濡れ衣で蜂場を追われ、巣枠の札を全部出します。冬に効きます
「彼女を蜂場から外していただきたい。明日の朝、本人へ申し渡します」
親指の下で、二年寝かせた白い蜜蝋はきちんと硬かった。クセニヤ・プルハは棚へ向いたまま、押した跡の戻りを待った。
「盗みの疑い、とまで書く必要がございますか」
背後でプリモシュ・ハヴェルが問うた。規定文句を崩さぬ家務長の声は、蝋を切り分ける刃より薄かった。
「疑いがあるから外すのです。十二年も一人へ任せきりでは、何を持ち出されてもわからない」
「持ち出しの記録は、すべて彼女がつけております」
「だからこそです。記録する者と確かめる者が同じでは、不正を防げない」
クセニヤは一片を灯りへ透かした。白さに濁りはない。親指の腹へ残った粉を、前掛けではなく検分布で拭う。
扉のそばで、ラドミル・ドレヴォが柱を叩いた。
「採った刻限と巣枠の数さえ揃えば、仕事は開けます。蜂は、買えば手に入ります」
(蜂なんぞ、買えば増える——)
プリモシュの視線が床へ落ちた。扉の蝶番が小さく鳴ったが、クセニヤは振り返らなかった。
次の一片は、指がわずかに沈んだ。秋口の百花蜜が混じった枠だ。冬至を越してから使う棚へ移し、札の紐を二度巻く。
「聞こえているのでは」
プリモシュが低く言った。
「聞かせたわけではありません。明日、正式に告げます」
その日の蝋はあと十一片あった。クセニヤは一つずつ押し、嗅ぎ、刃の背で角を撫でた。十片目で外の若い衆が笑い、十一片目で足音が去った。
初めの白い一片へ戻り、夏至前、菩提樹、北の巣、二冬と記した札の紐を結び直した。棚の戸を閉める音だけが、いつもよりよく通った。
* * *
翌朝、クセニヤは蜂場の柱の前に立たされた。ラドミルの両脇にはブラジェイ・コトルと若い衆が並び、机の向こうにはプリモシュが控えを開いていた。
「保管庫の蝋が控えと合いません」
「どの棚の、どの蝋でございましょう」
「そこまで答える義務はありません。あなたが札を扱い、あなたが数えた。疑いを招く形にしていた責任があります」
棚替えの際、割れた端を溶かし合わせた分なら別帳にある。プリモシュの指がその頁に触れたが、ラドミルは控えを自分の側へ引いた。
「弁明は結構。今日限りで、蜂場から外れてもらいます」
「承知しました」
若い衆の肩がほどけた。反論のない相手には、命令はいくらでも増やせる。
「引き継ぎとして、採蜜の刻限と巣枠の数を残しなさい。古い札は紛らわしいので、すべて外すように」
「札には、採った月と花もございます」
「月と花なら書き写せばよい。白いだの若いだの、同じ蝋へ違うことを書かれては、かえって仕事が属人化する」
ブラジェイが釘を咥え、柱へ新しい紙を打ちつけた。朝二刻、二十四枠。昼一刻、十八枠。太い字を指先でなぞってから、柱をどんと叩く。
「ほらな。これなら誰でもできる」
笑い声が二つ重なった。ラドミルもブラジェイへ目をやり、口角だけで加わった。
「札は処分してよろしいですか」
クセニヤが問うと、ラドミルは手を振った。
「不要です。枠数だけ残しなさい。煙を送る道具も刃も、伯爵家の物ですから忘れずに」
「承知しました」
クセニヤは柱の紙を見た。字は大きく、冬のことは一文字もなかった。
昼までに、近隣三軒へ使いを出した。東の巣は林檎のあとが早いこと。川沿いは柳が短かったので採り急がぬこと。丘の南は遅咲きの百花を別にすること。それだけを伝え、伯爵家の名は添えなかった。
「引き抜きですか」
使いを見送ったところで、ラドミルが声を張った。若い衆がいるのを確かめてからの声だった。
「次の花の巡りを申し上げただけでございます」
「今後、近隣との連絡は差配を通しなさい。勝手なことをされては困る」
「今後はいたしません」
ブラジェイが新しい紙の端を掌で叩いた。釘は一本、斜めに入っていた。
* * *
