六話 訓練と書いて暴力と読む
あれからおよそ二日が経った。
腹に残る異物感と、視界がぐにゃりと歪む浮遊感が残っているが、それでも何とか生きている。
メタルドリルバットが床に作った窪みをさらに掘った超即席簡易トイレでの下痢との戦いは熾烈を極めた。
異世界のリアリティを甘く見ていた罰かの如く、メタルドリルバットが持っていた異世界産の未知の病原菌は不規則に腹を波を打つかのような腹痛となって襲いかかってきたのだ。
冷や汗を溢れんばかりに放出し、HPとSPを削っていく間、俺に出来たことは、一刻も早くこの腹痛が治ることを祈りながら、ただひたすら歯を軋ませて痛みに耐えることだけだった。
今言った祈りの対象は、決してそれを見ながらゲラゲラ笑っていたこいつではない。
ともかく、俺は一心の思いで、異世界の洗礼を乗り越えたのだ。
「ハァ、、ハァ、、、ハァ、」
「オラオラどーした。こんなもん序の口だぞ」
今は神直伝、素手による戦闘訓練のまっ最中だ。
当たり前のことだが、ほぼ全裸で生まれた俺に剣や槍といった武器はない。
せめて魔法が使えればと思ったが、どうやら俺には魔法の才能がないらしい。
神さん曰く、この世界の人間は生まれた時から魔法、魔力に触れているため、感覚的に身体の中の魔力を捉えられており、そのおかげで基本的な魔法であれば習うのにさほどの時間はかからないが、俺の場合はそもそもの魔力を感じることが出来てないから無理ということだ。
イメージすると、家電を使うためにはコンセントが必要だが、俺の場合は真っ暗でどこにコンセントを刺せばいいのかが分からない状況ってところか。
そういう訳で魔法を鍛えるのは一旦保留。
現状、俺がこの剣と魔法の世界で生き残るためには拳をひたすら磨くしかないということだ。
剣と魔法の世界なのに、拳って、、、、。
いや、百歩譲ってそれは許すとしてだ。
「いやいやいや、マジでちょっと限界だって! ハァ、ハァ、何時間拳振り回してると思ってんだよ」
こいつのシゴキがキツすぎる。
数時間にもおよぶ拳を使った戦闘訓練で俺の身体は全身痣だらけだ。
目を養うための訓練をすると言われたと思ったらいきなり左ジャブを放たれ、そこからひたすらこいつの殴打を避け続けている。
流石に手加減はしているが、それでも真正面から当たった時なんかはボーリングの玉をぶつけられたみたいに痛い。
しかも、決められた時間内に一撃でもカウンターを打たないと問答無用でぶっ飛ばされる鬼畜仕様。
避けるだけでさえ精一杯なのに、カウンターなんて無理な話だ。
壁や床に叩きつけられ、訓練をする前と比べてここら一帯はクレーターだらけ。
HPがあるのが奇跡に近い。
何度か意識を失った時は写真でしか無い母の顔が浮かんで来た。
その度にこの神様が問答無用で叩き起してきて、今は十三回目の母との対面を終えたところである。
「安心しろ少年。人間は五、六時間程度動き続けるぐらいじゃ死なねぇ。
俺(神)が言うんだから間違いない」
「ハァ、、そりゃあ、あんたが言うならそうなんだろうよ、なんてったって神様だからな。
ハァ、ハァ、、でもさ、人間には心ってもんがある訳で、、」
確かに、これだけしんどくてもSPは三割程しか減っていない。
俺がそこまで至っていない可能性も高いが
疲労や痛みでSPが減るのには限界があるということか。
それにしても、このしんどさで三割は流石に設定ミスだ。
作ったやつは人の心を学んでから作り直せ。
「大丈夫だってー。若さは全てを解決するからな! てことで続きやるぞ」
そう言いながら神様は拳の指を鳴らしてこちらに向かってきた。
あぁ、また始まってしまう。神、、悪魔による地獄の時間が。
悪魔なのはむしろ俺の方だけど。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁあ」
こうして俺は、戦闘のイロハを教え込まれた。
途中からは、戦闘訓練というより、ただの暴力と化していたが。
そして、神様が四つに増え、特訓が約二十時間に及ぶかという時にそれは起こった。
《クラス獲得。ビギナー、ファイターを獲得しました》
「うわっ」
急に頭の中に声が響いた。
その声に反射的に驚いた身体には疲労により、バランスを失った体を支える力はなく、盛大に尻もちを着く。
一体何なんだ今のは? 《全神》の声だったような。
「ハァ、、ハァ、、びっくりした。なんだ今の」
「やっとか。お前スジ悪いなー、とりあえずステータス見てみろよ」
言われてステータスを見てみると、空欄になっていた職業のところにファイターと書かれていた。
ステータスのいくつかも上昇している。
「今お前が獲得した職業ってのは、ある程度それに対する知識と技術があって初めて獲得できる。で、それらを極めていくことで職業レベルも上がるし、レベルアップするとステータスも上がる仕組みだ」
つまり俺は訓練である程度の格闘技術と知識を身につけたから、この職業を獲得したってことか。
「なるほどねー、ホントにゲームみたいな作りだな」
「まぁ、作ったやつがその時日本のゲームにハマってたらしいから実際そうなんだけど」
まじか。神ってゲーマーだったのか。
任〇堂派かな? それともソ〇ー?
