夜の森の鬼ごっこ
「ふにゃあああ……もう、第何条か分かりません……」
ヒルダの熱血指導に魂が抜けかかっていた鈴。そのとき、横からミィアが音もなく忍び寄り、鈴の首根っこをひょいと掴みました。
「ヒルダ、教育もいいけど、夜の森は実戦の宝庫ニャ。鈴をちょっと借りていくニャ!」
「あ、ミィア殿! まだ第58条が……!」
ヒルダの声を背に、ミィアは鈴を抱えたまま、驚くべき軽やかさで夜の静寂へと消えていきました。
---
「いいかニャ、鈴。ヒルダみたいな堅苦しいのは無視でいいニャ。僕たちの生きる道は、敵に見つかる前に逃げる、見つかっても捕まらないことニャ!」
深い森の中、ミィアは鈴を地面に降ろしました。周囲は魔物の気配で満ちていますが、鈴にとっては「説教する人間」がいないだけで、少しだけ呼吸が楽になります。
「あ……ぅ、はい……。逃げるのなら、得意……かもしれません……」
「がはは、頼もしいニャ! じゃあ、今から僕が『鬼』ニャ。捕まったらまたヒルダの説教部屋に強制送還だニャ!」
「っ!? そ、それだけは嫌ですぅぅ!!」
その瞬間、鈴の「生存本能」という名の人見知りが爆発しました。
> 【絶世の人見知り】発動!!
> 対象:ミィア(Lv.50 / スカウト)
> 「捕まれば地獄(説教)」という強烈な強迫観念を検知。
> レベルが 1 上がりました!
---
現在のステータス(深夜の森)
| 項目 | 数値 | 状態 / 備考 |
| 名前 | 桜井 鈴 | 【逃走本能全開】|
| レベル | 30 / | (+1 Up / 節目突破) |
| HP | 520/ 520 | |
| MP| 800/ 800 | |
| 速度 | 100 | (恐怖補正) |
| スキル能力| 【絶世の人見知り (Lv.1)】 【反射的・空蝉】(New!)+今までに獲得した能力 |
---
「逃がさないニャ!」
ミィアが風のように踏み込んだ瞬間、鈴の姿が「ブレ」ました。
ミィアが掴んだのは鈴の残像。本物の鈴は、すでに数メートル先の木の枝の上、さらにそこから闇に紛れて消失しています。
(あ、あ……! 身体が勝手に……! でも、ミィアさんの目が怖い! 追いかけてこないでぇぇ!)
あまりのパニックに、新スキル【反射的・空蝉】が発動。
ミィアの目の前に「震えながら謝る鈴」の幻影を置き去りにし、本体は気配を完全に断って森の奥へと滑り込みます。
「……ニャ!? 消えた!? どこに……」
ミィアが周囲を警戒したその時、バフン!とマタタビの香りが鈴の鼻をかすめました。
先ほどのスープの影響か、あるいは極限の緊張が解けた反動か。
「……ふえ……?」
急に足の力が抜け、鈴は木の上からボフッ、と落ち葉のクッションへ落下しました。
その拍子に、無意識に演じていた「ハキハキした擬態」も、逃走用の「超身体能力」も、霧が晴れるように消えていきます。
「……あぅ……。……やっぱり、私……普通に、怖いです……」
そこには、スキルで強化された「怪異」ではなく、ただの臆病で、人見知りで、少しだけ夜風に震える、元の桜井鈴が座り込んでいました。
「がはは! お疲れ様ニャ。最後はいつもの鈴に戻ったニャ」
ミィアが木の上から飛び降り、優しく笑いました。
「でも今の逃げ、すごかったニャ。レベル200のヒルダでも、今の鈴は捕まえられないニャ。自信を持つニャ」
「……じしん、なんて……。でも、ありがとうございます……」
鈴は小さく丸まり、月明かりの下で自分の震える手を見つめました。
最強になっても、レベルが上がっても、中身は変わらない。けれど、そんな自分を「すごい」と言ってくれる仲間が隣にいる。
鈴はほんの少しだけ、この異世界に来て初めて、安らかな眠りに誘われるのを感じました。
---
【今回の獲得能力】
【反射的・空蝉】:捕まりそうになった瞬間、その場に自分の幻影を設置し、自分は短距離を瞬間移動する。