翌朝、机の上へ十二年ぶんの札が積まれた。紐の色は褪せ、蜜の染みたもの、煙で縁の黒くなったもの、冬を二度越して板のように反ったものが、年ごとに束ねられていた。
クセニヤは読み上げなかった。最初の束を置き、次を置き、最後の束には検分布を一枚かけた。
「これで全部ですか」
「はい」
ラドミルは一番上の札を摘まんだ。採った月、花、巣の位置、寝かせる棚。すべて声にできたが、棚に並ぶ今日の蝋へは目を向けなかった。
「これで十分だ」
満足した顔だった。読めないものを受け取った者ほど、荷の軽さを喜ぶ。
ブラジェイが札束の厚みを横から覗いた。
「こんなに要ったのかねえ。朝二刻、二十四枠で済むのにな」
「ブラジェイ。古い札は物置へ運べ」
「へいへい。言われたとおりに運ぶだけですよ」
クセニヤは煙を送る道具の煤を落とした。革の襞へ詰まった灰を細い刷毛で払い、留め金を油布で拭き、十二年前に教わった向きで壁の鉤へ戻した。
刃は湯で温めて蜜脂を落とした。欠けがないことを確かめ、柄の木目を乾いた布で拭く。砥石も刷毛も布も、置かれていた棚へ一つずつ収めた。
「私物が混じっていないか、こちらで確かめます」
ラドミルの声は、ブラジェイたちの前でまた太くなった。クセニヤは鞄を机へ置き、口を開けた。
替えの靴下。針と糸。固くなった昨日のパン。木匙。ラドミルはパンを裏返し、何も言わず戻した。
「もうよろしいですか」
「待ちなさい。寝かせ棚も確認する」
クセニヤは彼らを棚へ案内した。白い蜜蝋の一片には、昨日結び直した札が下がっている。親指がいつものように伸び、札の手前で止まった。
指を握り込むと、爪の脇へ蜜蝋の粉が一粒残った。
「その一枚は二年物ですね。修道院へ納める予定だ」
ラドミルが札の表だけを読んだ。
クセニヤは声を一段落とした。
「わたくしはこの一枚を、十二年、わたくしの蝋だと思うて寝かせておりました」
棚の戸を閉じた。検分布も札も持たず、開けたままの鞄へ固いパンだけを戻す。
プリモシュが蜂場の扉を開けた。規定の見送りは口にせず、彼女が敷居を越えるまで取っ手を握っていた。
背後でブラジェイが札束を抱え直した。数枚が床へ滑ったが、クセニヤは拾わなかった。
* * *
半年、何も起きなかった。
伯爵家の工房では、寝かせ棚の蝋が上から順に使われた。クセニヤが二年前に分けた蝋は素直に溶け、型へ流れ、冷えればまっすぐ抜けた。刻限と枠数を書いた紙は柱で黄ばみ、その下に新しい数字が貼り足された。
ラドミルは仲買へ、作業を整理して無駄を省いたと語った。白さの揃った箱を前へ出し、見立てを誰にでもできる仕事へ戻したのだと胸を張った。
「以前は一人へ任せきりでしてね。不正の余地もあった。私が等級を明確にしたのです」
仲買は箱の蝋を買った。前年に寝かされた物だった。
ブラジェイは柱の紙を毎朝読み上げた。若い衆は数字どおりに巣枠を運び、同じ月の蝋を同じ桶へ入れた。日向の巣も沢沿いの巣も、枠数は等しく一と数えられた。
クセニヤは近隣の蜂場を渡り歩いた。東の家では分蜂の箱を直し、川沿いでは巣枠の傾きを見た。出先の燭台に溜まった蝋へ、親指を伸ばしてから引っ込めることが二度あった。
ボフミル・ザイツの蜂場では、古い作業台の端を一尺空けて渡された。彼は四十年使った刃を置き、クセニヤへ蝋の塊を押しやった。
「見てくれ」
「こちらはボフミルさんの蝋でございます」
「巣はおれのだ。見るのはあんただ」
クセニヤが親指で角を押すと、ボフミルはその指だけを見ていた。
「今年は、旧家へお持ちになりますか」
「おれたちはあの家に売ってたんじゃない。あんたの目に売ってたんだ」
それ以上は言わず、彼は次の塊を机へ置いた。
仕事のあとは、講の女衆が豆のスープを運んできた。椀の縁まで豆が入り、一人が「匙が立つ」と言えば、もう一人が本当に匙を立てた。
「立ちましたね」
「豆を惜しまなかったからさ。誰かさんは三杯目を惜しむ顔をしてるけど」
