老いた吸血鬼
吸血鬼は老いていた。厳密には精神だけが時に流されているのだ。建物の屋上から眺める空というものは彼にとって常に暗い。己の陰鬱な人生というものを象徴するものだった。
「あなた誰?」
彼が振り返ると、まだ若い人間の女が疲れた顔で立ちすくんでいた。
「あなたも飛び降りるの?」
何を言ってるか分からなかったが、すぐに飛び降り希望の疲れた成人の女でしかないことも理解した。
「陽を待ってる」
彼にとって飛び降りは何ということでない。彼を探し、殺す者は皆老いる。それを知ったのは200年ほど前。
「…私、先にいっていい?」
彼は深く頷くと、女は手すりをつかんだ。プルプルと手が震えている。彼女は初心者なのだろうと察した。
「初めてか?」
「2回はないでしょ?」
彼は人間にとって死は一度きりの一大イベントだということをようやく知った。
「…昔の話していい?」
「聞くよ」
2人はビルの屋上。夜風に撫でられながら彼女は話し始めた
彼女は田舎町の生まれである。町に学校は一つしかない。学年でクラスは1つだけ。6年間、同じ面々の中、それなりの人生を歩んだ。行く行くは、この町の中で生き、町の中で死ぬのだろうと思ったほどだった。
転機は現れてしまうものなのだ。それが悪い方向に転ぶものであっても。
町はりんごで成り立っていた。りんごを市の市場へと売り、その金を町に還元する。
始まりはある夫婦からだった。都会の息苦しさから逃れたくて町に来たらしい。そんな2人の夫婦の荷物か何かに、虫がついていたらしい。
虫は森の中で繁栄し、かつてのエジプトを想起させるほどの勢いで、個体数を増やした。そして彼らは甘いものが好物であった。りんごを芯まで食い潰し、赤色を汚らわしい薄汚れた緑色に変えるのが彼らの得意分野だった。
町は衰えた。彼女は18になる時、そんな町に背を向けて街へ出た。余談だが、その町は2026年の日本地図にはその町は消えていたらしい
都会へ来た彼女を待ち受けるは苦難だけだった。
田舎臭い彼女はまず、一から全てを学ばなければならない。そして学んだ次は他の人間について知らなければならないことも学んだ。
やがて彼女は職についた。彼女が都会に来てから現在に至るまでの全てを捧げた会社は彼女を容赦なく切り捨てた。
「…何のための人生だったんだろう」
彼は思った。人間はつくづく不思議な生物なのだと感じる。人生というものは何の意味のないことだ、と気づき病むのはわかる。だが、それを知る前に死ぬのはわけが分からない。
「分からないなら死ねばいい」
女は驚いたような顔で吸血鬼を見つめた後、少し微笑んだ。
やはり人は不思議だ。元来生物は死を恐れ、種の繁栄に取り組む。その電気信号に目を背け、飛び降りるのだ。可笑しくて可笑しくて笑ってしまいそうだ。これほどの娯楽があるならまだ私が陽を見るのは早い
彼はそう思うと、ビルの屋上から建物の階段を使い、地上へと降りた。遠くからどパァン!という乾いた破裂音が聞こえたが、彼は気にも止めずにコンビニに入る。そして、笑顔で店員に話しかけた
「ピザまんをください」




