06. ハニーベリーの即席スコーン
省いてますが、料理手順において素材はほぼすべて『浄化』しています。
厨房は静まり返っていた。
リネットはカウンターに突っ伏して幸せそうに眠り、カイは椅子に腰かけながら、明日は何を食べようか、などと考えに耽っていた。
片付けを終えたばかりのアルは、リネットの隣に座りながらも、手持ち無沙汰にそわそわと落ち着かない様子だ。
「あの、カイさん……」
アルが思い切って声をかける。
「あ?」
カイは視線を向けた。不機嫌なわけではないのだが、その目つきの鋭さにアルは思わず萎縮してしまう。
「実は、僕……」
カイは単純にアルを見つめているだけなのだが、目つきの悪いそれにアルは萎縮してしまう。
「あの……」
「……あー、待て待て。今、お茶を淹れてやるからよ」
カイは、立ち上がり、お店の鍵をかけるとお湯を沸かし始めた。
静寂の中でアルを──あるいは自分自身を落ち着かせる一杯が必要だと判断したのだろう。
もしかすると、彼なりに気まずさを感じていたのかもしれない。
カイは茶を好んでいる。この世界の木の実や香草には魔毒が少なく、多少中毒しても体にさほど害はない。そのため『浄化』のスキルを入手する前から、彼は好んで茶を淹れていた。
「……さて、と。簡単なおやつも作るか」
カイは、小麦粉と、アイテムボックスに仕舞っておいた「野生のハチミツ」、そして森で摘んできた「酸味の強い小果実」を取り出した。
まず小麦粉を浄化して雑味を取り除き、冷やしておいたナッツオイルを指先で混ぜ込む。そこにハチミツを加え、ざっくりとまとめて形を整え、オーブンへ。
ベリーは砂糖と少々の酒で煮詰め、フレッシュなコンフィチュールにする。
香草茶は、乾燥させたミントに似た葉を『浄化』し、沸騰直前のお湯でじっくりと香りを引き出したものだ。
香ばしい匂いが店内に漂い始めた頃、リネットが静かに目を開いた。
「……ふぁ。カイさん、いい匂いがします……」
「起きたか。お茶でも飲もうと思ってな」
カウンターには透き通った琥珀色のハーブティーが並ぶ。
リネットが顔を洗いに奥へ行っている間、カイはグラスに茶を注ぎ、アルに差し出した。
「まあ、飲めよ」
アルは、小さな手で大切そうにコップを握りしめ、一口飲むごとに顔をほころばせた。
「アル。お前、行くあてはあるのか?」
ハーブティーを半分ほど飲んだところでカイが静かに切り出した。
出会った時の貧相な身なり、そして先ほどの態度からなんとなく察していたことだ。
「……ないです。両親は流行り病で亡くなってしまって、ギルドの裏で荷物運びをして、余り物を貰って繋いでました」
「そうか。それで、お前はどうしたいんだ?」
促されると、アルは意を決したようにカイの目を見つめ返した。
「……あの!僕をカイさんの下で使ってください!掃除でも雑用もなんでもします!」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
そのタイミングで、顔を洗ったリネットが戻ってきた。
タオルで顔を拭きながら、どうしたんですか?という顔をしているが、カイがハーブティーを差し出すと彼女の興味は完全に琥珀色の液体へと移ったようだ。
「ちょうど、人手がほしいと思っていたところだ。俺からも頼むよ」
嬉しそうに目を輝かせるアルとは目を合わせずに、カイが続ける。
「といっても、今はさほどやることもないだろうけどな。あそこに空いている部屋がある。そこで寝泊まりするといい」
「さて、そろそろ焼けた頃か」
十五分ほどオーブンで焼いたスコーンを取り出し、お皿に盛り付ける。
その瞬間、リネットが弾かれたように声をあげた。
「それはなんですか?食べてもいいですか!?」
目を輝かせ今にもよだれを垂らしそうなその表情は、まるで待てを食らっている犬のようだ。
「ああ、ハニーベリーの即席スコーンだ」
いただきます、とリネットがかじりつく。
「んんっ! サクサクで、中はしっとり……。ハチミツの優しい甘さが身体に染みますぅ……」
「……美味しい。こんなに綺麗な味のお菓子、初めて食べました」
アルもスコーンを割り、一口ずつ噛み締めている。
店内はしばし、静かな夜のティータイムに包まれた。
────
「ところでリネット。お前、なんでそんなに強いんだ?」
カイの問いに、リネットは茶を一口飲み、少しだけ真面目な顔をして答えた。
「……んー、基本は英才教育ですね。私の実家、バウムガルト家って、代々王国の騎士団長を輩出するような武闘派貴族なんですよ」
貴族に詳しくないカイでも、その名には聞き覚えがあった。
バウムガルト伯爵家と言えば、現在の王国騎士団長、アルドリック・バウムガルトの名は有名だし、バウムガルト流剣術の道場はこの迷宮都市バベルにおいても最大手だ。
「……マジかよ。道理で立ち振る舞いが……いや、飯を食う時以外は、か」
一瞬言葉を失い、次に出てくるのは、そんないいとこの子がここにいていいのかという不安だ。
「むー!失礼ですね!稽古の時間も嫌いでしたが、なにより食事の時間が大嫌いだったんです。あまりにもご飯がまずくて。家を飛び出したはいいものの、外に出たからと言って美味しいご飯があるわけでもなくて……そこを救ってくれたのがあの日のあなたですよ!」
まずい飯への反逆という、彼女らしい家出の理由にカイは思わず吹き出した。
「ははっ、お前らしいな。だが、貴族のお嬢様がこんな夜まで自由に歩いていていいのか?」
「まあ、それは大丈夫です。私、四女なので自由にさせられてますし、私の付き添いメイドのセーラがうまく誤魔化してくれてるはずですから。彼女、すごく優秀なんです」
リネットはあっけらかんと言い放つ。
(お付きのメイドまでいるとはな……しかし、どっちにしろ心配はされるんじゃないか?)
「……ま、お前がそういうなら、いいか」
深くは言及しないでおくカイだった。
誰だって、自分の事を根掘り葉掘りは聞かれたくないはずだ。
「じゃあ、明日の朝また来る。アル、洗い物を頼んでいいか?」
「はい、任せてください!」
子供なのだからもっと悠々としていればいいのに、とカイは願ったが、そのやる気に水を差すほど野暮でもなかった。
カイは口に残るハニーベリーの余韻を感じながら、カランコロン、と店を出た。
翌朝は、今日以上に騒がしく慌ただしい日になるとは思ってもいないのであった。




