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のけ者のエレジー

作者: 平藤 紺

 あるところに緑に溢れた小さな国がありました。

その国の首都には白いお城があり、そのお城は花に囲まれたいそう綺麗だったそうです。

お城にはお花の大好きな王様と、王妃様と、可愛い3姉妹のお姫様がおりました。王様は家族を愛し、そして民も愛し、とても良い王様だと言われていました。

しかしある日、お姫様に一目惚れした各国の王子様達がお城にやってきたのです。

1人は東の火山がある火と鉄の国の王子様。3姉妹の長女、赤薔薇のドレスの似合う姫に一目惚れ。

1人は西の海がある水と魚の国の王子様。3姉妹の次女、青水仙のドレスの似合う姫に一目惚れ。

1人は北の雪が降り積もる吹雪の国の王子様。3姉妹の三女、白百合のドレスの似合う姫に一目惚れ。

 王様はとても悩みました。お姫様たちも突然の事に驚きましたが、皆悪い人達には見えません。

王様は3日間の期限を王子様に与えました。この期限内に、お姫様たちを惚れさせれば良いという条件をだしたのです。

そして三日後、3人のお姫様たちは王子様たちの元へ行く事にしました。どうやらお姫様たちも王子様に惚れてしまったようです。

王子様たちはそれぞれ国に戻って結婚式を挙げました。それぞれの国にも花が咲き誇るようになり、お姫様達と王子様達は末永く幸せに暮らしたそうです。


「めでたしめでたし。誰でも知ってる、平和な可愛いおとぎ話だ。」

「その続きを知らない?」


可愛らしい話には打って変わって不釣合いな、薄暗くて小汚い地下室で少年は仮面の吟遊詩人に尋ねた。ランプが一つ天井に吊るされているが、時折足音と共にぶらぶらと揺れる。

ランプが揺れる度、影も揺れる。仮面の詩人の表情は仮面にも、影にも邪魔されて読めない。


「知っているさ。…王が物語から消してしまった、哀れな4人目のお話。」


王様には、実はもう1人姫がおりました。その姫も、見初めた相手がいたのですが王様はそれを決して許しませんでした。

その相手の王子様は、南の砂漠の国から来た王子様。なんとか許しを得ようと王様に何度も会いに行きましたが、王様はダメの一点張りで話を聞いてさえくれません。

お姫様も王様に頼みますが、それでも耳を貸してくれません。とうとう王様は、この世から失われたはずの魔法を使って姫をクリスタルに閉じ込めてしまいました。

王子様はそれを知らずに毎日毎日王様へ頼みに行きます。王様はこのことを王子には知らせず、しかも彼を、姫に呪いをかけた罪人、禁じられた魔法を使う異端者というお触れをだしたのです。

国中の人達は王様を心から信頼しているのでそのお触れを疑うことなく、王子を迫害し、捕らえて処刑してしまおうとしましたが、王子はなんとか国から逃げることは出来ました。


「その後の王子の行方は誰も知りません…、てな感じかな。どう?あってた?4人目の王子様」

「…一応、ばっちり。吟遊詩人もたまには当てになるものなんだね」

「たまに、とは酷い言われようだ!…でもまさか、ご本人に会えるとはね。感激だよ。詩人冥利に尽きる!」


声音を高くし、さも楽しそうに言う吟遊詩人に少年は肩を竦めてため息をつく。


「大げさだなぁ。でもなんで僕が姫のことを最初知らなかったっていうのまで…」

「彼女と君の仲を応援していた侍女か召使いが、君へ密かに話した。違うかい?」

「アタリ。なんとまぁ…吟遊詩人、侮るでべからず、だな」


詩人は口元に笑みを浮かべていたが、肩を竦めておどけて見せた。王子と呼ばれた金髪の青年は小さくため息をついては腕を組むと揺れる明かりの中、真剣な目で詩人を見つめて言う。


「そんな博識な吟遊詩人…ヘレジー、君に問おう。その姫を救い出す方法は無いか?」


 へレジーと呼ばれた吟遊詩人は口元の笑みを崩さない。にやりと笑んでは、くすくすと肩を震わせながら笑う。

真剣に見つめる王子の目を、仮面越しに見つめてはまた笑う。王子からはその詩人の目は見えない。揺れるランプの作る影の所為か、それとも鈍く銀色に光る仮面の所為か。


「その名前で呼ぶという事は、手段は選ばないという事だね。王子様。」






 2人は上の階が落ち着いた頃に地下室を出た。小屋を燃やされては生き埋めになる可能性もあったからだ。

王子はフードつきのローブを羽織り、すぐさまフードを目深く被る。今やこの花の国は、金髪というだけで迫害され、役所に連行される。

金髪なのは砂の民の証。しかし探せば砂の民以外でも金髪の者など居るのに、無関係の人にはまったくはた迷惑な話だろう。

なるべく人の目が届きづらいような深い深い森を、木々を掻き分け進んでいく。歩きながら2人は少し小さめの声で喋る。


「さて、王子様。俺の正体を見破った君に教えてあげよう異端的な画期的方法を!」

「まったまったちょっと質問。ヘレジーなんて伝説上の生き物だと思ってたんだけどこうもあっさり出てくるとなんか…拍子抜けというか…」

「なんだい人を探しておいて…手早く見つかって良かっただろう?」


 ヘレジーとは、その時代の常識、世界、見解、正統、政府、国…全てを覆すもの。全てを壊すもの。と、言われている。

なのでどの時代でも王はヘレジーを探しては殺そうとするか、自分に危害を加えないよう言いくるめたいか、はたまた最初から信じていないかどれかで、ヘレジーだとわかれば即捕まるだろう。

