七話 ゴリラとファイター
ゴリラは小学生の頃、遠足で動物園に行った時に見たことがあった。
既に問題児というレッテルが貼られていた俺は、何か問題を起こさないか見張るために担任の先生とペアになって回ることになっていたが、それを振りきって一人で動物を見て回っていた時にそいつを見つけた。
巨体を覆う黒い毛と人間に近い肢体からは、人間など優に超えるほどの力強さは感じられたが その反面どこか鈍足、ノロマというイメージが感じられた。
ゴリラが走る姿なんて見たことは無かったし、動物園の動物は飼育され、安全を確保されているのだから野生にある気迫なんてものは当然持ち合わせていない。
要するに、小さい俺が当時ゴリラに抱いた印象は優しいとか温厚といったもので、ライオンやトラを見て抱く印象とは全くの別物、真逆だった。
そして現在、目の前にいるゴリラから抱く印象。
速い! 強い! そして怖い!
一瞬で間合いを詰める瞬発力に加えて、振り下ろした拳が床にめり込む程の破壊力。
ただ拳を振り回しているだけで威圧感があり、もし拳をまともに受けようなら人一人くらい平気で潰せそうな迫力だ。
それが数十匹、冷静に戦況を判断しても、、、
うーーん、勝てる気がしない。
「本気だよな!? 本気で勝てるって言ってるんだよな!?」
再度確認。
だって、どこからどう見ても勝てる気がしないもの。
「だから言ってんじゃん、頑張れば勝てそうくらいの敵だって」
こいつの頑張ればのラインが、確実に、頭オカシイ。
というか、頑張っても無理だろこんなの。
とは言ったものの、実の所、攻撃は紙一重ではあるが避けられている。
神さんとの特訓で攻撃をギリギリまで見ることを散々教えられたおかげで、相手の攻撃が来る動作を把握、そこから避けるまでの一連の流れが格段に上がったおかげだ。
しかし、それでも避けれるというだけ。
攻撃をしなければ、幾ら避けれてもいずれジリ貧だ。
「くっ、そ、コンニャローー!!」
勇気を振り絞り、目の前のゴリラの攻撃が振り下ろされたタイミングでカウンターを頭に拳を当てに行く。
「そういえば、言うの忘れてたけど」
ゴリラの頭に拳が当たる寸前、神さんの言葉が耳に届いた。
やけにスローモーションに、目の前の自分の拳が動く。
「そいつ、透けるぜ」
頭に当たるはずの拳は空を切り、体制が崩れたところにゴリラの大振りなパンチが腹にねじ込まれた。
ドッ、ドッドド、ドガァァァン!!
地面を転がり、壁に激突する。
満タン近くあったHPは半分近くまで減り、それをリアルにする様に、攻撃を受けた腹と、壁と激突した背中からは鈍痛が広がっていく。
「ゴホッ、ゴッッホッゴホ、、っっったぁぁぁぁ」
痛すぎる! なんだ! 今のは!!
攻撃が当たったと思ったら透けて、そこからできた隙から、思いっきり、喰らっちゃいけないのを喰らった。
「っっ…い、……今、言ってんじゃ、ねぇ」
衝撃でまともに喋れないがそれでも文句が口から零れた。
そういう重要なことは最初に言えと念を押したはずだ。
押した、押したよな? ダメだ、こいつが全然出来てねぇから、自分が言ったかも不安になる。
「悪い、悪い、別のことに意識いっててすっかり忘れてたぜ」
別の、だと。
それより重要なことが今、この状況であるのか。
ふざけるのも大概にしろ。
「だから、特別にヒントをやるよ。俺は、頑張れば勝てるぐらいの敵って言ったぜ?」
神さんから来るとは思えないリップサービスの言葉に内心期待はしたものの
その期待は無常にも外れた。
は? なんだこいつは、一体、何を言ってる?
それとも何か? 今この場でナゾナゾをしろってのか?
