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歪み  作者: ひのあきら
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歪み

短編だと表紙が付かない様でしたので連載扱いにしましたが短編です。

「人の心は、簡単に歪んでしまうんですよ」



「なんだろうなあ……」

 テレビで中年のおじさんが訳知り顔でコメントしているのを見つつ、少女はぱりんと齧っていたおせんべいを噛み割った。

 お昼のワイドショー。

 いじめや凶悪化していく犯罪等、最近の少年少女について考える、的な内容の番組(それ)は、あくまで一コーナーであり、全力で取り組もうなんて言う気配は欠片も無いのに、出演者の皆が皆やけに深刻な表情を浮かべているのが、なんとも空々しいと少女は半眼になって炬燵の天板に顎を乗せる。

 少女の見方は穿り過ぎだと云う意見(むき)もあろうが、今迄の深刻な雰囲気から一転、妙に明るい声で食べ歩き特集を告げる司会のタレントかの声から、存外少女の意見は正鵠を射ているのではないかと思わせた。

 歪む、かぁ……

 炬燵にぐりぐりと頭を擦りつけ、少女はガラス窓越しに見える灰色の空に目を移す。

 歪む

 歪む

「……そういえば、チョットぶつかったくらいで自転車のスポークが歪んじゃったなぁ」

 最近のモノって脆い?

 些か間違った方向に思考を発展させ、少女はむむと眉根を寄せる。

「モノは壊れやすいし、人間は弱いし。ホント、歪むなんて簡単そう」

 窓ガラス越しに見えるのは、冬特有の重たい色合いの雲。

 少女の家は小さな神社で、少女は社務所で一人、留守番をしているのだった。

 いつもは人等詰めていないのだが、季節柄、地元の神社を唐突に思い出し、縋りに来る人が居る為、家から一人、休みで暇だった少女が遣いに出されたと云う訳だ。

 小さいながらも、御守りを置いてある事もあって、喩え心底嫌な役目であろうと、参拝客等居ないと親に云い切れる自信は少女には無かった。

 がたがたと、木枠のガラス戸が揺れる。

 出入り口の引き戸とて、今は懐かしい木枠のガラス戸だ。

 故に、家の中は寒い。

 だからいやなんだと炬燵布団を肩まで引き上げ、背中を小型のストーブで炙る。

 人影の全く無い境内をボオッと見ながら、少女は暇潰しの為に思考の海に身を沈ませ始めた。

 うちは、神社だ。

 お父さんが神主で、あたしも時々は巫女さんのカッコして家を手伝ってる。

 今日もソレ。

 家が神社でも、家族はごくフツーの生活をしてる。

 勿論、ご神体の鏡とか、大切なモノもあるけど、あまりあたしには関係ない。

 第一、あたしは神様を信じていない。

「そう、なんだよねえ」

 あたしは、神様を信じていない。

 小さく呟いて、少女はゆっくり目蓋を閉じる。

 これも、一種の歪みだと哂って。

「だってあたし、受験で本命に落ちたし」

 自虐の呟きは耳障りだがいっそ面白いと少女は哂いを深める。

「そりゃあうちは学業の神様じゃないけど。合格祈願もやって受かった人が御礼のお参りに来るのってなんだかなあだよね」

 当時は結構落ち込んだものだと、少女は哂いを収めて小さく息を吐いた。

 他の志望校に受かったからこその妥協ではあったが、少女は心の内でそう付け足す。

「それに神社の娘って言うと世間では幽霊とか見えるモンだって思うらしいケド、そんなことないし」

 そうゆうコト聞かれる度に、オイッて思ったよなあと苦笑して、少女はコレも歪みだよねと欠伸混りに呟いた。

 世間が求める像と、現実が結ぶ像は全く違う。違うのに世間は己の中で結ばれた虚像を真理と勘違いして、現実の世界を其処に摺り合せようとするのだ。少女の考え通り、其れは一種の歪みと云えない事も無い。

「大体、ハハオヤチチオヤの現実と慣習がイコールじゃなくなってきてるって云うのに、未だに現実を認めないで過去に縋り付いて文句云って、そんで最後は最近の若者はって云って。……今更がたがた云う事なのかなあ」