だがヘレジーの特徴など、どの文献もバラバラだ。動物だった時もあれば、今のように普通の人の姿の時もあったという。今の彼はどうだ?嘴のようなものを模した仮面をしているものの、黒い短髪、濃紺のマフラーにコート、身体的特徴はなんら人間と変わらない。


「そう、俺はヘレジー。俺は今まで起きた事象についての理由や思惑を全て知っているよ。でも未来はわからない。そこまでは万能じゃないからね」

「ちょっと色々お前について教えてくれ」

「それは構わないけれど、…人に尋ねる時はまず自分からって言わない?」

「……僕はペリド。ペリドライト・ラド・サンクォーツ」

「長ったらしい名前だねぇペリーでいいかい?」

「なんかやだなその略し方…せめてぺリドにしてくれないか?」

「はいはい」


茂みを踏み倒したり林を掻き分けた甲斐あってか、目の前には開けた小さな泉があった。まるでオアシスに出たような気持ちだ。

とりあえずヘレジーの話を聞こうと振り返れば、彼は髪やコートについた小枝や葉っぱを払い落としたりブーツに挟まった枝を落としたりと急がしそう。


「俺達ヘレジーは全ての事象が起きた理由、その他諸々エトセトラ、全部知ってる。だから君が逃げている理由も知ってるし、あの魔法の解き方も知ってる。まぁ物知りな吟遊詩人とでも思ってくれよ」

「ん?俺'達'って?」

「俺達は俺達さ。ん~…ヘレジーが情報を伝える為の窓口になっているのが俺。でも世界中に'目'があるんだ」

「…目?」

「そ。目。ヘレジーは世界中の視界から伝わる情報を司ってる。で、俺は伝えるための存在。」

「……ともかく、その目があるから、お前は全部を知ってる、ってわけか?」

「まぁそういう事にしといてよ、間違ってないし。」


漸く全ての枝が払い終わったのかヘレジーは笑って手を叩いて汚れをぱんぱんと落とした。近くにあった切り株に座っては、仁王立ちしたペリドを見上げている。


「では一応ヘレジーの証拠という事で、今までの君の行動を振り返ってみようか?あらすじは大体あの御伽噺どおり、君は辛くも逃げ延びて祖国に帰ろうとしたら検問に引っかかり失敗、なるべく治安の悪い街を転々としていたら酒場で俺と出会う。ここまでの期間としては一週間ほどかな。で、近くの山小屋に逃げ込んで…とこんな感じだね。」


ついさっきまでのことはともかく、その前も全部当たっている。本当にこの男はヘレジーなのだと再確認しては力が抜けるようへなへなと近くの草の上に胡坐をかいて座った。


「…大当たり。」

「どーも。まぁ、あの花の国の王には俺もうんざりしてたから、君に協力する気は満々なんだよね俺」

「そうなの?」

「そうなの。で、あの魔法の解き方はいたって簡単、方法は三つ。魔法の本を燃やす、かけた術者を殺す、クリスタルを粉々に割る。お好きなのでどうぞ。」


三つ指折ってから言うとその三本を立ててペリドの前に出してはどうする?と小首を傾げるヘレジー。


「あっさり言うなぁ…どれも難しいことじゃないか」

「そうだねぇ、難易度的には術者を殺すのが一番手っ取り早いかな。王を殺せば良いだけだし」

「は?!」

「当たり前だろー?何言ってんのさ。」

「いやいやいやちょっとちょっと!流石に殺人は…!」

「えぇ…自分が今殺されかかってるのにそういうお人よしな事言っちゃうのペリー…」

「ペリドにしろって!ったく!…いや、まぁ確かに僕狙われてるけど話せばわかってくれるかもしれないし」

「そういうの、やめたほうが良い。君が死ぬよ。」


今までのおどけた雰囲気とは違って真剣みを帯びた声で諌めたヘレジーに、ペリドは言葉を詰まらせた。

花の王は誰にも優しく、国民の声も良く聞いて、わけ隔てなく接してくれる…と各国、国民共々評判は上々だ。

確かに、実際会ってみれば白い髭を蓄えた柔和な表情を浮かべる、優しそうな初老の男だった。彼女の話を出すまでは。


「実際王は君を陥れた挙句、国民まで欺き、利用してる。そういう度が過ぎた嘘は俺大ッ嫌いなんだ。」

「嘘……」

「そうだよ。あの話だって綺麗に綺麗に脚色した嘘さ。王は他の王子と違う君を危険視したんだろうね。」

「他と違う?僕が?」

「そう。他の王子のように嘘やまやかしで誤魔化せない、目をくらますことが出来ない。そう判断したから処分しようとしてるんだろう。君はとても立派な目をしてるから」


ペリドは自分の瞼辺りを触る。目が立派とは言われたことがない。…いや、一度彼女に綺麗といわれたことはあった。琥珀色に緑がかっていて素敵。まるで森が琥珀に閉じ込められたみたい、と笑って褒めてくれた。…それを思い出して少し照れくさくなって、そっぽを向く。

その様子にヘレジーは首を傾げたがふと、辺りを見渡した後素早く立ち上がった。


「…追っ手が来る。行こう。」

「え?」

「さっきの兵がこの辺りを散策してる。……人が居ない場所……よし、こっち。」


ヘレジーは額に右手を当てて少し考え込んだ後、ペリドの手首を無理矢理掴むとそのまま走り出す。ヘレジーの足の速さに驚いたが、それよりも後ろから本当に追っ手であろう人の声がした。

