は好きだよ」
「下種め……」
「俺は悲鳴とその顔が好きで好きでたまらないんだよ……お前を今この剣で『鎧破壊』で素っ裸にして壊してもいいんだぜ?」
その壊すは心を、という意味であろう。
「俺は楽園を地獄に変える。ああ!!!ゾクゾクするねぇ!?そうだろう!!?」
「わかったわ。その時はハルカを解放して」
「もちろんだ。いいな五日後、この場所に来い。来なければこの娘の精神は壊れると思え。安心しろ、俺は女の裸に興味はない。ちなみに男の方が好きだ」
「くっ!!!」
「その顔をもぉおおお!!好きだぜぇえええ!!」
「ハルカ待っててね……私が助けるから……」
ユメカはガルディアに背を向けて歩き始める。
闇夜の森を。覚悟を決めて。
☆
「そんな事が……」
カルトは掛ける言葉が見つからないのか、絶句していた。
それほどまで、ガルディアという男は歪んでいた。完全に狂気に満ちている男だった。
確かに殺人鬼って言葉の方がお似合いだな。
「私はハルカを助けたい!!だからお願い!!迷宮探索に!!」
「その必要はない」
「えっ?」
「俺がそいつを倒せば万事解決って事だろ?」
「なっ!?無理よ!!あいつの剣筋はまるで見えなかった!!あんたじゃあ!!」
「諦めたら終わりだ。傲慢の迷宮も誰かが諦めたら誰もクリアできない」
「なんで私の為にあんたが戦うのよ!!」
「友達だろ。友達が助けを求めるなら俺はそれに出来る限り挑むだけだっ!!」
「どうして……」
「お前のそんな泣き顔は似合わないぜ。お前はいつも不遜な感じでさ、俺を見下して高笑いして大剣振るってる姿の方お似合いだ」
「セイリュウさん……私は……」
「ユメカの傍にいてやってくれ」
「はい……」
その声は頼もしい声だった。
「そんじゃあ英雄主人公気取りな無謀な戦いを始めますかね」
俺は駆けだした。