「それで今お前が手に入れた職業は三つあるクラスのランク、マスター、エリート、ビギナーの一番下。そこからレベル上げしていくと、上のランクの職業を獲得出来るって感じだな」
「間違って職業を獲得しちゃうとかは?」
「安心しろ。お前みたいな凡人にゃあ、どんな間違いが起ころーがそんなこと起きねぇよ」
一々言葉にトゲがあるんだよなー、この人。人じゃないけど。
でも、確かにこれだけ特訓してようやく獲得出来るぐらいだし、間違って獲得しちゃったなんてことは起きなそうだ。
そもそも獲得した時点でその職業に適性があるってことなのかもしれないし。
「才能あるやつは生まれた時点で職業を持って生まれてくるし、場合によっちゃあ最初からエリート持ちなんて場合もあるけど」
訂正。やっぱり才能なんてものはなかった。
「で、この後は何するんだ?」
「そうだな、このままお前をシゴいてもいいがーー」
ひぃぃぃぃ。
冗談じゃない。
あんなシゴきをこれ以上受けたら、いくらなんでも死ぬ。
「流石にお前もこれ以上やるのはしんどいだろう」
ほっ、良かったぁ。
この神でも流石に自重は出来るようだ。
「そこで、だ。趣向を変えるぞ」
「趣向?」
「あぁ、今までよりも効率のいい鍛え方を教えてやる」
「今までより効率がいい?」
そんなのあるなら最初から教えろよ。
と言いたいが、そんなことは言わない。
機嫌が悪くなって教えてくれないかもしれないし。
「よーするにな、実戦すればいいんだよ」
明らかに悪役がするようなニヤリ顔で神さんはそう言った。
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神様の言った実戦というやつは、訓練や練習の一個上とかそういう次元の話じゃなくて
生きるか死ぬかの戦いの事だった。
言葉の意味的には間違ってないよ、もちろん。
でもさぁー。
「お前…! 加減ってやつわかって言ってんのか!? それとも頭沸いてんのかどっちだ!!」
「ざんねーん、どっちもハズレー。正解はありんこが足元で踊ってるのを見て笑うゾウの気持ちになってるでしたー」
クソクソクソクソ。俺はありんこじゃねぇっての。
目の前には恐らく異世界のゴリラと思われる動物達が群れをなしている。
普通のゴリラと違い、黒目がなく、体躯も一回り大きい。あと全体的に怖い!
「そいつの名前はブラック・ヘイズ・ゴリラって言ってな、魔力溜まりで進化した、ムッキムキのゴリラだ」
「ゴリラがムキムキなんて、全種類共通なんだよ! なんで俺をここに放り込んだ!」
「だーかーらー、実戦だと、どっちのレベルも上げられてお得だからって言ったろー? そのためにわざわざ勝てそうな相手探してやったんだから、感謝しろよー」
「こいつらが勝てそうな相手だと? 目が病気か頭がバカンスか疑った方がいいな!」
「ウボォォォォォ!!!」
そんな言い合いをしていると、こちらに気づいたゴリラが一斉に襲いかかってきた。
「いや、無理だって! どう頑張っても勝てるわけねーよ!」
「まーまー、いざっとなったら俺を出せばいーじゃねーか。とりあえずやってみろよ」
どうやら本気でやれと言っているらしい。
マジかよ畜生。
だが、あの地獄の特訓の後だからだろうか、めちゃくちゃ怖いが、不思議と少し戦える気がしてきた。
こうなりゃヤケだ。神様の言ったとおり、最悪ヘルプしてもらえばいい。
「ッしゃァァァァァァァァ!!!」
声をあげ、気合いを奮い立たせる。
身体に伝わる恐怖が幾分か減った気がした。
「かかってこいゴリラ共!! 今日の昼飯はお前らだ!!!」