おい、人がいた形跡があるぞ!まだ近くにいるはずだ!探し出せ!怒鳴り声のような、荒立った声と、沢山の足音。怖かったが、ヘレジーの足について行くのに足が竦む暇がない。

森の奥、さらに奥と木々を走り抜ける。葉っぱの隙間から見えていた夕日の光が段々無くなっていく。それにまた恐怖を覚えたが、この掴まれた手が離れた時どうなるかを考えた方がもっと怖かった。

気がつくと辺り一面の暗闇。近くの木の形くらいしかはっきりとわからず、遠く奥深くなんて真っ暗だ。


「この穴ぐらに隠れよう。ここなら見つからないだろうし。」

「ハッ、…は、…ハァッ…」

「あらら。大丈夫?ペリー」

「だいじょう、ぶな…わけあるかッ…、!」


両膝に両手をついて下を向きながら呼吸を整えるペリド。若いのにだらしないなぁと一声かけてぽんぽんとその垂れた頭をヘレジーは撫でてから彼の息が整うのを待つ。

漸く前を向いたペリドは、自分が真っ暗な暗闇だと思っていたのが先程ヘレジーが言っていた穴ぐらだという事に気付いた。


「この穴ぐら、本当に安全なの…?クマとか居たらどうするんだよ!」

「大丈夫、ここの穴にはもうクマはいないよ。ちゃんと確認したから」


そういうとヘレジーは近くの枯れ枝や葉っぱをいくつか拾って、その真っ暗な穴へと向かう。と思えば振り返ってペリドの近くへ戻ってきた。


「ペリーはマッチとか持ってる?」

「持ってるけど…っていうかペリーはやめろって!」

「一本頂戴」


 枯れ枝達は片腕で抱えてもう片手で催促された。腰のポーチからマッチ箱を取り出すと彼に手渡す。

彼は枯れ枝達を肘の内側に抱えなおし、箱からマッチを取り出しては一発で火をつけ、枯れ枝の先へと火を灯し始めた。


「お、おいこんなとこで火なんて起こしたら火事になっちゃうよ!?」

「ならないならない。俺をもちっと信用しなさいな。そこまでデカい火にはしないよ。ちょっとした暖と、ちょっとした明かりにするのさ」


何本かの枯れ枝を束ねて小さなたいまつのようにするが持ち手の方へと段々火は浸食していく。その間に彼は枯れ葉を穴ぐらの石床に小さな丸座布団くらいの大きさで、こんもりと山のように敷いていた。

そしてもうちょっとでヘレジーの皮手袋に引火してしまう!というところで彼はその枯れ葉の山のへその火を投げたのだ。

火は枯れ葉に引火し、先程より燃え上がる。そこに沢山の小枝をまた投入して一段と火が大きくなった所で太めの枝を何本かヘレジーがどこからともなく持ってきた。

へレジーの手際のよさに、ペリドは唖然として見ていただけだったが彼が振り返って笑ったのでハッと我に返る。


「ちょっとしたキャンプファイヤーってところかな。あ、薪がわりにこの枝ね。」

「…なんでこんなに手際が良いのさ」

「慣れだよ慣れ。君もマッチを常備してるくらいだ、旅には慣れているんだろう?」

「うん、まぁ」


 穴の奥を覗き込んだりしてみたがそこまで深くなかった。火は丁度穴ぐらの中心、ちょっと出口側に位置しているので穴ぐらの壁によりかかっていても暖かな風が来る。

着ているローブのお陰もあって大分暖かいが、それでも夜は寒い。時折火に手をかざしたりしながら暖をとる。

肩にかけていた鞄と腰に下げていた剣を下ろし壁際に置き、ため息をつきながらペリドは壁を背もたれに座った。その対面にヘレジーは座る。


「今日は一晩ここで野宿かぁ。…ああ…あの子のところまでは遠いなぁ…」

「そんなの今さらじゃないか」

「うっさいうっさい!…っていうかさ、あの三つの方法はまだいいとしても、まず城に入れないから無理じゃないか!」

「無理じゃないよ。侵入については方法が二つある。」


 ビシッと人差し指と中指を立てて2、と示す彼はまず中指を折る。残った人差し指が、ゆらゆらと炎と一緒に揺れて見えた。


「一つは俺の目を利用すること。すごい神経使うけどなんとか出来なくもない。あと運もちょっとあるかも。」

「目を使う?」

「言っただろ?世界中に俺の目があるって。俺は生きとし生けるもの、全ての視界を見るというか…勝手に俺に流れ込んでくるんだ。あと気持ちもちょっと覗けちゃうし。」

「だからさっきの追っ手に気がついたのか…!」

「そ。世界中の生き物の目が、俺の目なわけ。だから城中、いや町中の視界を覗いて誰も見ていない、気付かれない死角のルートを発見する事も出来ちゃうわけだ」


すごいだろ、と胸を張るヘレジーを他所にペリドは残る一つは?と無視して続きを急かした。


「もう一つは、お姫様が閉じ込められたクリスタルと同じ山で取れたクリスタルを使う転移術。魔法が失われた現代でも、きっと同じ方法を使えば出来るはずだ。」

「…怪しくない?その方法」

「クリスタルに閉じ込める魔法があるのは身を持って知ってるだろう?昔は魔法を記した石や本が沢山あったさ。今でもその名残は点々とあるけど、それを使う術なんて知ってる人間がいないだけ。魔法使いの魔女なんて、うン千年前に魔女狩りがあって1人の凝らす滅んじまった。