 実際、世の中って歪みだらけだ。と、少女は思う。

 ありえないCM~例えば、ビルから落ちても平気そうに走るとか~が流れる度に同じ画面の片隅に浮かぶ、『危険ですから真似をしないで下さい』って文字。

「あったり前よねー。出来ると思うのがおかしいっての」

 ちょっと前なら入らなかった注意書きに、人が歪むと世間の常識も歪むんだろうかと少女はくつくつ笑い声を漏らした。

「ホント、世の中歪んでる……」

「そうかね」

 突然の声に少女が顔を上げると、三和土に御爺さんが一人、立っていた。

 薄暗い玄関には不似合の、気品のある、チョット最近お目にかかれない雰囲気を持つ老紳士を見とめ、少女は慌てて笑顔を作り、炬燵から出ると玄関先に出て挨拶する。

「こんにちは」

「はいこんにちは。今日も元気かね?」

 やけに親しげな言葉に、少女は面食らった様にきょとんとした。

 もしかして町内会の役員さんかなと必死に考えるが、如何にも思い当たる節は無く、初めて会ったのにまるで昔から知ってるみたいな口調に多少の気味悪さを覚えながらも少女は必死に笑顔で応対した。

「あの……」

 御用件は、と聞こうとした少女の話を遮る様に、好々爺たる老紳士はゆったりと口を開く。

「やっぱり、歪んでるかね。最近の世の中は」

 きょとんと。

 再びきょとんとした少女は、なんとか曖昧な笑顔を浮かべて頷いた。

「はぁ……そうですね」

 言葉を濁す少女の態度を気にした様子もなく、老紳士は三度口を開いた。

「昔はそうでもなかったんだが……全く、こんな風になるとはなあ」

 まるで昔を懐かしむ口調に、少女はそうかと内心で得心した。

 お年寄りは昔話が好きだ。

 此の神社にも時々家族に相手にされないお年寄りが訪れ、今時を愚痴っていく事があった。

 今日もそんなお年寄りの愚痴らしいと少し安心した少女を、老紳士の眼が真っ直ぐに射た。

 怖いくらいの眼力に、少女は僅かに寒気を感じる。其れは、決して季節柄の悪寒ではなかった

 老紳士が、徐に問う。

「歪みを直すには、如何すれば良いんだろうねぇ」

 変わらぬ好々爺然とした口調と笑顔なのに、底の見えない深遠な黒瞳がどうしようもなく怖く感じ、少女は竦み上がりながらもなんとか其処に立ち尽くす。

 恐怖を感じている事なぞ察しているだろうに、少女の言葉を待つ様に、老紳士は微動だにせず立っている。

「……そ、うですねぇ」

 搾り出すように、だが真剣な声音で、少女は何とか声を絞り出した。

「直すのは、ムリかも」

 意味の解らない恐怖で視線は下がり、相手をまともに見る事が出来ない。

 干上がりそうになる口内を何とか動かし、少女は老紳士へと考えていた事を告げる。

「殆ど歪んでるのに、変にまともなトコがあるから、余計に歪んでるって思っちゃうんですよきっと。いっそ歪みきっちゃった方が、良いんじゃないのかな」



 何とか云い切って、視線を上げれば―――――――老人は、霞の如く消えていた。



「……あっれぇ?」

 少女が困惑の声をあげた瞬間。

 ずしん、と、重い音が地響きと共に響き渡る。

 ガラス戸越しに少女が外を見遣れば、御神木の注連縄がぶっつり切れて土にまみれているのが見えた。そして……土煙を上げて歩く、木々の群。

 其の音に驚いたのか、歩み行く木々から飛び立つ影。

 其の影を見とめて、少女はもう一度首を傾げた。

「鳥じゃ、ない……?」

 小さな影は翼がなく、身をくねらせて空を行く……まるで魚の様に。

 少女は傍に在るだろう池に住んでいる金魚が無性に気になったが、得体のしれない恐怖に震え、見に行く事は出来なかった。

 ばちばちと、風も無いのに枝が鳴る。

 まるで木々が諸手を上げて大騒ぎしているようだ。

「……そう云えば、神社(うち)の御祭神って……」

 伊弉諾尊って言う、此の世を創った神様だった。

 少女は昔から聞いていた話を思い出し、知らず諤諤と体を震わせる。

 じゃぁもしかしてあのおじいさんは………………あたしは、言っちゃいけない事を言ったのかも。

 がたがた震える身体をぎゅっと抱きしめながら、少女はだが何とは無しに納得して、呟いた。

「……やっぱり、何でも簡単に歪むモンね」

 遠くから響く絶叫や、歩いていく木々を見つめて、少女は心底実感し――――――――――――――諦めた様に笑ったのだった。

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