クセニヤは椀を両手で包んだ。湯気が指の節へ触れ、固かったパンが底でほどけた。
「まだ二杯目でございます」
「数えられるなら、もう一杯いけるね」
空いた午後には、自分の靴下を繕った。針仕事を昼へ戻したのは、十二年ぶりだった。
伯爵家では、冬が近づいても同じ白い蝋燭が納められた。誰も棚の奥行きを数えなかった。蓄えのあるあいだ、正しさはよく働く。
* * *
雪の降った朝、伯爵家の寝かせ棚が空になった。
ラドミルは棚板を二度覗いた。奥に残っていたのは札の紐と、指で掻けば取れる薄い蝋だけだった。
「新しい分を使えばよい。採った月も枠数も揃っている」
ブラジェイはそう言って、柱の紙を叩いた。今度は若い衆の誰も笑わなかった。
新しい蝋は予定どおり型へ流された。見た目には白く、数も足りた。修道院への箱は刻限どおり馬車へ積まれた。
クヴェタ・ソボタは納品された蝋燭を一本だけ取り出した。芯を短く切り、燭台へ立て、火を移す。
炎は一度細くなった。芯の周りから黒い筋が立ち、天井へ届く前にほどけた。もう一筋が続き、白い蝋の縁へ煤が落ちた。
クヴェタは首を振った。火消しを被せ、控えを閉じる。
「保管の具合でしょうか」
ラドミルの声から、柱を叩く響きが抜けていた。
「差し替えの猶予をいただければ、会計係殿。次は必ず」
クヴェタは理由を述べなかった。蓋を閉めた箱を机の向こうへ押し返した。
「なぜお受け取りにならないのです。煤なら芯の問題もありましょう」
箱は返ったままだった。
伯爵家へ運び戻された箱を、ズデンカ・フローレツは使用人へ渡さなかった。自分で底を抱え、工房まで運んだ。白い手袋の指先に、箱の煤がついた。
「寝かせた蝋を出しなさい」
「今年の分なら、こちらに」
「寝かせた蝋を」
ラドミルは空の棚へ夫人を案内した。クセニヤが去って以来初めて、ズデンカは彼の説明ではなく棚板を見た。
親指ほどの蝋片もなかった。
「二年分はあったはずです」
「従来の注文へ使いました。品質に問題は出ておりませんでしたので」
「それは誰が寝かせた蝋だ」
ラドミルは札束を持ってこさせた。十二年ぶんの札は物置の籠へ押し込まれ、紐がほどけ、年の順も崩れていた。
「記録はすべてあります。月と花、巣の位置も。クセニヤが必要な情報を隠したのです。これは職務上の不正に当たります」
ズデンカは一枚を取った。表の文字を読み、空の棚を見た。
「この札で、今年の蝋を分けられるのか」
「採った月と花ならわかります」
「札だけで十分だと言ったのは誰だ」
返事の代わりに、ラドミルは箱へ目を落とした。
翌月、修道院から注文書は来なかった。その次の月も来なかった。仲買は箱を開け、一本を折り、値を告げずに蓋を戻した。
空の棚の前で、ズデンカの手袋だけが煤けていった。
* * *
ボフミルは伯爵家から来た荷車を門の外へ止めた。ラドミルが降りると、巣箱の蓋を閉めたまま言った。
「今年の蝋を買い取らせていただきたい。これまでどおりの量をお願いします」
「あいにく、今年の巣は向きませんので」
「値は上げます。修道院への納めが控えております」
「あいにく、今年の巣は向きませんので」
ボフミルは取引の可否だけを置き、巣箱の向こうへ戻った。
近隣三軒も持ち込みを断った。東の家は林檎のあとを別に寝かせ、川沿いは柳の短かった年の蝋を混ぜず、丘の南は遅咲きの百花を自分たちの棚へ移した。半年前の言伝が、それぞれの巣に残っていた。
仲買は伯爵家の箱を買わなくなった。若い衆は一人ずつ別の蜂場へ移り、柱の紙だけが増えた。
ブラジェイは仲買の前で肩をすくめた。
「あの家は寝かせの手を抜いたんですよ。おれは言われた刻限を貼っただけでねえ。採蜜のほうへは関わっちゃいない」
そこへ、返った箱を抱えたズデンカが入ってきた。ブラジェイは貼り紙のめくれた端だけを直し、両手を背へ隠した。
「ブラジェイ。出なさい」
「ですが奥方様、差配人の指示で——」
「出なさい」