俺はお前より長生きしてるんだ、その辺の歴史なら負けないぞ~。何ならテストしてもいい!」

「そりゃあずっと歴史を見てきてるわけだから、歴史科目は得意中の得意に決まってる、…ってそうじゃない!転移術の魔法について!詳しく!」

「簡単さ。さっきも言ったが産地が同じクリスタルを用いる魔法だ。…砂漠の民の君ならわかっていると思うが、宝石には大なり小なり個々の力が宿っている。その辺は君の方が詳しいだろうから省くけど、同じ産地の同じ宝石というのはとてもその力が似通うんだ。その似通った力を利用する。」


 太めの枝を火へを放り込みながら、ヘレジーは説明していた。宝石には不思議な力が宿っている。それは砂漠の民の信仰には切っても切り離せない理由があった。

太古の神々は幾人も居て、それぞれが海の神、砂の神、と役割を持っているとしていた。そしてその神々が残した涙、それが宝石である。赤いルビーは火の神の涙であるというように。

宝石がよく取れる砂漠の国ならではと言えなくもないが、この信仰は未だ根強く残っている。


「あとはちょちょいと魔法陣を書けばいいだけ、なんだけど…まぁその同じ産地のクリスタルが手元に無ければどっちにしろ無理だね。」

「…産地の同じクリスタル…」

「お。心当たりある?」

「……もしかしたら。でもその前に、彼女をクリスタルに閉じ込めた魔法のことを詳しく教えて。」

「うーんと、簡単に言うと、もとあったクリスタルを巨大に成長させてその中へ彼女もろとも色々圧縮した感じっていえばいいかな」

「?じゃあ彼女を閉じ込めているクリスタルは、元々普通サイズというか、最初はただの置物とか、普通のクリスタルだったってこと?」

「そうだね、何もないところに何かを生み出すのは、失われた錬金術を知るも者以外出来やしない。今では錬金術士なんて居ないから、必然的に元の鉱石があったっていうことになるね」

「じゃあ、そのクリスタルと同じ産地のクリスタル、多分僕持ってるよ」


 壁に立てかけていた鞄をごそごそと探ればあった、と呟いて炎の近くに取り出したものをことりと置いた。透明なそれは、六角柱の形で掌サイズの小さなクリスタルだった。


「おや、これは良いタイミングで出てきたものだ!」

「彼女が持ってた水晶は、僕があげたものしか無いはずだから。もし彼女が持ってたものじゃなくて他のを使ってたら残念、って事だけど。」

「試す価値はあるさ。…それにしても、なんで持ってたの?」

「この水晶、本当はこの柱の部分がもう一つあったんだけど……彼女と会った時に半分割って、あげたんだ。それまで彼女、クリスタルを見たことないし触った事もないって言ってたから。彼女が嘘をつくとは思えないし…」


 クリスタルを再び手にとって少し傷がついてしまった表面を指で撫でながら、緋色に揺れるクリスタルの向こうの火をぼんやりと見つめてはペリドは楽しかった過去を思い出してはぽつりぽつりと話しだしていった。


 僕と彼女が出会ったのは、僕が10年前国交で花の国へ出向いた時。絶世の美女三姉妹と聞いていたお姫様たちとも会ったけれど、なんていうか…本当に圧倒されるというか、タカネノハナっていうんだろ、こういうの。

だからちょっと気後れしてしまって、気の利いたことなんて言えなかった。それで僕の後見人が王様と話すから、僕だけ別室で待ってるように言われたんだ。

それで暇で仕方なくて中庭の黄色い花畑を眺めてたら、その花畑からいきなり栗茶色の長髪の女の子が飛び出してきたんだ。僕は驚いて尻餅をついてしまって、花畑から出てきた彼女は…クローウェルは笑いながら、僕の手を取って立ち上がらせてくれた。

その後沢山話をしたんだ。彼女は砂漠を見たことない、宝石も知らないと言っていたから僕の話をとても真剣に聞いてくれて…2人でお喋りしてたらあっという間に夕暮れ時。彼女は楽しかった、また会おうね。と言って走って部屋へ戻ってしまった。

僕は自分の国に戻るまで、その中庭に通いつめてクローウェルとお喋りをした。それで国に戻る日に約束したんだ。また会おうって。そして、…次会った時、僕はそのプロポーズするつもりだったんだ。


「なるほど…いざプロポーズをしようとしたら、彼女にも会えず罪人扱いねぇ。君も大変だねぇ」


 小さくため息をついて肩を竦めたヘレジー。苦笑してから枝を炎に入れようと思いきやその手は空を掴んだ。ストックしていた枝が切れたようだ。

火は最初ほど大きくはなくなり、萎み気味。ペリドは手にしていたクリスタルをヘレジーに渡すと何かを決意したように小さく頷く。


「…行こう。善は急げ、だろ。ヘレジー」

「……ハハ、オーケー。今宵は満月、潜入にはもってこいの夜だ。その心意気を尊重してやろーじゃないのペリド」


 受け取ったクリスタルを一度空に投げてから掌に落とし、ニッと口元に笑みを浮かべて言ったヘレジー。

穴ぐらから出て僅かに木陰から差し込む月光が当たる地面へそのクリスタルをそっと置き、しゃがんでそのクリスタルを囲うように何か円形の図形を指先で書いていく。

土に残るその円は自分の肩幅ほどの直径で、その下やら上やら左右やらにミミズが這った跡のような文字らしきものが書かれていた。

後ろから覗き込むようにペリドは少しずつ埋まっていく紋様には目を丸くしている。


「なんだこの字…きったない字。」

「こういう文字なの!ほらほら離れた離れた」


 壁に立てかけてあった片手剣を腰に携え、鞄も身につけたペリドと腕を組みながら少しずつ後ずさって魔法陣から離れるヘレジー。

暫くすると魔法陣の形に光の亀裂が走り土の上にはその文字と紋様が浮かび上がった。そしてその光はちょっとずつだが眩しく、大きくなっていく。

その時ヘレジーが何を思ったのか腰のポーチから果物ナイフを取り出すと自分の親指をそれで軽く切った。何をしてるのかとペリドが慌てたのも気にせずに彼の手も取っては同じように親指に切った。

