異世界の門と、制服の孤独
「……そういえば、鈴殿」
焚き火を囲みながら、ヒルダがふと思い出したように声をかけました。その真面目なトーンに、鈴はビクッと肩を揺らします。
「身分を証明するものは持っていますか? 街道を進み、大きな街の検問を通るには、どうしても身分証(ID)が必要になります。今の貴女は、書類上はこの世界に『存在しない』ことになってしまっているのです」
「み、みぶんしょ……? いえ、そんなものは……」
「ニャ。それはまずいニャ。怪しいスパイだと思われて、地下牢にポイされちゃうニャ」
「ち、ちかろう!? いやです、暗くて怖いところなんて……!(あ、でも誰もいないなら案外落ち着くかも……?)」
一瞬だけ「独房なら誰にも会わなくて済むのでは」という危険な思想が頭をよぎりましたが、ヒルダがそれを即座に否定します。
「地下牢は衛兵が24時間監視していますよ。……一番手っ取り早いのは、冒険者ギルドに登録することです。あそこなら実力さえあれば、出自を問わず身分証を発行してくれます。幸い、次の街『アステリア』には大きなギルドの支部があります」
「ギ、ギルド……。それって、テレビ……じゃなくて、本で読んだことがあります。ガラの悪い冒険者の人たちが昼間からお酒を飲んで、喧嘩とかしてる、あの……」
「その通りニャ! 活気があって、人も魔物も入り乱れて、すっごく賑やかニャ!」
ミィアの「賑やか」という言葉は、鈴にとって「処刑宣告」と同じ響きでした。
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いざ、魔窟のある街へ
「……む、無理です……。ギルドなんて、絶対無理です……。人が、いっぱい……ガヤガヤしてて……あぅ……」
想像しただけで、鈴の顔面は蒼白になり、膝がガクガクと震え出します。
「安心してください、鈴殿。私たちが付いています。……それに、貴女のそのレベルなら、登録試験も一瞬で終わるはずです」
「……あ、あの、ヒルダさん。やっぱり、私、行くのやめたいです……」
巨大な城郭都市『アステリア』の正門を前にして、鈴は今にも泣き出しそうでした。
門の前には、入城を待つ商人、旅人、冒険者、そして物珍しそうに辺りを眺める観光客たち。その数、ざっと見積もっても100人は下りません。
フードも、隠れる場所もない、完全な「露出」状態。
100人分、計200の瞳が好奇心の矢となって、鈴の華奢な背中を射抜きます。
> 【絶世の人見知り】限界突破!!
> 対象:入城待ちの群衆、衛兵、門番(約100名)
> 「衆人環視における全方位露出」という極限のストレスを検知。
> レベルが 10 上がりました!
> 新たな能力【不可視の前髪】を獲得しました!
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現在のステータス(アステリア正門前にて)
| 項目 | 数値 | 状態 / 備考 |
| 名前 | 桜井 鈴 | 【精神崩壊:計測不能】|
| レベル| 51/ | (+10 Up / ついに50突破) |
| HP| 1100 | (レベルアップにより増大) |
| MP| 1850 | (魔力供給過多) |
| 速度| 150 |
| 回避率| 30% |
| スキル能力 | 【絶世の人見知り (Lv.1)】 | 【不可視の前髪】(New!)今までに獲得した能力 |
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(もう、誰とも目を合わせたくない……! 私の顔を見ないでぇぇぇ!!)
鈴が顔を伏せ、両手で頭を抱えた瞬間、彼女の「制服の隙間」から溢れ出した魔力が髪の毛に宿りました。
鈴の少し長めの前髪から、不自然なほど濃い「影」が溢れ出し、顔の上半分を完全に覆い隠したのです。
それは、まるで前髪が物理的なブラックホールになったかのような、異様な「闇」。
「おや……? 急に、鈴の顔が認識できなくなったニャ。そこにいるのは分かるのに、目が合わせられないニャ……」
「これは……強力な認識阻害の権能!? 視線を合わせようとしても、なぜか焦点がボヤけてしまいます。鈴殿、これなら顔を直接見られずに済みますよ!」
「……あ、う……本当、ですか……? 視界は真っ暗ですけど、少しだけ……心が落ち着きます……」
前髪による鉄壁のガード(闇)を完成させた鈴は、幽霊のような足取りで、ヒルダの背中にピッタリと吸着して門をくぐりました。
しかし、その姿は「顔面が真っ暗な闇に包まれた、チェック柄スカートの謎の少女」という、さらに怪しすぎる都市伝説のような不審者として、街中の人々の度肝を抜くことになるのですが……本人は「目が合わない」という一点だけで、かろうじて理性を保っていました。
「……次は、ギルドです。この街のギルドには、今の数倍の冒険者がたむろしていますよ」
ヒルダの非情な一言に、鈴の「不可視の前髪」から、さらにどす黒いパニックの煙が漏れ出すのでした。
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【今回の獲得能力】
【不可視の前髪】:前髪から特殊な闇のフィールドを展開し、自分の顔を他人の認識から外す。相手がレベル50以下であれば、鈴の存在そのものに気づけなくなる。