「全く! 何一つヒントになってねぇよ!! ナゾナゾさせてぇならもっとマシな状況で言いやがれ!!」
そして、好機と言わんばかりにゴリラ達が襲ってきた。
集団で囲み、全方位から攻撃を放ってくる。
回避している間、こちらが攻撃をしてもやはり全然当たらない。
それにダメージの影響もあって、先程のように上手く避けることが難しくなってきた。
このままでは、確実にいつか捕まる。
「わかった、わかった。じゃあラストヒント。敵の身体をよく見ることだな」
身体をよく見るだと。
ヒントとは思えない言葉に呆れる。
身体をよく見てるからこうして避けられてるんじゃねーか。
これ以上どこを見ろってんだ。
ヤツらの顔のシワから傷跡までハッキリと。
傷跡、傷跡、、。
違和感。距離を取り、全員の身体全体を見て確認をする。
そして、神さんが最初に言った言葉を思い返す。
確かこいつらの説明の時、そいつらではなく、そいつと神さんは言っていた。
「おい、、神さんが気づかせたかったのって」
神さんは俺が今見つけたことが、正に正解だと言う顔で言う。
「そういうこと、気づいたみたいだな」
ヤツらの顔の細かなところから傷跡まで、あまりにも一致しすぎている。
これは、まさか。
「最初から敵は一匹だけで、他は実体をもつただの幻影ってわけさ。本体以外の幻影に攻撃が出来ないのはそのため、攻撃される瞬間に実体を解いてるわけだからな」
つまり、敵は最初から一匹だった。
攻撃が通らないのも納得だ。
そもそもの体がないんだからな。
「なんだよ、そういうことか。つまりはこの中から本体を見つけてぶっ叩けばいいってことだな」
「ああ。だが問題もある。こいつは幻影にある程度の強度の実体を付けられるということ」
確かに。幻影でも攻撃できるんだから当然だ。
ってことは、攻撃が当たるからって本体とは限らないってことか。
「それともう一つ。そもそもお前の体力が持たないかもしれねぇってことだ。死にたくねぇんなら、俺が変わってやるけど?」
ああ、なるほど確かにその通りだな。
腹の痛みは徐々に収まってきているとはいえ、全身にガタがきはじめている。
長期戦は絶対に無理だ。
「それについてはわかってるよ。…だけどここまで来たんだ。こうなったら、最後まで一人でやってやる」
その答えに満足したのか、神さんはニヤリと笑った。
「いいね! いいね! 日本人、それでこそだ! 【ヤマトダマシイ】ってやつだったか?」
それに答えるように俺も笑った。
「いーや、多分違うと思うぞ。これはただの、意地だ」
「ウボォォォォォォォオオオオ!!」
ゴリラが一際大きい叫びを上げた。
相手もそろそろ俺を仕留める気らしい。
「上等だエテ公ォォ! ここで絶対仕留めてやる!!」
俺も吠えた。
無意味だ、それでもこの場面、気迫で負ける訳にはいけないと、声を張り上げた。
敵の攻撃を避け、身体の何処でもいいからとにかく攻撃をして回る。
ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ。
しかし、攻撃をすれどもすれども、ことごとく当たらない。
だがついに。
ドンッ。
やっと当たった。
もちろん今のは、実体と幻影を判別するための軽い攻撃。
ここから全ての攻撃を全力で打ち込む。
「ウォォラァァァァ!!!!」
連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打。
いかにも耐久力の高そうなゴリラも耐えきれなくなったか、ついによろけて膝を着く。
「コレでトドメだ!!」
戦いの終止符のための拳が頭部に向かって放たれる。
本日二回目のスローモーションのように遅くなった世界。
そう感じる中で、放たれた拳が頭部に当たると思った瞬間、ゴリラの頭部は幻影となり、拳は幻影を揺らして空を切る。
「ウボォォォォォォォォォォォォ!!!!」
声を上げた背後のゴリラから振り上げられる巨腕の拳。
一撃必殺の攻撃だ。このままでは絶命は免れない。
だが、ここまでの小細工をするほどの敵を、強敵認定しないはずがない。
そして、強敵を仕留める際には最も信頼出来るもの、幻影ではなく、自分でトドメを刺しに来るはず。
つまり、こいつが幻影である可能性は低い。
「お前が本体だッ!」
迫り来る拳を空中で翻した身体は捻りながら回転し、かかとを頭上にあげた。
「喰らえ! 天空かかと落としだァァァ!!」
ドゴォォォォォォン!!!
かかとは見事に後頭部に直撃し、ゴリラは身体の自由を無くしたかのように倒れた。
同時に数十匹いた幻影のゴリラも消える。
「イッタァァ~~~!!!!」
かかと落としがゴリラの後頭部に当たった衝撃で、かかとに高圧電流が流れたかのような痛みが走り、地面に不時着する。
しかし、その痛みに勝る安堵感。
全身から気が抜ける、闘いはもう終わったのだ。
俺の勝利で。
「ハァ、、ハァ、、、勝っ、勝ったぁぁぁぁ」
死闘を乗り越え、「生きる」を手にした。
俺は生存競争を勝ち抜いたのだ。
「悪いな、勝者の権利だ」
気絶したゴリラの首の骨を折って、命を終わらせた。
《レベルアップ。レベル三に到達しました。クラスレベルアップ。ファイター、レベル三》
経験値が手に入った。これで本当にこのゴリラは死んだのだ。
勝者の特権、生かすも殺すも自由。
だが、せめてなるべく苦痛を与えずにしたいし、これからも生存競争を競い合った命は余すことなく有効活用をしよう。
剥いだ毛皮は新しい服にする事にした。
こういう時、神様の教えてくれるサバイバルテクはとても有益だ。
完成。多少臭うが、そんなことを気にするのはこの洞窟を出たあとだ。
そして目の前にあるのは残った肉。
「いただきます!」
かぶりついたが脂身は少なく、肉の硬さが尋常じゃない。
ブチブチブチィ
噛み切るのにも一苦労だ。
味自体も不味くは無いが、決して美味くはない。
けれど、残さない。一片たりとも。
それが礼儀だ。
「プハァーー。食った食った。ご馳走様でした!」
「よくそんな硬そーなもん食えるな」
全く、デリカシーのない事だ。
食への感謝とか礼儀とか、こいつには絶対にわからないんだろうな。
腹も満腹になり、不眠不休で訓練と戦いをしたせいか、食い終わってすぐに獣臭に囲まれながら眠りについた。
その日の夜、久しぶりに見た夢にはゴリラの出てきた気がした。




