一話 始まり
「はい。ここまで自分の死亡シーンを見て何か感想はありますか?」
「…とりあえず、めちゃくちゃ気持ち悪いっす」
目が覚めたらこの真っ白な空間に居た。
目の前には人らしき者が二人。
らしきという言葉を使ったのは、二人とも袴のような、日本古来の衣服の様なものを纏っているものの、片方はのっぺらぼうのように顔がなく、もう片方は布のようなもので顔が覆われ、人相が確認が出来なかったからだ。
身体の形状や、意思疎通ができることから人間に近いということはわかるものの、この不思議な空間もあってか人かどうか自信を持って断定することは出来なかった。
そして、突如自分の死亡シーンを見せつけられた俺はあまりに自分の体がグロテスクに破壊されているのを前に、猛烈な吐き気に襲われている。
だって、約十五年、今年で十六年目の付き合いになるはずだった自分の顔が、あんな、、、原型を留めてない所ではない。
の、脳みそが飛び散って、目だったところも抉り、、ああ、ダメだ。
吐き気を抑えるので精一杯だ。
「えっ、それだけ? 他には何かないんですか?」
のっぺらぼうは女性的な声でそう言った。
声だけなら可愛い美少女といった雰囲気を感じさせる。
顔が無いため、多少声が可愛い程度では拭えない不気味さは残っているのだが。
「感想や後悔が真っ先に出てくるような人生送ってねぇんですよ〜こいつは。見るからに空っぽな人生送ってるって顔してますよ〜」
もう片方が俺に向かって鼻で笑うように言った。
その声は初対面の人間にいかにも軽薄そうだという印象を浮かばせるものだった。
布から覗かせる金髪も相まってその印象は強い。
それより何だと?
空っぽな人生を送ってる顔だなんだとほざきやがって。
だが、その怒りのお陰で吐き気はだいぶ治まった。
「あの、マジで何なんスか? 初対面の人間の人生バカにしやがって。それが目的なんだったら地獄なりなんなり早く落としてくれません?」
「あ〜すみません、すみません。この子が大変失礼しました」
意外とすんなり、のっぺらぼうは謝った。
こちらの方は礼儀正しく、その言葉遣いからは気品の高さを感じる。
「俺が失礼なことなんて言いましましたかねぇ〜? 相応なやつに相応な態度を取っただけですよぉ」
もう片方の態度は変わらずだ。
人を舐め腐っている。
天使と悪魔と言えるほど、二人の態度は違っていた。
もしかしてここは、天国と地獄の間か?
「もうっ、そんなこと言ったらダメです、よっ!」
のっぺらぼうがもう片方を軽く叩くと、お笑いでいうツッコミくらいの軽さに見えたが、遥か彼方へと吹っ飛んでいった。
もしかしたらこういう日常的な暴力で、こいつはグレたのかもしれない。
そう思うとなんだか親近感が湧いてきた。
キツく叱りすぎても教育によくないのは、人外であっても同じなんだな。
……要件を言うなら早くして欲しい。
「えーっと、コホンっ。自己紹介が遅れましたね。といっても私たちに名前なんてものはないんですけれど。強いてあなた達人間の言葉で我々を当てはめるなら、神と呼ばれる存在。私のことはとりあえず『全神』とお呼びいただければ。彼のことはどうぞご自由にお呼びください」
気付けば、遥か彼方まで飛ばされた奴が、もうこちらに戻っている。
コイツ、、可哀想に。
こんな雑に扱われてるのに名前すらないなんて。
「おーい。何をそんな、人を憐れむ目で見てやがる」
「いやいや、なんでもないっスよ。ホント、大変ですね」
「ヤメロヤメロ、その目を! 何か心に来るから! 俺は名前なんぞ気にしてねぇから!」
嘘だ、きっとそんなことは無いだろう。
「いいんスよ、俺の前では見栄はんなくても。俺はそういうのいじったりしないっスから」
「…………おい、何憐れんでやがる。もう一度死にてぇか」
「静粛に」
瞬間、俺も名無しも喋るのを辞めた。
それほどの、有無を言わせぬ圧が『全神』から湧き出ていたからだ。
この感じだと、ネタ半分で聞いてた神だとか言う話も本当そうだな。
「まずは説明させて下さい。あなたの死因となったあの鉄柱は、実は我々の世界での出来事が原因でして、そのお詫びに、あなたには私が管理する剣と魔法が発展した世界へ転生の機会を与えましょうという訳です」
「は、ぁぁ。そうですか」
「………あれっ? もうちょっと喜ばないんですか? ひゃっほーとか、わっしょいとか。見たところあなたは人生に満足されてないように見受けられましたけど」
たしかに、嬉しいと言えば嬉しいし、やり直すチャンスを貰えるのは素直に有難い。