じわりと血液の珠が滲むとその手をクリスタルの真上にかざして血を垂らした。


「ペリーも血の目印、つけておけ。ちゃんと帰ってこれるようにな。」

「え?!これしないと帰ってこれないのか?!」

「念のためだって。危なくなった時の強制送還装置、とでも言えば良いのかな。ほらとりあえずやっとけって!」


 また勝手にペリドの手首を掴むとクリスタルの上にかざして早く血よ落ちろというようにぞんざいにぶんぶんと上下に振って血液を落とす。ぽたりと血液がクリスタルと土の上の紋様に落ちた時、一層と魔法陣は輝きだした。

ペリドは思わず目を瞑って顔を背けたがその瞬間光はより一層強くなり、2人の全身を包み込んだ。


 暫くして光が収まるとそこには誰もおらず、消え入りそうな焚き火がぱち、と音を立てて炭と化した枝が崩れた。

そこはクリスタルと魔法陣を残してそれ以外の音も人も、誰もいない。静かな森に戻ったようだった。




気がつくと目の前には身の丈を優に超えるクリスタルと、その中で驚きと僅かな恐怖を浮かべた表情でこちらに手を伸ばしているクローウェルがいた。

ペリドはすぐさまクリスタルに駆け寄りクローウェルの手と、ペリド自身の手をクリスタル越しに重ねた。重ねた手が先程切った方の手だったからか、クリスタルに少しだけ血がついてしまった。

クリスタルの中の彼女は綺麗な栗茶の髪をなびかせている最中に魔法をかけられてしまったのか、髪はふわりとしたまま宙で止まり、薄紅色のドレスの端も翻ったままだ。


「クローウェル、今すぐ出してあげるからな…!こんなのすぐに壊して…」

「クリスタルを割る事にしたのか。ただまぁ、こんなデケぇのどうすんの?朝まで頑張っちゃう?」

「当たり前だ!!」

「冷静になってよーく考えてみろ。たとえお前とそのお姫様が愛の逃避行したとしても、王の手元に魔法の本がある限り王はまた姫を宝石に閉じ込めに来るぞ。だったら根源を叩いた方が良い。だろ?」


クリスタルを剣で割ろうと振りかぶって下ろそうとしていたペリドの動きが止まった。剣をゆっくりと鞘に収め、振り返ってはヘレジーの前に歩み寄ると真剣な眼差しでヘレジーの仮面の奥を見つめる。


「……確かにその通りだな。元を断つ、だな」

「そ。で、こっから俺の本領発揮よ。」

「?」

「警備の目を盗ませてもらう。あと、この部屋が一体城の何処かわからないし、その目を使って現在地把握ってところかな」

「…頼んだ」

「任された!」


 とん、と自分の胸板を叩いて自慢げにヘレジーは言うと笑って見せた。敵地のド真ん中だと言うのに、不安なんて微塵も感じさせない笑みだ。

ヘレジーが額に手をあて頑張っている間にペリドはこのクリスタルが安置されている部屋を見渡した。高いところに窓が一つ、壁や床は白塗りのレンガか何かの石造り。

窓は自分の頭よりも更に上、クリスタルによじ登って天辺からでようやく届く位置にある。これではここに閉じ込められたら鉤縄でもない限り脱出は難しそうだ。


「よし。わかったぞ。ここは城の西塔の上…恐らく最上階だ。で、本がある場所は書庫…この下の下のフロア。いいか?ペリド」


 びしっと指を指されてはつんつんと額を押されたのでそれを払いのけると、またお得意のにやついた笑みだ。


「ありがたい事にこのフロアに巡回兵は居ない。書庫内部にもだ。ただ、下のフロアと書庫のあるフロアには居る。隠密行動で頼むぜ」


 先程ペリドをつついた指でしー、と唇の前に持ってきて仕草をするとペリドはこくんと頷いた。

いくぞとヘレジーは部屋の扉を開けて先に出て行ったがペリドは一度振り向いてクローウェアを見上げた。


「行ってくる。必ず、君を助けるから」


クリスタルの前で誓ってから、ペリドはヘレジーの後に続くよう部屋から飛び出していった。



***



さすが城というだけあって廊下が長い。なんとか書庫まで来れたがその間のヘレジーは壮絶だった。


『次の角を右、その次も右、その次は左、右、右…』

『ヘ、ヘレジー?』

『うーん、…みみひみみみひひみひ!』

『?!』

『右右左右右右左左右左って意味!言いづらいからもう頭文字だけで言いや、行くぞ!』

『え、あ、ヘレジー本当にそれで大丈夫なの?!』

『案ずるより生むが易し!』


 まるで呪文のように'み'と'ひ'をボソボソと呟き廊下の角を曲がる彼の姿は、かっこいいやらかっこ悪いやらなんともいえない気持ちにペリドはなった。

しかしそんな格好だがさすが目の能力のお陰か巡回兵に出会う事はなかった。書庫の扉を音を立てずに閉めては目的の本を早速探しにかかるが、如何せん壁という壁が本棚であり床に塔のように積みあがっている本まである。