ズデンカは箱を工房の机へ置いた。ラドミルへ手を出す。
「鍵を」
「立て直しには時間が要ります。クセニヤを戻せば、春までには」
「鍵を」
ラドミルの指から保管庫の鍵が外された。ズデンカは受け取り、プリモシュへ渡した。
「差配人を退ける。未払いの取引と返却分は、わたくしの名で処理しなさい」
「承知いたしました」
ズデンカは修道院へ自ら出向いた。クヴェタの前へ返った箱を置き、言い訳を挟まず、納品を欠いた分の支払いと次冬の契約解除を受け入れた。
その足でクセニヤのいる蜂場へ来たが、戻れとは言わなかった。
「任せきりにした。止めなかった。その分まで、わたくしが負う」
クセニヤは古い燭台へ触れかけた親指を、膝の上へ戻した。
「旧家の棚について、わたくしから申し上げることはございません」
「わかった」
ズデンカは一礼し、空の箱を自分で抱えて帰った。
数日後、ボフミルとクヴェタと講の女衆が、クセニヤの前へ一枚の契約書を置いた。修道院が翌冬の注文を先に約し、近隣が巣を持ち込み、講が空いている小屋と棚を貸す。利益の取り分には、家名ではなくクセニヤ・プルハの名があった。
「蜂場を持ってください」
クヴェタが言った。
「わたくしが、でございますか」
「あなたの判じた蝋を注文します」
ボフミルが机の端を指で叩いた。
「巣は持ってくる。見るのはあんただ」
女衆の一人が空箱を持ち上げ、もう一人が小屋の鍵をクセニヤの前へ滑らせた。
「棚は六段あるよ。鍋は一つしかないけど」
「鍋は蜂場の勘定に入りますか」
「豆を煮るなら入るさ」
クセニヤは契約書の自分の名へ指を置いた。親指ではなく、人差し指だった。
* * *
三度目の冬、クセニヤの蜂場には白い蜜蝋の一片が立っていた。
夏至前の花を分け、沢沿いの巣を急がせず、二年を越したものだった。札は巣枠へ下がっているが、棚を開ける者はまずクセニヤを呼んだ。
門の外に馬車が止まった。ラドミルが一人で降り、包みを両手に持っていた。
「昔からの付き合いだろう」
「十二年でございます」
「なら、なおさらだ。夫人も処分を済ませた。私も差配を外れた。もう誰が悪かったかを争う時ではない」
門は閉じたままだった。ラドミルは包みを解き、旧家で新しく作った蝋の一片を掌へ載せた。灰色がかった角に、爪の跡が残っている。
「一度見るだけでいい。どの巣を分け、どれだけ寝かせれば戻るのか教えてくれ。君にしかできない仕事だと、今はわかっている」
門の内側の台には、クセニヤの白い一片が立っていた。鉄柵を挟み、二つの蝋が同じ朝の光を受けた。
ラドミルが旧家の一片を差し入れようとした。クセニヤは受け取らなかった。
「蜂は、買えば手に入ります」
閂へ手をかける必要もなかった。
「待ってくれ。あの棚を空のままにはできない」
「差配人殿」
「もう差配人ではない」
「では、お帰りくださいませ」
馬車が雪道を戻ってから、クヴェタが控えを抱えて現れた。白い一片を一本の蝋燭へ仕立て、芯を切り、火を移す。
炎はまっすぐ立った。白い縁を薄く溶かし、煤を出さずに燃えた。
クヴェタは控えを開いた。
「翌冬は、今年の倍を」
「巣の具合を見てからでよろしいでしょうか」
「その返事を含めて注文します」
門から、空箱を抱えた近隣の衆が入ってきた。講の女衆は鍋を二人がかりで運び、蓋の隙間から豆の湯気を漏らしている。
「先に食べるよ。冷めた蝋は見られても、冷めた豆は戻らないからね」
「その理屈は、控えへどう書けばよろしいですか」
「大盛り、と書いときな」
棚の前に長い机が置かれ、木椀が並んだ。ボフミルは空箱を下ろすと、自分の分のパンを黙ってクセニヤの椀の脇へ置いた。
クセニヤは白い一片へ親指を当てた。二年寝かせた硬さが、まっすぐ指へ返ってくる。
今度は、誰に遠慮することもなく、わたくしの蝋だった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




