04. 森の恵みのフォカッチャサンド
翌朝、カイはリネットを引き連れて、街の裏山にある森へと足を運んでいた。
お目当ては、市場には出回らない、"誰も食べ方を知らない"野草やキノコだ。
「カイさん、このトゲトゲのキノコ、焼いても毒素が抜けきらないって本に載ってましたよ?」
リネットが指差したのは『ネズミ茸』。
そう、なぜ"誰も食べ方を知らない"かと言えば、簡単な話──強烈な魔毒があるからだ。
「それは、普通に食えば、な。……『浄化』すれば、毒素も抜けてただの美味いキノコだ」
カイは、淡々と野草やキノコを収穫していく。
「そこに生えてるのは『野生のビーツ』だ。採ってくれ」
リネットが泥だらけになって引き抜いたそれは、彼女の顔を丸々覆い隠すほど巨大で、瑞々しい赤色をしていた。
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二人はたっぷりの食材を抱え、遅めの朝食──ブランチを作ろうと『止まり木亭』へ戻った。
だが、厨房には先客がいた。
椅子に深く腰掛け、腕を組んでいるのは、ガッツをさらに険しくしたような面構えの老人だ。
「……ガッツから話は聞いた。この店を貸してほしいそうだな」
ガッツの父親、バルドだった。彼は鋭い眼光で、リネットが抱える巨大なビーツを睨みつけた。
キノコなどはカイのアイテムボックスに収めたが、このビーツはどうしても彼女が持つと言ってきかなかったのだ。
「だが、ここは俺が人生を捧げた厨房だ。得体の知れん料理を作るやつに、易々と明け渡すわけにはいかん。……そのアクだらけのビーツで俺を黙らせる一皿を作ってみろ」
ここの厨房の持ち主と聞くと蔑ろにもできないカイは、迷いのない手つきでエプロンを締めた。
「……アク、そんなもの果たして、あるのかねえ」
早速、カイは料理に移った。
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まず、真っ赤な野生のビーツを、皮ごと『浄化』して土臭さを抜くと、大きな葉で何重にも包んで縛り、厨房のオーブンに放り込んだ。
「まずは、じっくり眠らせる」
包み焼きにすることで、ビーツの持つ糖分を極限まで引き出し、ホクホクとした甘みを凝縮させる。
本来はアク抜きのために何時間も茹でるので、浄化のスキルを持つカイならではの手法だ。
ボウルに小麦粉、浄化した水、アヒージョの残りオイルを混ぜて練り上げる。
これを薄く伸ばし、鉄板の上で直火焼きにした。
続いて、『ネズミ茸』に浄化をかける。猛毒が抜けた茸を手でほぐし、これまた浄化済みの刻んだウサギ肉と共にフライパンへ。
このキノコは加熱すると自身の水分で自らとろけ出し、濃厚でクリーミーなソースを演出してくれる。
オーブンから取り出したビーツを厚めにスライスし、焼きたての生地に茸と刻んだ肉のソテーを挟んで二つ折りにする。
端をフォークで押さえつけて具材を閉じ込めたら、完成だ。
「『森の恵みの包み焼き』だ……食えよ。冷めないうちに」
バルドは無言でフォカッチャサンドにかじりついた。
ひと口噛んだ瞬間、老人の眉間の皺がピクリと動く。
「……なんだ、この茸は。バターも使わず、なぜこれほど濃厚なコクが出る?それにこのビーツだ。嫌な味が一切せず、甘味と絶妙な土臭さが最高だ。なにより、なぜ『魔毒』がない?肉なんて軽く火を通した程度なのに……ただの素人じゃないな」
隣で「もう待てません!」とガレットを口いっぱいに頬張るリネット。
その至福の笑顔がなによりの証拠となり、老人にとどめを刺したようだ。
「……好きにしろ。その代わり、店を汚すことだけは許さんぞ」
無愛想な合格通知。こうして『止まり木亭』は正式に、カイの拠点となった。
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午後からは食材のストックを増やすため、二人はダンジョンへ向かった。
もっとも、狩るのは戦力に優れてそうなリネットであり、カイはあくびをしながらついていくだけだった。
夕暮れ時、アイテムボックスを魔獣の食材でいっぱいにして街へ戻った二人は、大通りの隅っこで、大きな「銀色の魚」を抱えたまま途方に暮れている少年と出くわした。
少年はボロボロの服を着て、今にも泣きそうな顔で魚を見つめている。
珍しいものを見た、というような表情でカイはその少年のもとへ歩み寄った。
興味の対象は、その少年というよりも少年が持つ魚のほうだった。
「……おーい、ガキ。それ、どうしたんだ」
「あ……これ、ギルドの人が『食えないからやる』ってくれたんですけど……。鱗が鉄みたいに硬くて、食べ方もわからなくて……」
彼が持っていたのは、ダンジョンの地下水脈に生息する『鋼鉄銀魚』。
焼けばすべて同じ味になるこの世界において、魚なんて捌くのが面倒なだけのハズレ食材だった。
ましてや金属並みに硬い鱗と、内臓に強烈な魔毒を持つこの魚は、この街では捨てられるのを待つだけのゴミでしかなかった。
カイは少年の痩せ細った腕と、鳴り響いたお腹の音に視線を落とす。
いつもはダルそうなカイだったが、予想外の激レア食材にどうやら機嫌がいい。
「……運がいいな。俺なら、そいつを最高のご馳走に変えられる」
「えっ……本当、ですか?」
「リネット、そいつを運ぶのを手伝ってやれ」
「任せてください!美味しい魚料理の予感がします!」
「……おい、ガキ。名前は?」
「……アル、です」
「よしアル、ついてこい。今夜は、肉料理と魚料理。豪華な晩飯だ」
カイは珍しくやる気な足取りで、夕焼けに染まる『止まり木亭』へと少年を招き入れた。
カイがキノコや野草の特性などに詳しいのは、彼が幼い頃に色んな物を食べて何度も中毒した、実体験によります。