 この膨大な量を探すのは流石に骨が折れてしまうとペリドはため息をついた。


「ね、せめて表紙はどんな感じとかわからない?」

「茶色っぽい表紙の分厚い本。多分タイトルは読めない文字で書いてあるやつ。…俺の記憶だと、右側の本棚だった気がするんだけどな…」

「なんでそこまで知ってるんだよ…」

「俺の目はね、普段は意識しなくても勝手に垂れ流してるようなモンなんだ。お陰で毎日頭のなかがごっちゃごちゃ。さっき使ったみたいに数人のを目を意識すると視界がクリアになったり、入ってくる情報量が多くなるからちゃんと目を使う時はああやって集中するようにしてるのさ。…で、本については王が魔法を使った時に見た目の情報から、だな。」

「そんなに普段大量の風景とか色々勝手に入ってくるのに、よく覚えてるもんだなぁ」

「ハハ、伊達にうン千年うン万年歳食ってるわけじゃないってことよ~。頑張れ少年!」

「僕が頑張ったところで敵うわけないじゃん…僕まだ18だし…」


 軽快に笑ったヘレジーを横目でちらりと見やってから、ペリドは次の本棚へと手を移した。始めにとったその本は表紙が茶色くて、革のハードカバーだ。タイトルは、読めない。

それを持ってヘレジーの元へ行っては早速手渡して確認してもらう。


「どれどれ……ん、これで間違いないな。よし、これ持ってあのクリスタルの部屋まで戻るぞ」

「え?ここで燃やしちゃえばいいじゃないか」

「バカたれ他の本も燃やす気か!…さっさと戻ろうぜ。変に感づかれたら困る。」


 ヘレジーは本を持って早速意識を目に集中させて、また'み'と'ひ'の呪文を繰り返しながら、来た道を戻っていく。

帰り道も右左呪文のお陰か巡回兵に気付かれることもなくクリスタルのあった部屋の前までこれた。が、ヘレジーは部屋の扉を開けようとしない。


「……いる。」

「衛兵かな…」

「いや、……王だ。」

「え?!どうして…!?」


王。その言葉にぞわり、と背筋を緊張と恐怖が嘗めていった。手汗も酷くて、ただ立っているだけなのに呼吸が徐々に荒くなっていく。

汗に気付いたペリドは手汗をズボンで拭き額に薄らと出てきた汗は腕で拭った。そしてヘレジーがぽん、と肩に優しく手を置いて、いつもでは聞いた事の無い優しげな口調で彼を落ち着かせようとしているのがわかった。


「就寝前の娘への挨拶ってところじゃねぇかな。…まぁ、どうせもう会うこともないだろうし、このまま突っ込んじまおうぜ。サシの話し合いといこうじゃねぇか。」

「で、でも…また追い返されるだけじゃ…」

「バーカこの状況でなら追い返されねぇよ。寧ろ牢屋へご招待してくれるだろうさ」

「そうやって不安を煽るようなことを言う…!」

「対面したところで多勢に無勢だ、こっちの方が有利なんだぞ?俺は負け戦を仕掛けるような愚か者じゃないんでな。」

「……その言葉、信じるぞ。」

「おう、任された!」


 緊張を解すようにヘレジーが笑っていった。この時初めて、彼の仮面の奥の目が笑っているような気が、ペリドはした。

ヘレジー自身の目を、初めて見た気がしたのだ。彼の目元は笑顔を作る笑い皺が出来ている。

 こいつがいるから、大丈夫。根拠のない自信がペリドの心に生まれては満たしていく。


「お前の目で、真実を見ろ。俺の目からじゃない、お前の目で見て言葉にするんだぞ」


 ヘレジーは肩に置いていた手で背を叩いてペリドを扉の前へ軽く押し出して、彼が自らの手で扉を開けるのを待つ。

ペリドは躊躇なく扉のドアノブに手をかけて、扉を引いた。




「…!お前、何故ここに!警備兵は一体どうしたというのだ!」


 扉の開く音に赤い裾の長いマントのようなケープを羽織っていた王は振り返り、入ってきた侵入者に眉を顰めた。

評判どおりの優しい顔つきとは打って変わって鋭い鷹のような視線。ここで引けない、とペリドは負けじと睨み返しては声を張り上げて言った。


「クローウェル姫をお迎えに参りました!娘さんを、僕にください!」


 渾身の想いを込めて、ペリドは言い放つ。しかしそれに臆することなく、王は口を開いた。


「ならぬと何度言ったらわかるのだ砂漠の国の王子よ!クローウェルは、わが姫は…」

「……わが子ではないからよ」


 そこで言葉が途切れたと思えば、聞きなれぬ女の声がした。声のするほうを振り返ってみれば、そこには紫色のドレスのような裾の長い服を身に纏った白き髪の王妃イベリス。

ペリドのすぐ背後にいたヘレジーがハッと息を呑んだ。そして舌打ちをするとこそこそわざとらしく耳打ちする。


「なぁるほど、そういうわけか。全てが繋がったぜペリド。」

「え?」

「俺が見てるのを知ってて、その目の持ち主に魔法で幻影を見せれば…俺の目にもその幻影が見える。それを使った、からくり人形トリックってところか?ええ?魔女のイベリスさんよォ」