単純にこのハイスピードな展開に追いつけてないだけだ。普通、そうだろう。
途中途中でツッコミを入れるのが精一杯だ。
ラノベの主人公のあの適応力の早さに感服する。
俺がせいぜい頭に入ったのは、顔隠しへの軽薄という印象と薄らとした殺意ぐらいだというのに。
「いや、、めちゃくちゃ嬉しいです。テンポが早すぎて反応できなくて」
「そうですか、そう言っていただけて何よりです。何か要望があれば、ある程度応えることが出来ますが、何かありますか?」
「えっ、ホントですか?」
「ええ。とは言っても全て聞けるわけではありませんが」
なるほど。ある程度の制限はあるということか。
まぁ、それはいい。
転生する前に何でもできる力とかもらってもつまらないしな。
それに、友達作りとかは自分の力でやりたいし。
「わかりました。じゃあ、変な名前じゃなくて、顔がイケメンで、親が育児放棄をしていない新生児に転生させてください」
おっと、ついつい内なる欲望が出てしまった。
でもそっちの過失だし、それくらいの特典は付けて欲しい。
「なるほど、なるほど。その条件ですと、一つだけならございますね。全ての条件に概ね当てはまるものが」
仕事が早い! 早すぎる!
ホログラム? みたいに書類を一瞬見ただけなのに、手際があまりにも良すぎるぜ。
「……本当にこれでよろしいんですか? もっとこう、チート? 能力が欲しいなどは。ある程度の力なら与えられますけれど」
「いやいやいや、全然大丈夫ですよそんなの!
今言った事を守ってくれるだけ有難いです。ありがとうござまいます!!」
ホントに感謝しかない。
第二の人生をまた始められるなんて。
だからもう、これ以上は要らない……んだけど。
「そうですか? いや、しかし、これだけでは神として、世界を見守る管理者として、不作法というもの」
…ん? 何やら一人でブツブツ言っている。
ホント、これ以上は大丈夫ですから 。
………何か嫌な予感がするんだけど。
「そうですね、ここはやはり、貴方をサービスで付けておきましょう」
そう言って『全神』は名無しの方に向けて指を鳴らした。
「「はァ?」」
すると、俺の身体は宙に浮き始めた。
名無しと一緒に。
「オイオイオイオイ!! ちょっと待てぇぇぇぇえ!」
名無しは懸命に叫ぶ。俺だって同じ気持ちだ。
「俺もタイムですよ、タイム! 要らないですから、マジで要らないっスから! こんな性悪!」
「はァ!? なんだとクソガキ!」
「なんだとはこっちっスよ! それと俺に向かって二度と「クソ」という言葉を使うな!」
「安心してください。彼はいわば、ナビゲーター。大抵のことは彼に聞けば何とかなります。それに見たところ凄く気があってるように見えますよ?」
「「どこ見て言っとんじゃ!!」」
声が重なったのを聞いて、名無しの方に向かって叫ぶ。
「「ハモってんじゃねぇよ! 仲良しだと思われるだろうが!」」
二連続でハモりやがった。最悪だ、クソったれ。
「あら、ピッタリ。それじゃあ剣と魔法の世界であなたの人生が彩られることを、神ながらお祈り申し上げますね」
「だーかーらー。これがいたら絶対無理だから、百ぱー無理だから! だってパワハラ上司並にウザそーだし!!」
「では、行ってらっしゃい!」
ダメだ! 全然話聞いてねぇ! こいつッッ! 自己チュー野郎か!
いや、野郎かどうか知らんけど!!
意識が遠のいていく中で最後に聞こえたのは、
海のさざ波が砂を撫でるような音だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ。ようやく行きましたか」
『全神』と名乗ったその生き物はまっさらな空間で軽く息を吐く。
「これで盤上の駒は全て揃った。といったところでしょう」
一人、語る。誰に向けてでもない、強いて向けられているとすればそれはただ一人にだけ。
「どうかーーーーに、一筋の救いを」
助けを乞うのではない。
なぜなら、その機会はもう失われている。
少なくともこの世界において、彼の結末は一種の運命と言えるほど
確定された出来事なのだから。
ただ、願うだけ。
神であっても、管理者であっても、創造主ではない自分には救いの手を差し伸べることすら叶わない。
無力な自分には願うことしか出来ない。
一人の、時代に呪われた男の末路に、神にそぐわない個人的な感情で救いを願った。
祈りの先には広がる海は、それに応えるように音を立て、水面を揺らしていた。




