07. オークのボロネーゼ風ガレットと野菜ポタージュ
基本すべての食材を『浄化』しています。いちいち書くとまどろっこしいので、たまに浄化の手順を書く程度に留めています。
翌朝、東の空が白み始めた頃、カイは『止まり木亭』の扉を開けた。
そこには、すでに起きてテーブルを吹き上げているアルの姿があった。
「おはようございます、カイさん!」
「ああ。……早いな」
「はい! お部屋、すごく暖かくてよく眠れました。ありがとうございます!」
アルの屈託のない笑顔に、カイは小さく頷いて、壁にジャケットをかけた。
そして、まずは自分を落ち着かせるための茶を淹れ始める。
だが、その静寂を破るように、店の入り口から「カラン」と乾いた音が響く。鍵はかけていたはずだが、そこには一人の女性が立っていた。
隙のないメイド服に、煌々と輝く銀髪。感情を一切排除した琥珀色の瞳がカイを射抜く。
「……誰だ。店はやってないぞ」
「初めまして、カイ様。リネットお嬢様の護衛兼、世話役を拝命しております、セーラと申します」
彼女は音もなく一礼した。その所作は完璧で、彼女が昨晩リネットの語っていた"お付きのメイド"であることを確信させるには十分な気品があった。
「リネットから聞いた。お付きのメイドってのはお前か」
「左様です。本日はご挨拶に伺いました……。それと」
セーラの視線が、カイが調理台に並べたばかりの食材――昨日入手したばかりのオークの生肉や、瑞々しい卵――へと、吸い寄せられるように固定された。
「私も、その朝食とやらを頂いてもよろしいでしょうか。……誤解しないでいただきたい。決して私が食べたいわけではありません。お嬢様がどのようなものを口にしているのか、知る必要があるのです」
表情一つ変えず、事務的に、淡々と。
「そうか。まあ、勝手にしろ」
(タダ飯食らいがまた一人増えるのか……)
そろそろ代金を取るべきかと、悩み始めるカイであった。
────
調理が始まる。
まずは、オーク肉を叩いてミンチにし、強火で一気に焼いて肉汁を閉じ込める。
そこに細かく刻んだ色とりどりの根菜を加え、安酒を少々加え、煮詰めれば、肉の旨味と野菜の甘味が凝縮された濃厚なソースが完成した。
続いて、ガレットの生地を焼く。
ガレットと聞くとあまり馴染みがないかもしれないが、甘くないクレープ生地──と言えばわかりやすいかもしれない。
フライパンに薄く広げ、縁がパリリと香ばしく色づくまで火を通す。
パリッと焼き上げたガレット生地の中央に、先ほどの肉ソースをたっぷり載せ、瑞々しい卵を割り落とした。
この世界の卵は魔毒や雑菌が多く、中心までカチカチに焼き固めるのが常識だ。半熟など、もってのほか。
(……これだ。これをやりたかったんだ)
弱火で蓋をし、白身に少しだけ火を通す。黄身は生のままだ。
同時進行で、野菜のポタージュを作る。
人参に似た根菜や、ジャガイモのようなデンプン質の多い野菜を浄化し、皮ごと加熱する。
蓋をして、弱~中火で蒸らすように焼くことで、野菜自体の水分で甘みを最大限に引き出す手法だ。
ホクホクになった野菜から皮を取り除き、丁寧にペースト状にして、浄化水を加えながら滑らかに伸ばしていく。
「野菜の繊維と脂が混ざり合うまで、しっかり混ぜて……っと」
仕上げに、オーク肉を焼いた際に出た黄金色の脂をひとさじ。これが生クリームやバターの代わりとなり、野菜の滋味に強烈なコクと満足感を与えるのだ。
──ちょうど盛り付けを終えた頃。店の入り口が、賑やかに鳴った。
「カイさーん、朝ごはんをいただきにきましたよー!」
リネットだ。彼女は店内にいる銀髪の女性を見つけるなり、目を丸くした。
「……って、あれ!?セーラ?どうしてここにいるの!?」
「私はいつでもお嬢様のお傍におりますよ」
「それはそうなんだろうけど!?でも、珍しいわね、あなたが表に出てくるなんて」
「お嬢様がこの御仁に熱心に取り入っているようでしたので。安全性を確かめる必要がありました」
「あなたもこの方の料理を食べれば、虜になる気持ちがわかると思うわ」
左様ですか、と会話を終わらすセーラ。
そこに、カイが盛り付け終わった皿を並べる。
「ちょうど出来上がったところだ。『オークのボロネーゼ風ガレットと野菜ポタージュ』だ。冷めねえうちに食いな」
「……む。このお肉、私が昨日仕留めたオークですね……いやぁ、今日も朝から幸せですぅ……」
リネットが早速ガレットにかぶりつき、幸せそうに頬を緩める。
「薄い生地の中にオーク肉の旨味が閉じ込められてて最高ですっ!こっちのポタージュも初めて飲む味です。野菜がこんなにとろとろのスープになるなんて……!」
アルも続く。一口飲んだポタージュを見つめ、感動しているようだった。
そしてセーラは──。
「……なぜ、これほどまでに洗練された味がするのですか。……はむ。……お嬢様の健康を損なわないか、もう一口……。……もぐ。……ふ、ふぅ」
無表情のまま、凄まじい勢いでガレットを胃に収めていく。その背中が心なしか小さく震えているのは、感動を押し殺しているからだろうか。
最後の一切れまで綺麗に完食し、スープの一滴すら残さなかった。
そして、ハンカチで優雅に口元を拭うと、再び鉄面皮に戻って言った。
「……結論です。あなたの料理は非常に美味でした。しかし、今後もそうである保証はありません。私が毎食監視すべきでしょう」
「……はいはい。素直にまた食べたいって言えないもんかねえ……。アル、美味かったか?」
「はいっ、最高です!なるほど、こんな料理方法があるんですね」
アルの瞳には、単なる食欲以上の、料理に対する純粋な好奇心が宿っていた。
こうしてまた一人、止まり木亭に賑やかな住人が増えたのであった。
「……あいつら、今朝は来ないのか」
一応、ガッツとバルドの分も作っておいたが、後で食べに来るかもしれないと思い、冷蔵庫へ収めた。