 明らかに不機嫌だというのがヘレジーの声音がわかったペリドは、注意深く王妃を睨む。

王はその場に膝から崩れ落ちて倒れ、イベリスが靴音を慣らしながらクリスタルの前まで歩み寄るとか細くも美しい手でクリスタルを撫でて、笑みを浮かべた。


「お見事な回答だわヘレジー。流石、私の同胞と言ったところかしら。……あなたの目なら、城に潜入するのも容易いことね」

「同胞?馬鹿なことを言うな。俺はあんたと違って世界を魔女の世界に変えるつもりなんて毛頭ないからな」

「ちょ、ちょっと待ってよヘレジー、魔女なんてうん千年も前に滅ぼされていなくなっちゃったんでしょ?」

「ああそうさ。……でも、俺の…いいや、世間の目から逃れて生きてた、ってところだろ。魔女ってのは、本とか媒体が無くても魔法が扱える。……あの王女は、俺が見ていると知っていて自分を見ている目に全て幻影を見せていたんだろうな」

「あらそこも正解だわ。でも正確に言うと、私自身の周りに魔法で幻影の障壁を張っていたのよ。だから、私を見た者は魔女とはわからない」

「それプラス、王は操り人形にしちまったわけか。はー、こりゃ一本取られたな」

「フフ、'目に見えるもの'が全てと驕った結果ねヘレジー」


 くすくすと上品に口元を手で押さえて笑うイベリス王妃のその笑いは可愛らしいもののはずだが、今のペリドには恐ろしくて仕方がない。困惑の眼差しでどうすればいいと言う様にヘレジーへ視線をやった。

魔女など歴史書の中だけの存在だと思っていたペリドにとって目の前の王妃は人間の姿をした得体の知れない化け物同然だと思ったが、その瞬間イベリスはヘレジーに向けていたはずの視線をペリドへと向ける。


「脅えてるわね。そんなに魔女が怖いかしら?魔法を使えること以外、なんらあなた達と変わらないのに」

「じゃあ……何故、クローウェルをこのクリスタルに閉じ込める必要があったんだ。魔女なら、魔法でなんでも出来るんだろ?!なんで、彼女だけ!」

「この子は私の子ではないからよ。嫁がせた娘達は、正真正銘私の子…」

「つまり魔女、っつーわけだな」

「そう。この子は王が愛していた人間の女の子供らしいわ。私の知らない内に逢引きでもしてたみたいね。全く男なんてこれだからヤになっちゃうわ」

「……魔女を各国に嫁がせる理由は?」

「……私は昔のように、ただ魔女の虐げられない世界を作り出したいだけよ、砂漠の国の王子様。」

「ペリド、あの女のいう事に耳を貸すな。言ってることは最もかもしれんが、要は魔女が世界を征服するっつってるもんだ。……自分の娘を使って、国の要所から魔女の国へと変えていく算段か。この子は自分の計画にはいらない上に不都合だと思って閉じ込めたのが本音だろうがよ」

「やぁねぇ、人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。」


 また上品にイベリスが笑ったかと思えばびゅうっと一陣の風が吹き、ヘレジーの髪どころか服をはためかせて横をすり抜けていく。

すると仮面で覆われていない顎の部分が僅かに切り傷が出来ているようでヘレジーは髭を摩るように傷の確認をした。


「おっと髭の剃り忘れかな?それとも剃りすぎちまったか」

「髭でお悩みならいっそ顎ごとそぎ落としてもいいのよ?今私はいい気分だからサービスしてやってあげてもいいわ」

「そりゃあご大層なサービスなこって。」


 互いに余裕な笑みを浮かべながら揶揄するような言葉を投げかけあっているが、イベリスは目が笑っていない。

一歩ずつ後ずさるようにヘレジーは後退していき、ペリドの隣に来るとまた耳打ちをした。


「俺があのおばさんを引き付けるから、その間に本を燃やして彼女を救え」

「え?でも、」

「そしたら元の大きさに戻ったあのクリスタルに、彼女と手を繋いでから触れるんだ。いいな」


ちょっと、と唐突な指示に抗議の声をペリドがあげようとした時にまた風が、今度は2人の間を裂くように吹く。


「あなたが1人の人間に固執するなんて初めてじゃないかしら。その王子はあなたのお気に入り?」

「そうだねぇ、まぁこの時代じゃわりと気に入った部類の人間に入るかな。…ともかく、魔女が介入してたなんてわかったんだ、手加減しねぇぞ」

「あなたが手加減してくれた事なんて一度も無いじゃない」


 先程の風よりもまた一段と強く、ゴウッと音を立てて風が巻き起こる。それから遠ざけるように、ヘレジーはペリドを後ろへと押しやってからその竜巻のような風の中へ飛び込んでいってしまった。

 正直なところ予想外の黒幕の出現にペリドは戸惑っていた。しかし、今はヘレジーに言われたとおりやるしかない。後で問いただしてやろう。

手には先程書庫から拝借してきた魔道書。鞄に入れていたマッチを取り出して箱の側面で擦ると一発で火はついた。その火を本へと移すと紙はたちどころに燃え上がり、その火がハードカバーへ移る前にペリドは床に本を投げた。

赤く燃え上がる火の回りを、黒い文字のようなものが浮かんでは回っていたがそれは暫くすると火とともに空中へと消えていった。

 するとパキパキと割れる音と共に天井を指していたクリスタルの天辺からヒビが入り、稲妻のように一気に亀裂が入ると囲っていたクリスタルが消え、クローウェルは閉じ込められた姿のままそこから飛び出してきたのだ。

床に倒れようとしたいたところを抱きとめ、ペリドは笑いかける。


「クローウェル!」

「ペリド?!」

「話は後!今は僕に掴まってて!」


 今はともかく、彼女をここから救い出すこと、魔女から逃れることが先だ。片腕で彼女を抱きしめ、クリスタルが鎮座していた場所を見るとそこには先ほどとは比べ物にならないほど小さなクリスタルがころんと転がっていた。

クローウェアは一体何が起こっているのかときょとんとしていたが、彼の力強い言葉と瞳に頷く。魔女はまだヘレジーと共にあの竜巻の中で戦っているのだろうか、こちらに気付いていないようだとペリドはそれを振り返って確認した後、彼女を抱く腕の力を強めもう片手で落ちているクリスタルを拾い上げるよう触れようとした瞬間、眩い光が2人を包む。


「帰ってこいよ、ヘレジー!まだお前に聞きたいことが沢山あるんだ!」


 光の中からその声だけが聞こえた。

ヘレジーは、にやりと笑みを浮かべてから渦巻いていた風を打ち払うように衝撃波のようなもので消し飛ばす。


「やだ、あなたに集中してて全然あの王子を気にかけてなかったわ」

「今回の勝負は俺達の勝ちってとこだな」

「大局を見れば私の勝ちよ」

「はてさて、それはどうかねぇ」

「あなたはこの国に何を壊しに来たのかしら?」

「俺が来たっつーことの意味、あんたが一番知ってるんじゃねぇの?」

「質問を質問で返すのはよろしくないわね」

「そんなの今更だろ。…魔女イベリス。かつての時代の全てを白き炎で焼き尽くした魔女」

「そんな昔の肩書き覚えてるの?……やっぱり私のところに付く気はないのかしら?」

「アンタみたいな胸だけ取り得の業突く張りな女なんて、願い下げだね」

「はぁ?!ちょっと、聞き捨てならない事言うわねヘレジー!その天パ頭丸焦げにするわよ!!」

「おー怖い怖い。女は短気だって言うからねぇ、これだから無駄に歳を食ってる女は嫌いだ」

「業火で消し炭にするわよ!!」


 壮絶な戦いかと思いきや段々と陳腐な言い合いになっていっていた。

怒りで喚くイベリスを尻目にやれやれと肩を竦めてため息をつくとヘレジーは彼女に背を向けて走り出す。手を伸ばした先は、転がっているクリスタル。

ちょん、と彼の指先がクリスタルに触れると瞬く間に先ほどの光が彼を包み込んだ。そしてイベリスが火球でそのクリスタルを破壊する一歩前に、彼はこの部屋からはいなくなっていた。イベリスは足元の砕け散った欠片を手にとりため息をつく。


「まさか宝石転移の魔法を使うとは、想定外だったわ。……さて、どうしましょうかねぇ」


 腕を組んでまたため息をつくも漸く床で気絶している王の存在に目をやって、彼女は王の傍にしゃがんでは肩を揺すっては起きないのを見ては更にため息をついた。





「ペリド、私なにがなんだか…」

「正直王妃のことはびっくりしたけど、君を助け出すのはなんとか上手くいってよかったよ」

「そう!私、お父様に呼び出されたかと思って振り返ったら、……その後気がついたら目の前に貴方がいたの。」

「君はクリスタルに閉じ込められたんだよ。僕があげたあのクリスタルに……」

「……それは王妃様がやったってこと?」

「多分。王妃は君のお父上…王をずっと操っていたんだ。」

「え?!……お父様が…」


 2人は森の暗い洞穴の中で、焚き火に火をつけ暖をとりながら今までのことを話し合った。

ペリドは彼女がクリスタルに閉じ込められた後のことや国のこと、そしてヘレジーに会って助け出そうとしたことなどを話して説明する。クローウェルは真剣に話を聞いて頷いたりして相槌を打ち、時折ため息をついては悲しそうに瞳を伏せた。

その話の最中、例のクリスタルが一瞬光ったかと思えば放り出されたかのように顔から地面に着地しすっ転んだヘレジーが現れたのだった。


「いでで……着地失敗しちまった……」

「ヘレジー!良かった、無事だったんだね」

「おうともさ。任せろって言ったろ?」


 ニッと笑みを見せて親指を立ててペリドに見せては笑うヘレジー。一方クローウェアは、伝説上の破壊神ともいえる存在の登場とあまりの陽気っぷりにクエスチョンマークを頭上に浮かべていた。


「彼が、あのヘレジー?」

「そう。あの伝説のヘレジー」

「おいおいそんな熱い視線で見ないでくれよ~照れるだろ~」

「なんか……想像と全然違うね。おとぎ話や神話で出てくる化け物っぽさとは大違い」

「まぁ能力的には化け物じみてるけど、おとぎ話なんてのは大体はデタラメ、作り話さ」

「それ吟遊詩人やってたアンタが言えんのかよ」

「おっとそうだった。自分の職業否定しちゃったよハッハッハ」


 ペリドとヘレジーの笑いを誘う掛け合いに思わずクローウェルも噴出してしまう。その様子を見た男2人は互いを見合っては小さく頷いた。


「ほら、さっき話しただろ?ヘレジーは吟遊詩人として出会ったって」

「ええ。それも意外だなぁとは思ったけど、こんなに陽気で面白い人だとは思わなかったわ」

「お褒めに預かり光栄ですクローウェル姫。では麗しい姫に一つ、おとぎ話を献上いたしましょう」


 恭しく頭を垂れて手を腹の前に置き言うヘレジーに、先ほどとの違いもあってかまた彼女は笑い出す。

3人は火を囲んで夜を明かす。吟遊詩人が語りだしたおとぎ話は、'むかしむかし'から始まる誰でも知っているおとぎ話。


 むかしむかし、あるところに緑に溢れた小さな国がありました____




to be continued....?

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